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異世界救命師  作者: 橋広光
第三章 リンドグレイス王国

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数秒先の脅威

 未だ目を覚まさずうつ伏せで倒れ込むゲスルド隊長と、剣を奪われ膝をつくジルフェール団長。


 二将を退け、残すは一人と、シュウゴは不愛想な女へ目を向けた。


「ヤヅキ班長。俺は出来ることなら……あなたと戦いたくはない。ここは退いてくれませんか?」


 ヤヅキは答えない。


 並び立っていた二人が敗れながらも、それがどうしたかと言いたげな顔を浮かべながら、冷徹な瞳は揺るがない。


「この救難信号を実現させたのは貴女のお陰です。貴女が居なければ……救命師は成り立たなかった」


 女性だからと戦いを避けているわけではない。

 シュウゴは彼女に大恩があったのだ。


 冒険者の死亡率を下げたのは救命師だけではない。

 救難信号の存在が救助率を飛躍的に上げていたのだった。


「ヒトを救う為の魔導具。それを創れるあなたに……殺しをして欲しくない」


 冷酷そうに見えても人の心は残っていると、信じるシュウゴの期待は虚しく散る。

 同じ転生者である魔導技術班長は非情な言葉で返した。


「勘違いしないでほしい。救難信号も、所詮は利益のために造っただけに過ぎない。誰がどうなろうと知った事ではないし、私の研究を邪魔するのなら……消えてもらう」

「なっ……!?」


 ――シュウゴの視界全体が赤く染まった。


 ……これは……マズい! 全員巻き込むつもりか!?

 ……魔術か!? 爆弾か!?


 タイムリミットは五秒。


 シュウゴは瞬時に状況を判断。

 一人でも避けられないほどの広範囲。


 全員を助けるのは無理。

 ならば元手を止めるしかないと、神経を研ぎ澄ます。


 ……彼女は一切動いていない……予備動作が無いとはどういうことだ!?


「ヤヅキ!!」

「ほう……どうやら未来が視えるというのは本当のようだな」


 シュウゴが怒声を放つと、赤く染まる視界が薄く戻っていく。


 ……時間が伸びた。まさか、これは……自爆か!?


 シュウゴの危険予知は確定した未来を映すが、唯一本人だけが未来を変えられる。攻撃の元を止めれば、当然結末は変わるからだ。


「五秒で何ができるか、見せてもらおうか」

「ふざけるな……自分ごと殺す気か!」

「構わないさ。私にとっての命は……あの世界にあったのだから……」


 まだ伸びる……やはりトリガーは……ヤヅキ本人! だが……。


 止めるにはヤヅキを殺すしかない。


 そう脳裏に浮かぶが、即座に振り払う。

 救命師が人殺しにはなってはならないと。


 これ以上会話では引き延ばせない。数秒先は破滅だ。


 しかし、五秒の攻防を続けてきた男の判断は速かった。

 シュウゴは剣を握りしめ、腹を括る。


「メビウス、自爆し――」


 ヤヅキが起爆トリガーを言い放つ前に、シュウゴは剣で虚空を貫いた。


 心臓へと突き刺すように、ヤヅキの隣に潜んでいた何かへと目掛けて。


「視えないはずだった。見せてもいなかったのに何故……メビウスの位置を?」


 シュウゴが来る前からメビウスは姿を隠していた。


 背景と同化し、存在を認識すらされていないのにも拘らず、核である胸元の赤い球体を的確に貫いているのだ。


 これにはヤヅキも驚きを隠せなかった。


 核を失ったメビウスは姿を現し、繋がれていたパーツごとに分解され崩れ去る。

 

「本気でやるつもりだったんだな……。悪いがこれ以上続けると言うのなら……容赦はしない」


 恩人と言えど自殺志願者には付き合いきれない。


 再び馬鹿なことを繰り返そうものなら、彼は次こそ躊躇いなく本体を狙うだろう。

 そうヤヅキに信じ込ませるほどの気迫を放っていた。


「参ったよ、私の負けだ。流石は英雄と呼ばれることはある。それが……もう一つの能力かな?」

「答える義務は無い。さあ、約束通り退いてもらおうか」


 ヤヅキはメビウスの残骸を一瞥し、踵を返す。

 自ら蒔いた種とはいえ、大損害を被り目的を果たせずおめおめと引き下がる。


 それでもどこか涼し気に口元を緩ませると、常闇へと消えて行った――。


「やはり隠していましたか……奥の手を」


 ジルフェールは倒れていたゲスルドを肩に寄せて立ち上がる。


 その行動は既に戦闘放棄を示しているのだが、シュウゴはイルシャに触れそうな距離まで近づき、背を向けて庇うように間に入った。


「心配しなくても、もう手を出しませんよ」

「……そうかい」

 

 先ほどまでと違い冷や汗をかきながら余裕を失っているシュウゴ。

 そんな彼の様子にジルフェールは怪訝に思いながらも、差し出された剣を受け取り鞘へと収める。


 魔族への恨みが消えたわけではないが、騎士道精神を捻じ曲げるほど壊れてはいないのだ。

 本気をぶつけたことで、清々しくなっていた男は出口へと向かいながら、元部下へ最後の言葉を手向けた。


「……信頼していたんだ。だからこそ残念だった。約束通り、君を騎士団から脱退させるよ。さよならだ……イルシャ」

「団長……」


 何度も見た背中を、イルシャは未練を感じながら見送る。

 言葉にはしなかったが、心の中で感謝を伝えた。


 寂れた教会に、残ったのは二人。


 脅威が去り、安堵の息を漏らしたのはシュウゴの方だった。


「申し訳ありません……私なんかのために……」

「構わないよ。今、ギルドでは人手が足りていないんだ。もし行く当てがないのなら……」

「よろしいのですか……?」

「ああ。また人間の姿で居続けなければならないが……大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。人間の方が長いので」

「そうか……」


 そこには深い事情があるのだろうが、男は詮索しなかった。

 長らく魔族を見てきた彼には察せられたのだろう。


「ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」

「そんな堅苦しく考えなくていいよ。これも仕事さ」


 シュウゴは床に刺さっていた救難信号を軽く抜き取ると、点滅していた赤い光が消え去った。


「歩けるか?」

「すみません、久しぶりの猫化で身体を痛めてしまって……」

「治療が必要か?」


 イルシャは首を横に振る。


「また猫になりますので、その……着替えを用意して頂けると助かるのですが……」

「……なるほど」


 目の前の女性は体毛に覆われているものの、衣服を着用していなかった。小さな猫になったことで全て置いてきてしまったのだ。


 まあ、ギルドに行けば何かしらあるだろうと、帰りを待つマスターの元へ、1人と1匹は向かうのだった――。

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