数秒先の脅威
未だ目を覚まさずうつ伏せで倒れ込むゲスルド隊長と、剣を奪われ膝をつくジルフェール団長。
二将を退け、残すは一人と、シュウゴは不愛想な女へ目を向けた。
「ヤヅキ班長。俺は出来ることなら……あなたと戦いたくはない。ここは退いてくれませんか?」
ヤヅキは答えない。
並び立っていた二人が敗れながらも、それがどうしたかと言いたげな顔を浮かべながら、冷徹な瞳は揺るがない。
「この救難信号を実現させたのは貴女のお陰です。貴女が居なければ……救命師は成り立たなかった」
女性だからと戦いを避けているわけではない。
シュウゴは彼女に大恩があったのだ。
冒険者の死亡率を下げたのは救命師だけではない。
救難信号の存在が救助率を飛躍的に上げていたのだった。
「ヒトを救う為の魔導具。それを創れるあなたに……殺しをして欲しくない」
冷酷そうに見えても人の心は残っていると、信じるシュウゴの期待は虚しく散る。
同じ転生者である魔導技術班長は非情な言葉で返した。
「勘違いしないでほしい。救難信号も、所詮は利益のために造っただけに過ぎない。誰がどうなろうと知った事ではないし、私の研究を邪魔するのなら……消えてもらう」
「なっ……!?」
――シュウゴの視界全体が赤く染まった。
……これは……マズい! 全員巻き込むつもりか!?
……魔術か!? 爆弾か!?
タイムリミットは五秒。
シュウゴは瞬時に状況を判断。
一人でも避けられないほどの広範囲。
全員を助けるのは無理。
ならば元手を止めるしかないと、神経を研ぎ澄ます。
……彼女は一切動いていない……予備動作が無いとはどういうことだ!?
「ヤヅキ!!」
「ほう……どうやら未来が視えるというのは本当のようだな」
シュウゴが怒声を放つと、赤く染まる視界が薄く戻っていく。
……時間が伸びた。まさか、これは……自爆か!?
シュウゴの危険予知は確定した未来を映すが、唯一本人だけが未来を変えられる。攻撃の元を止めれば、当然結末は変わるからだ。
「五秒で何ができるか、見せてもらおうか」
「ふざけるな……自分ごと殺す気か!」
「構わないさ。私にとっての命は……あの世界にあったのだから……」
まだ伸びる……やはりトリガーは……ヤヅキ本人! だが……。
止めるにはヤヅキを殺すしかない。
そう脳裏に浮かぶが、即座に振り払う。
救命師が人殺しにはなってはならないと。
これ以上会話では引き延ばせない。数秒先は破滅だ。
しかし、五秒の攻防を続けてきた男の判断は速かった。
シュウゴは剣を握りしめ、腹を括る。
「メビウス、自爆し――」
ヤヅキが起爆トリガーを言い放つ前に、シュウゴは剣で虚空を貫いた。
心臓へと突き刺すように、ヤヅキの隣に潜んでいた何かへと目掛けて。
「視えないはずだった。見せてもいなかったのに何故……メビウスの位置を?」
シュウゴが来る前からメビウスは姿を隠していた。
背景と同化し、存在を認識すらされていないのにも拘らず、核である胸元の赤い球体を的確に貫いているのだ。
これにはヤヅキも驚きを隠せなかった。
核を失ったメビウスは姿を現し、繋がれていたパーツごとに分解され崩れ去る。
「本気でやるつもりだったんだな……。悪いがこれ以上続けると言うのなら……容赦はしない」
恩人と言えど自殺志願者には付き合いきれない。
再び馬鹿なことを繰り返そうものなら、彼は次こそ躊躇いなく本体を狙うだろう。
そうヤヅキに信じ込ませるほどの気迫を放っていた。
「参ったよ、私の負けだ。流石は英雄と呼ばれることはある。それが……もう一つの能力かな?」
「答える義務は無い。さあ、約束通り退いてもらおうか」
ヤヅキはメビウスの残骸を一瞥し、踵を返す。
自ら蒔いた種とはいえ、大損害を被り目的を果たせずおめおめと引き下がる。
それでもどこか涼し気に口元を緩ませると、常闇へと消えて行った――。
「やはり隠していましたか……奥の手を」
ジルフェールは倒れていたゲスルドを肩に寄せて立ち上がる。
その行動は既に戦闘放棄を示しているのだが、シュウゴはイルシャに触れそうな距離まで近づき、背を向けて庇うように間に入った。
「心配しなくても、もう手を出しませんよ」
「……そうかい」
先ほどまでと違い冷や汗をかきながら余裕を失っているシュウゴ。
そんな彼の様子にジルフェールは怪訝に思いながらも、差し出された剣を受け取り鞘へと収める。
魔族への恨みが消えたわけではないが、騎士道精神を捻じ曲げるほど壊れてはいないのだ。
本気をぶつけたことで、清々しくなっていた男は出口へと向かいながら、元部下へ最後の言葉を手向けた。
「……信頼していたんだ。だからこそ残念だった。約束通り、君を騎士団から脱退させるよ。さよならだ……イルシャ」
「団長……」
何度も見た背中を、イルシャは未練を感じながら見送る。
言葉にはしなかったが、心の中で感謝を伝えた。
寂れた教会に、残ったのは二人。
脅威が去り、安堵の息を漏らしたのはシュウゴの方だった。
「申し訳ありません……私なんかのために……」
「構わないよ。今、ギルドでは人手が足りていないんだ。もし行く当てがないのなら……」
「よろしいのですか……?」
「ああ。また人間の姿で居続けなければならないが……大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。人間の方が長いので」
「そうか……」
そこには深い事情があるのだろうが、男は詮索しなかった。
長らく魔族を見てきた彼には察せられたのだろう。
「ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」
「そんな堅苦しく考えなくていいよ。これも仕事さ」
シュウゴは床に刺さっていた救難信号を軽く抜き取ると、点滅していた赤い光が消え去った。
「歩けるか?」
「すみません、久しぶりの猫化で身体を痛めてしまって……」
「治療が必要か?」
イルシャは首を横に振る。
「また猫になりますので、その……着替えを用意して頂けると助かるのですが……」
「……なるほど」
目の前の女性は体毛に覆われているものの、衣服を着用していなかった。小さな猫になったことで全て置いてきてしまったのだ。
まあ、ギルドに行けば何かしらあるだろうと、帰りを待つマスターの元へ、1人と1匹は向かうのだった――。




