英雄と呼ばれた男
特級魔術隊の長、ゲスルドが倒れた。
特大戦力の一人と自負しておきながら、まんまと罠に嵌り呆気なく退けられてしまう。
無様にも散っていった彼だが、性格難で疎まれつつも実力だけは確かなことは誰もが認めている。
己が肩を並べる存在として彼を認めていたジルフェールは圧倒的な実力差を見せつけられ、冷や水をかけられたの如く憎悪によって昇った熱気を失いつつあった。
「流石ですね、シュウゴさん。腕は衰えていないようだ」
「こちとらまだまだ現役だよ」
シュウゴはスキルと相性のいい反撃系の魔術を一通り修めている。
しかしながら同じ手が通用するわけもないと、腰のホルスターに杖を収めた。
「私はそこの男とは違って、貴方と対等だなんて思ってもいません。ですから……胸をお借りします」
「引いてくれると助かるんだがな」
「それが出来ない立場ですので」
痺れが消えた右手に剣を持ち替え、対決の意思を示す。先程までのように取り乱していた様子は無く、本来の自分を取り戻していた。
「かつては貴方の背を追いかけるばかりでした。冒険者に手柄を取り続けられる騎士団……私も辞めて冒険者になろうとも考えたくらいです」
「そうしなかったのは、魔族への憎さゆえか?」
「……ええ。私から復讐を取り上げたら何が残ると言うのです?」
ジルフェールは自嘲気味に笑う。
己が騎士団を目指した理由。全てを魔族に奪われた彼はただ一つの目的の為に生きてきた。
「最終局面で貴方の撤退を聞いた時、逆にホッとしましたよ。同じ人間なのだと。そして……魔王を討ち損ねたことで、私はまだ戦えるのだと」
己の存在意義。再び示さんと、首に掛かった十字架のネックレスを手に取った。
それは自分の魔力を蓄積できる魔導具で、媒介として使用することにより魔術の発動準備時間を大幅に短縮。
ゲスルドレベルの魔術師でなくても、上級魔術ですら即座に発動できるのだ。
魔力とは魔術を扱うために備わった力であり、体力と同じように使えば疲労、休めば回復するのだが、異なるのは鍛えることができないという点だ。
上限は個々によって大きく異なり、絶対的な才能値として測られる。その為、多大な魔力を消費する上級魔術は使用すら出来ない人間が大半を占めていた。
ゲスルドと違ってシュウゴやジルフェールは魔力の限界値が常人より低い。故に彼らは、より工夫した戦法が求められていた。その一つが――。
「奴らが攻めて来なくなったとはいえ、私は鍛錬を欠かしたことはありません。試させて貰いますよ」
『強化魔術――ルナス・フォルグ』
術者の身体能力を強化し、反応速度を倍増させる自己強化系の上級魔術。
持続効果時間は消費した魔力に比例する。
ジルフェールがその魔術名を唱えると、十字架が光り輝き、辺りを薄く照らした。
本来なら彼には発動すら出来ない上級魔術だが、己の魔力の限界値よりも高い魔導具へ魔力を日々蓄積させておくことにより、擬似的に限界値を引き上げ発動を可能にしたのだ。
勢いよく地面を蹴り出したジルフェールは、反撃を顧みず自身の持てる最高速度で攻撃に出た。
ふわり――と、イルシャの毛先が靡く。
放たれる矢の如く剣先はブレることなく一直線に突き進み、予備動作が見えないほど速き動作は結果だけを残す。
そんな光速の突きが、微動だに出来ないシュウゴの首を貫いた。
――側面から見ればそう見えるだろう。
ジルフェールが刺したのは、シュウゴの首を僅かな隙間を開けた真横の位置。
あまりの速さにヤヅキやイルシャも反応できずに驚愕するが、シュウゴは違った。
「これでも駄目ですか……」
そうなることを予期していたように、男は何事もなかったかのように佇んでいた。
「俺の『危険予知』は五秒先の未来を予測できる」
「なるほど、小細工は無意味と」
ジルフェールは敢えて狙いを外していたのだ。
単純に反応できない程に速度を上げれば反撃を受けないのかと探っていたのだが、シュウゴの反応から期待した答えを得られなかった。
ならばどうやってこの男を倒せるのか、ジルフェールは考える。
フェイントを織り交ぜても無駄、相打ち狙いは現実的じゃない。
五秒という長さは近接戦において覆すことのできないアドバンテージ、迂闊に飛び込めばゲスルドのように一撃で沈められるだろう。
そこで、一つの疑問が浮かぶ。
「カウンター狙いですか? いつもそうやって戦って?」
「挑発のつもりか? 護り手の俺に動けと?」
ジルフェールは剣を引くと、余裕を見せながらゆったりと三歩後ろへと下がる。
「ヤヅキ班長。手出しは無用で頼む」
自分に顔を向けない団長に対し、言葉を求められたヤヅキは仕方なく了承の言葉を吐く。
これで文句は無いかと、ジルフェールは口元を緩ませた。
「攻め手に回る貴方が見たいのですよ。後手だけで勝ち進んできたわけじゃないでしょう」
「ったく……もう魔族なんてどうでもいいってツラしてるぞ」
「戦いに生きる者の本能……とでも言うべきでしょうか。この五年間の燻りが、思いのほか私の憎しみを上回っていたようです」
「フッ……負けたら退けよ」
「ええ、騎士団の誇りに懸けて。……負けませんがね」
取り乱していた男はもう何処にも居ない。
図らずもシュウゴは強敵に冷静さを取り戻させてしまう。
それでも矛先を変えられば充分と、自虐の中に少しばかりの嬉しさを交えた笑いを溢し、彼の望みを受け入れる。
ズボンのポケットに右手を入れ、取り出したのは掌から零れそうな丸い粒の数々。
それを薄暗い月明かりの元で見せつけた。
「知ってるか? こいつはダンガンソウの種というヤツだ。その名の通り、少量の魔力を込めて他の物体に当てると弾丸のように弾け飛ぶ。行き先は完全にランダムでな。最初の着地地点から何処へ飛ぶかは予測不能だ。俺以外はな――」
シュウゴはそれを雑に上空へと放り投げた。
小さな粒が闇に紛れながら落ちていく。
「これが俺の得意戦法だ。軌道を見てからでは遅いぞ。……どうする?」
当然、強化魔術を施している彼ならば、弾丸程度を躱すことは容易い。
しかし、それをすり抜けてくるシュウゴの追撃は別だ。
ならば全てを防ぐまでと、ジルフェールは自身の魔力を使い唱えた。
「アセト・プロテクション」
今度は自身の魔力で魔術を唱えた。蒼白い球体のベールがジルフェールを囲い込む。上下左右前後方向、全ての攻撃を防ぐ結界魔術だ。
「ハズレだ」
「なっ……!?」
魔術を唱えて間も無く、予測していたかのようにシュウゴは素手で結界に触れた。
「ディスペル」
魔術効果を解除する初級魔術。
イルシャの結界と違い、即興で創られた結界はこの初級魔術でも解除可能。
更に直接触れることで、魔術の苦手な男が杖を使わずとも放てる唯一の魔術だ。
結界は一瞬にして散開。光の塵となっていく。
剣を持たないシュウゴがリーチ差を埋めるべく、攻撃が届く間合いへと入った。
腕を伸ばせば当たる距離。
当然、この隙を逃すまいと、右拳がジルフェールの頬を打った。
「悪いな。あれはその辺に生えていた雑草の種だ」
何の用意もせず飛び出していたシュウゴは、道中に生えていた無数の種を吊り下げていた雑草から、種だけを雑に抜き取っていた。
それをいざという時の為に、ポケットに忍ばせていたのだ。ハッタリとして。
「くっ……まだ!」
左頬を打たれた勢いを利用し、ジルフェールは剣を振るう。
右脚を軸に身体を回転させ、シュウゴの右首筋へと狙いを定めた。
シュウゴの右手は振り切られている。
身体強化されたジルフェールの光速の反撃を、普通なら躱しきれないだろう。
「攻めに回るのか?」
しまっ――。
ジルフェールの頭に後悔が過ぎる。
振り切った剣はもう止められない。シュウゴの左手にいとも簡単に掴み取られてしまった。
「ぐうっ……」
ジルフェールの腹部が蹴り飛ばされ、剣を手放し、床に転がっていく。
「一度染みついた体の動きは、中々取れるものじゃない。無意識化の反撃を引き出すことも、俺の戦法の一つだよ」
刃を掴んでいた剣の柄を右手で握り、シュウゴは武器を手にした。
そして――。
「さて……」
最後の一人へと目を向けた。




