はぐれ魔族
「これはこれは、意外な御方が来ましたねェ……」
救命師のシュウゴはジルフェール団長の手を振り払うように後ろへ引き、イルシャから遠ざけた。
同時にゲスルドも自分から距離を取る。
こうなることを望んでいたかの如く笑みを溢しながら。
そして、ヤヅキは腕を組みながら眉一つ動かさずこの状況を眺めていた。
「一応確認するが、救難信号を出したのはあんたか?」
イルシャは黙って頷く。
僅かながらに怯えた敵意の無い姿を見たシュウゴは、その姿に背を向けた。
「さて、こうなった経緯を説明してもらおうか」
「……ソレは我々王国騎士団の副団長、イルシャだったものです。シュウゴさん、助ける必要はありません。ソレは我々にとって害を成すものであり、生かしてはならないものです」
シュウゴへの敬意を払いながらも、魔族への嫌悪を隠さない。
彼は決して人として扱わないと、偏った思想を持ち合わせていた。
そんな一方的な人間の言葉などでは信じさせられないと、ゲスルドがフォローに入る。その人、取り乱してるんで補足しますけど……と、前置きを付けて。
「立場上、知られてはならない情報を持っているんです。それを魔族側に流されると困るんですよねェ。だから、追放処分だけじゃァ済まないんですよォ。ご理解頂けますゥ?」
単なる魔族の発見では、わざわざ軍のトップが直々に追いかけはしない。
シュウゴにとってもこの展開は予測できるはずもなく、彼らの行動はもっともであると納得した。
「なるほど、そちらの言い分は解かった。……君は?」
背を向けたまま、男は敵意の眼差しを消して首を後ろへ向ける。
身の安全が保障されたイルシャは、そのままの姿勢で口を開く。
「私は……もう……魔族との繋がりはありません。入団した時は内部から情報を得ることが目的でしたが、三大魔族の族長が討たれたことで指揮系統を失い、私は騎士団に入ったまま……報告先を失っていました」
「ほゥ……はぐれ魔族でしたか」
ゲスルドは悩ましい表情で顎に指を当てる。
はぐれ魔族とは、人間領で斥候やスパイ活動をしていた兵が、戦の終わりと共に役目を失い敵中で取り残された魔族のこと。
基本的に温情を与え魔族領へ帰しているが、副団長の座にまで上り詰めた魔族は前例が無い。
「彼女の入団はァ?」
「ちょうど五年前……」
「合致しますねェ……」
ジルフェールは唇を噛みしめる。
実は、魔族側も捕虜や領内に居た人間を無条件で帰していた。
五年も前とはいえ、この暗黙の協定を反故にすることは騎士道に反するのだ。
「なぜ戻らなかったんだ? いくらでも機会はあっただろう」
「戻りたくなかったんです……。私は……幼き頃から人間として生きるように教え込まされ、人の強さを探るべく遣わされました。そのため魔族との関りが薄く、父は殺され母に捨てられ、私を遣わした魔族の消息も判らず……。だけど、例え帰る場所があったとしても……まだ人間と関わっていたかった。騎士団にも……居続けたかった。このまま人間として――」
「詭弁だな」
怒りに取り憑かれた男がイルシャの言葉を遮る。
これ以上の葛藤は己の意思を歪めてしまうと、理解から逃げ出したのだ。
「騙されてはなりません。魔族は狡猾です。恐らく最初からこうなることを予測して用意していた話に決まっている」
「違います! 私は……!」
「ならば、お前が今も魔族と繋がってないと証明してみせよ!」
イルシャは言葉を出せなかった。
その台詞が出てしまった以上、何を言っても無駄なのだ。
「悪魔の証明ですね。自分がスパイでないことなんて証明できるはずもありませんよ」
これまで黙っていたヤヅキが沈黙を破った。
「その通りだ。だから魔族は例外なく罰せなければならない。万が一、ということがあってはならないから……例え本当に裏切り行為がなかったとしてもだ」
魔族への私怨だけではない。団長としての責務。
人の心が顔を出さないうちに処断しなければならないと、彼は心で訴えるのだ。シュウゴと元部下へ。
だが、イルシャはそんな彼の立場を理解している。
だからこそ覚悟を決めたのも、助けを求めたのも、己の為ではなく――。
「私は……殺されても構いません。だけど……サクハを……私が巻き込んだあの子を……どうか……自由にしてあげて欲しい。貴方を呼んだのは……本当に助けて欲しいのは……あの子なんです」
震える声で懇願する。
シュウゴは見届け人として呼ばれたのだ。
サクハによって伝えられた彼の人柄に、彼女は全てを賭けていた。
いつだって全てを捨てる覚悟は出来ていた。国を逃げ出して猫のように気ままで自由に生きることも。
しかし、サクハに出逢ってからは心境が一変。妹のように懐く存在を、見捨てることができなかったのだ。
「そうか……君が……」
サクハが口にしていた親身になってくれる団員。
それがイルシャのことだと、シュウゴはここで知る。
「サクハ……?」
聞き慣れぬ名にゲスルドは首を傾げる。
騎士団の新人の名など知る由も無い。
「戯言を。お前が抜けた穴を誰が埋める? 彼女は騎士団に必要な存在だ。そもそも魔族との取引など誰がするか」
己が期待しない言葉を次々と投げかける魔族に、ジルフェールは業を煮やす。
魔族を悪として信じている彼にとって、彼女の存在は何が何でも否定しなければならなかった。
「……状況は理解した」
シュウゴは前に目を戻し、追跡者たちに結論を述べる。
「魔族を受け入れられない、追放も出来ないと言うのなら、俺達ギルドが受け入れる。そして、同時にサクハも抜けさせてもらう」
「お~っとっと、これは大きく出ましたねェ……」
軍側に全くメリットの無い提案だ。
これにはジルフェールも感情的に批判せざるを得ない。
「なぜ魔族を庇うのです!? 三大魔族の族長を討ち倒し、数々の魔族を葬った貴方が!?」
「それは確かに事実だが、助けを請う魔族を殺した覚えは無い」
三大魔族。その族長達を討ち滅ぼし、魔族側の戦力を大きく削いだシュウゴをジルフェールは尊敬していたのだ。
彼の目には魔族を容赦なく殺す男として映っていたのか、目の前にいる存在の人物像が崩れていった。
「お前だって理解しているだろう。魔族がやってきた卑劣な行為は人間だってやっている。見た目と能力以外に違いなんてありやしない」
「しかし! ソイツはずっと正体を隠していたのです!」
「言えるわけないだろ。お前のことを知っていれば尚更だ。副団長というのなら、彼女の人となりはお前が一番知っているはずだ。一時の感情に身を任せるなよ」
「そんなこと……」
当然知らないはずもない。だからこそ否定したかったのか、男は沈黙する。最も忌むべき存在が信じていた存在と重なってしまったことを、どう受け入れればいいのか分からなかった。
「あー、ちょっと失礼」
このままでは団長が折れてしまうと危惧したゲスルドが間に入る。不敵な笑みを浮かべながら、威圧するかのように声色を少し低くして。
「先程も申し上げた通りィ、困るんですよねェ……。生かされては。彼女は知り過ぎています」
「だったら何だ?」
「処分するしかないんですよォ。国の為にィ」
「そうかい」
「こちらも非常に不本意ですがァ、貴方が立ち塞がるのであればァ……相応の対処をしなければなりません……はい」
「で?」
何が言いたいのかと、魔術隊長のプレッシャーを物ともせずシュウゴは淡々と返す。
救命師はギルドと連携しているものの、円滑な救助活動を行うため、国家権力に縛られない特殊な権利を持ち合わせている。
救助優先――だからこそ今この状況にて、ギルドより上の立場の彼等に対抗できるのだ。
そんなことは彼等も存じているが、魔族を庇われることなど想定外であり、強硬手段に出ざるを得なくなってしまった。
「この国にはァ……3つの特大戦力があるのはご存知ですよねェ?」
「知らん」
「あ〜もう……これだから。冒険者辞めてから人助けしかしてこなかったんですかァ? もっと外に目を向けなさいよォ」
ゲスルドはまだ説明しなければいけないのかと、肩をすくめて呆れかえる。
「他国や魔族の侵略を抑えられているのは、その3つの存在がワガ国に備わっているからです。その内の2つがワレワレ王国軍トップの三人と、貴方がた英雄と呼ばれた冒険者パーティの四人であり――」
「勝手に混ぜないでくれるか。英雄なんて大それたものじゃない」
そんなものに加えられても迷惑であると、シュウゴは謙遜するも、対立状況にある今でもゲスルドは彼に敬意を払う。
「英雄ですよ。文字通り戦争を終わらせたんですからねェ」
「だが……最後はしくじった」
その言葉には本人にしか知り得ぬ重みがのしかかっていた。
「それでも……ワレワレから見れば貴方は英雄です」
ジルフェールもこれには共感し、小さく頷いた。
「話が逸れましたが……つまり、何が言いたいのかと言うと、その様に並び称されるワレワレ三人と貴方一人。分が悪いと思いませんかァ? 状況的には三対一です。しかも、貴方は丸腰ですよねェ? こんなことに……貴方が命を賭けるほどのものなのでしょうか?」
「愚問だな。俺は救命師、常に命を賭けている」
シュウゴの即答に、これ以上の説得は無駄だと判断。
ゲスルドは一歩後ろに引き、今にも魔術を放たんと両手を横に伸ばした。
「残念です……交渉決裂、ですね」
「1つ質問がある」
「何でしょう?」
「お前ら何で――」
「俺と対等だと思っているんだ?」
――瞬時に放たれた殺気。
向けられた三人の身体が震え、戦闘態勢に入らされる。
ジルフェールが剣を構えようとした直後、シュウゴの右手から丸い物体が床へ叩きつけられた。
煙幕だ。
一瞬で白煙が建物内を覆いつくし、毒や睡眠作用を疑ったヤヅキは咄嗟にハンカチで口を塞ぐ。
「はっ! 偉そうなこと言っておきながら古典的な目眩しですかァ!」
彼は魔術を使うのに杖は使わない。
媒介不要は熟練者の証。広げた両掌を前へ突き出した。
「そんなもの、ワタシには通用しませんよォ!」
『追操魔術――パーシストルイン』
十本の指から放たれる光が蛇のようにうねり、シュウゴが居た場所へと向かう。
それは対象以外を避けながら確実に目標を貫く上級魔術で、ゲスルドは最初からイルシャに狙いを定めていた。
そう、わざわざシュウゴと戦う必要は無いのだ。
魔術隊の本分は後方支援。ある時は前線を戦う兵を補助し、ある時は厄介な相手を遠距離から消し去る。
ギルド側と揉めることなく任務を遂行する、それが最善。
この状況において最も活躍が見込める男……だったのだが。
「――んゲェッ」
光が逆流し、十本全てがゲスルドの身体の至る部分を無差別に貫いた。
「は、反射……魔術……。バカな……そんな……初級の……」
「あの人はカウンターの達人だ。迂闊に攻撃すれば手痛い目に遭う」
それを先に言っておきなさいよォ……。と、心の中で叫びながらゲスルドは呆気なく昏倒する。
煙幕は晴れたが、シュウゴもイルシャもその場を一歩も動いていなかった。
男の方の右手には腰に掛けていたであろう杖を手に持っており、魔術を使って反撃していたのだ。
『初級魔術――リフレクト』
魔術を反射させるだけの初級魔術だが、扱いが非常に難しく、実用性は低い。
反射させる光の膜は、出現させた時の効果が最も高く、時間と共に反撃の威力を失っていく。
一般的には二秒も経てば消えてしまうので、狙って扱う人間はほぼいなかった。
だが、シュウゴは違う。
『危険予知』のスキルにより攻撃の瞬間を予測できる彼は、ほぼゼロに近いタイミングでリフレクトを放つことができる。
故に、そのままの威力でゲスルドへ返したのだ。
元々魔法が不得手な彼は杖を使わざるを得ないので、逃げるのではなく、手に持った杖を隠すために煙幕を張っていたのだ。
厄介かつ愚かな魔術師を誘い出すために――。
二対一。将を一人退けたことで、シュウゴは次にジルフェールを見据えた。




