追跡者と救命師
「皆さァん、ご注目ッ! これから騎士団の権力が失墜しますよォ! 明日の朝刊をお楽しみにィ!」
商店が並ぶ大通りの真ん中で、魔術隊長ゲスルドが高らかに叫ぶ。
酒場の外のテラス席で夜酒を嗜む酔っ払いや、業務から解放され鼻歌交じりに帰り路を歩く日勤者、かき入れ時に行き交う人々へ声を掛ける飲食店の看板娘、様々な人々で賑わいを見せる夜の街中にて注目を集めた。
騎士団長、魔術隊長、技術班長と、軍のトップが勢ぞろいし、隣を歩く異質な魔導人形も相まって人々の興味を引いていたものの、ゲスルドの一言によって彼らは視線を背けた。
「ホラ吹き野郎がまた何か言ってるよ」
「懲りねえよなぁ」
「いま団長こっち見なかった?」
「あの気色悪い人形は何?」
「こんな時間まで出歩くなよ、鬱陶しい」
本人達に聞こえぬよう人々は愚痴を溢す。
その多くはゲスルドに対するものであり、彼らの視線は冷ややかだ。
「信用ありませんね」
技術班長ヤヅキが同情の視線を向ける。
彼らは逃走した副団長を追い、獣道を避け街中を歩いていた。
「喧しいですよ。もうホラ吹きでは終わりません、なんせ事実は変わりませんからねェ……グフフ」
長らく積もった恨みを晴らさんと、ゲスルドは悪人のような笑みを浮かべた。
「それより目標は何処に?」
「街から離れて行っています」
ゲスルドの問いにヤヅキが返す。
二人が会話する中で、ジルフェール団長は言葉を発さずヤヅキの前を歩いていた。
胸中は複雑ながらも、公衆の面前で怒気を放たぬよう表情を崩さず平静を取り繕っている。
「はァ!? 協力者はいないんですかァ!? 領外に逃げられたらどうしようもありませんよォ!?」
「猫は長距離が苦手です。必ず何処かで休むでしょう」
「それは普通の猫の話ですよねェ!? 相手は魔族で体力馬鹿の騎士団ですよォ!」
淡々と返す女に苛立ちを募らせるゲスルド。
決して取り乱さない人形の様な女は、終始表情を変えない。
「それに……なんなんですか、その馬鹿デカい板はァ!? 騎士団長サマが石板背負った遺跡発掘者みたいになってるんですがァ!?」
カッコつかないのは結構ですけど、遅いわ悪目立ちするわで隣に居たくないと言う。
イルシャ追跡のため、位置表示用のデバイスをジルフェールがリュックのように背負っていた。
身体半分の大きさで、額縁に入れた絵画の厚み、重さは左程ないが持ち運ぶには非常に目立つ上に不便だ。
「理想は片手で持てるくらいの大きさにすることですが、小型化までの課題はまだまだ山積みなんですよ」
彼女がイメージしているのはスマホ。
しかし、機械文明の最高傑作を再現させるには程遠い。
「ま~た課題ですか。一々締まりがつきませんねェ」
「転生者は前の世界からアイデアは持ってこれますが、若すぎるため内部機構に詳しい者はいないんですよ」
「かッ、これだから転生者はァ」
「今のは差別発言ですよ」
「あーもう、口を開けば差別差別。めんどくさい輩ですよ、ホントにィ」
魔術隊も転生者を受け入れているが、ゲスルドは歯に着せぬ発言が多く、特に女性の部下から忌み嫌われていた。
そんな男に、転生者の女性から付けられた仇名はセクハラ人事部長。
「おや、目標が止まったようですよ」
「ほォ……漸くですかァ」
レーダー探知機のように、デバイスに表示されたイルシャの位置情報が動きを止めた。魔導人形より逐一送信される情報から逃れることは出来ない。
例え何処に身を潜めようとも――。
◇
夜の街が賑わいを見せる中、公的施設のギルドは業務時間外となり、マスターのフレッジは書類整理などの残務処理をしていた。
カウンターの前に立ちながら、紙一枚ごとに目を通しながらサインを付けている。大男が似つかわしくない細々とした仕事をしている近くで、別の筋肉質な男が丁寧に床を箒で塵を掃いていた。
「悪いな、手伝ってもらってよ」
「構わんよ。最近暇だしな」
救命師のシュウゴは、箒とちりとりを使って待合席の掃除をしていた。
付き添いで来ているアカリは、待合席に座りながらギルドに備えられた植物図鑑を食い入るように読んでいる。
「いつも一人で大変だろ?」
「中央に比べればマシさ」
彼らが住まう街のギルドには、中央と東西、フレッジが管理する南の四箇所に分かれており、ここは他と比べれば利用者が少ない。
その為か、南ギルドへ割かれる人員は彼一人だけとなっていた。
そもそもギルド管理職は国家資格が必要な上、荒くれ者共に対処できる実力者でなければ務まらない。
また、誰かれ構わず案件を与えるのではなく、失敗しないよう適切な人員を選別するなどの洞察力も必要だ。
故に南に限らず、常に人員不足に悩まされている。
ここでの依頼案件は主に、目的が南側に近い依頼や中央から溢れた公的依頼、中でもDランクの依頼が多いため、かけ出し冒険者の利用が高い割合を占めている。
なお、救命師は漏れなく南ギルドにのみ所属している。
その理由は単純で、飛竜を借りられる『どっかの里』に近いからだ。
「終わったぞ。アカリ、そろそろ帰――」
シュウゴが読書に勤しむアカリへ呼びかけた直後、施設内にけたたましいベルの音が鳴り響き、全員が動きを止めた。
マスターとシュウゴは即座に状況を察知し、険しい表情に切り変わり緊張感が走る。
これは彼らにとって馴染みの深い音で、緊急事態を意味していた。
「場所は?」
シュウゴがそう聞く前に、マスターはカウンター裏の壁に飾られた四角い物体へ近づいた。
それは南ギルドだけが所有する魔導具で、救難信号を受信するデバイスだ。
黄色の装飾に囲われた黒スクリーン内には複数の数字が浮き上がっており、それを見ながらマスターは丸められた筒の山から一枚の地図をカウンターへ広げた。
数字の羅列から方角と距離を照らし合わせるのだが、異様に低い数字にマスターは訝しむ。
「近いな……というか近すぎる。この街だぞ」
「……発信者は判るか?」
「騎士団だ。共有の物だから個人までは特定できんが、少なくともそれなりの地位にいる奴だな」
騎士団や魔術隊には、緊急時用に救援信号がそれぞれ複数本配られている。
登録ナンバーは団、もしくは隊共通で、基本的に集団行動する組織なため上官が管理しているのだ。
「嫌がらせや悪戯かもしれん。ほっといていいだろ」
同じ公的機関と言えども仲はお世辞にも良いとは言えない。
そもそも街中は騎士団の管轄、救命師を頼るのはお門違いだとマスターは主張する。
「いや、行こう。万が一ってこともある。詳細な場所を教えてくれ」
「物好きなヤツだな。お前を嫌う輩による罠かも知れんぞ」
「間に合わなかった、という展開に比べれば大歓迎だ」
結局この男には何を言っても無駄だと、諦めたマスターは地図から正確な発信源を割り出した。
「ったく……。ラバール地区のルドウス教会跡地だ」
場所もキナ臭ぇと、大男は愚痴を溢す。
「それなら準備は要らないな。悪いが、アカリを頼む」
自分の名前に反応した少女は、パタリと本を閉じる。
「お師、仕事?」
「ああ、近いから今日中には帰れるだろう。先に寝ててくれ」
その場で箒を壁に立てかけると、男は急ぎ足で扉へと向かう。
「武器は持って行かないのか?」
ここにはヒトしかいないだろ。と、シュウゴは歩きながら答える。
街中に魔物が居るならそれはそれで大問題だが、仮にそうだとしても対処するのは騎士団や魔術隊。
しかし、マスターの心配は別のところにある。
「こんなことお前に言うのも変だが……気をつけろよ、クソヤロー」
「ああ」




