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異世界救命師  作者: 橋広光
第一章 ダーム火山

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新米冒険者の油断

 ――ダーム火山。


 そこは王都から遠く離れた地にある活火山。


 山頂付近の火口部からは真紅のマグマがグツグツと煮えたぎり、白煙が上空へと登りゆく。

 雲より高いその場所は上層と呼ばれ、過酷な環境と凶悪な魔物により多くの熟練冒険者が帰らぬ人となっていた。


 現在では登頂自体が国によって禁止されている。

 

 中層と呼ばれる山の中間地帯は降り積もった火山灰が辺りを灰一色で染めあげ、時を経て固められた溶岩石が壁や柱を形成し、クラックと呼ばれる割れ目が至る所でひしめいている。

 

 起伏の多い岩場は噴火の度に顔を変えるため、安定した登山ルートなどは存在しない。噴火の影響を強く受ける環境ゆえに、Bランク以上のベテラン冒険者以外は立ち入り厳禁となっている。

 

 下層地域は神秘的な加護を受けているのかのように、中層との境を生い茂った緑が円で囲っている。

 噴火の影響も無く整地された登山道はハイキングコースにはもってこいだ。

 初心者はこちらからです、と言わんばかりの山道は小鳥のさえずりがほのぼのとした緩い空気を漂わせる。

 

 そんな冒険感の無い下層の風景に肩透かしを食らったのか、無謀にも中層へと足を踏み入れる一行がいた。


 結成したばかりの新米冒険者パーティ。


 初仕事である採取依頼を達成したのだが、報酬に対して目的地までの距離が長すぎると、先頭を歩く少年が不満を呟いていた。


 下層の魔物は兎サイズで亀のようにノロマなスライムや、狼というより人を襲う気のない犬寄りなウルフ。

 シャボン玉のように空中を漂う面妖な綿など、どれも村人でも対処できるような魔物しかいない。


 のどかな日常で黙々と薬草を採取する作業。

 俺は山菜取りに来たんじゃないと、冒険心を持つ少年の心を大きく削いだ。


 

【~これより先は中層地域。非常に危険なため許可無き者の立ち入り禁止!!~】



 彼らの為に立てられた看板は無情にも存在意義を失う。

 灰色の大地に足を踏み入れ、誰が聞くのかと一行は看板の横を素知らぬ顔で横切った。


 ザリッザリッ――と、溶岩片を踏みつけながら足場の悪い岩の道を登り行く。

 そこには当然、整備された道など無く、彼らは比較的平地になっている場所を辿りながら右往左往していた。

 

「あの……やっぱり戻りませんか……?」

 

 治癒術士の『マユ』は、か細い声で前方を歩く二人に意思を伝える。


 治癒術と呼ばれる不思議な力で怪我を治す治療役の少女は、神木なる木から造られた股上までの短い尺の杖を携え、使い古されたであろう所々補修跡があるフード付きの白ローブを身に纏っていた。


 目にかかりそうな位置で横一列に揃えた前髪、ショートボブの艶やかな黒髪と濃褐色の瞳を持つ彼女は、元女子高生の転生者だ。


 まだ転生したばかりで金銭面が乏しく、装備は全て中古品。

 十五歳という若さでもこの世界では立派な大人扱いなため、生き抜くには自分の力で稼ぐしかなかった。


 

「駄目だ。せっかくここまで来たんだ。簡単な依頼こなしてハイ終わり、なんて勿体無いだろ」

 

 先頭で導くは短髪黒髪少年の『キョウヤ』。


 銅製の剣を右手に持ち、長袖パーカーの上に傷だらけの胴当てを被せ、右膝部分が破れかかっている黒ジーンズにスニーカーを履いている。

 火山どころか日本の登山ですら厳重注意を受ける服装だ。


「いいか、ゲームだと序盤から入れる高レベルダンジョンで、こっそりアイテムを拝借することが序盤から有利に攻略を進めるコツなんだよ」


 これといって特徴の無い平凡な彼もまた、十五歳の転生者である。

 日本から持ち込んだ衣服はそのままに、自身のゲーム攻略理論を自慢げに披露する。



「だからゲームとか言われても解んないんだけど」

 

 聞き慣れない言葉に嫌気が指している少女は、魔術士の『ミカリス』。


 この世界で生まれた彼女はゲームという言葉など知る由も無い。彼女は他の二人より一つだけ年を重ねている年長者だ。


 新品同様の三角帽子と、模様が刺繍された青色の立派なローブを着て、ふくらはぎまで伸びる茶色のブーツを履いている。

 左手には手先から肘までの短く細い杖を持ち、一見で魔女や魔法使いだと判断できる外見だ。

 腰まで伸びる茶髪にエメラルドグリーンの瞳も、他の二人との違いを強調させている。


 両親健在でそこそこの資金力、本来ならばこの世界の常識を一番に知る彼女が転生者たちを先導しなければならないのだが――。



「簡単に言うと、下層で採れる素材を沢山集めるより、中層の素材1個の方が遥かに高価ってことだ。魔物と戦わず近くの素材拾って即退却でいい」

 

 ゲームならそれが通用するだろう。定点に置かれたアイテムと決まった場所に配置されたモンスター。


 しかし、現実は異なる。この中層の景色は噴火の度に顔を変えるのだ。採取物の特性を予め調べておかなければ見つけることは困難だ。

 

「クソッ……下層はあんなにも簡単に見つかったのに……」

 

 キョウヤの声から焦りが見え始める。


 三人が周囲を隈なく見渡すも、灰色しかない質素な風景に色味のある物体は見当たらない。それどころか奥へ進むたびに視界が薄くなってきている。

 

「霧が濃くなってきたね……」

 

 ミカリスは指揮棒のように杖を振りながら歩く。


 呪文無しで扱える攻撃性能の無い簡素な風の魔術だが、一定間隔で視界をクリアにさせる様は、車のワイパーを彷彿とさせる。


 こんな授業あったなと、タクトを振る少女は学園時代を思い出していた。

 

「やっぱり戻りましょうよ……」

 

 不安の晴れないマユは身体を縮めながらミカリスの背に隠れ、危険が無いかと左右、時には背後に首を振り続ける。


 霧の濃度と押し寄せる速度が進む度に上がってく。

 闇が蝕むかの如く侵食していく濃霧が彼女の恐怖を増幅させた。

 

「煩い、ここまで来て諦められるか」

 

 弱気な忠告など聞いてられるかと、歩みを止めない少年は意地でも成果が欲しかった。地道にコツコツと経験を積み上げるのは彼の性に合わず、単純に楽をしたいという身勝手な理由で仲間をも危険に晒す。


 仲間と言っても、三人とも今回の依頼が初顔合わせの即席パーティなので、彼らの仲間意識は薄かった。

 

「――ちょっと待って」

 

 発言したのはミカリスだ。

 小さく掠れるような声に抑えながら精一杯に張り上げた。


 異変を感じ取った二人は、彼女が指差す方向へと目を向ける。


 霧払いの最中に映った灰色のたてがみ

 ゴツゴツした岩肌と不釣り合いな物体を認識したことで、ミカリスは手を止めたのだ。


 濃霧の中でうごめく黒い影が、ゆっくりとした足取りで彼らの元へ近づいていた。



 ――ヤバいヤバいヤバいヤバい……あんなのと戦ったら確実に死ぬ!



 それまで緊張感の無かったキョウヤが背筋を凍り付かせた。


 現れた影は自身より大きく、砂利道で足音を消すより困難なこの場所で暗殺者の如く忍び寄る。少年はそれを見ただけで生命の危機を感じ取っていたのだ。


 距離が縮まるにつれ姿が鮮明になると、マユとミカリスも脳が恐怖に支配された。


 外見は下層で見たウルフと似ているだけで、それ以外は全くの別物。


 人間の首から頭を丸ごと持っていってしまう大きさの顎が開かれ鋭利な牙を露出させると、マグマ色の唾液が足元の岩に垂れ蒸気を上げる。

 唯一色を残した瞳は赤黒く染まり、火山灰を被った体毛が動く度に粉を撒き散らしていた。


 その魔物の名は『ダームウルフ』。

 ダーム火山でのみ生息する狼型の魔物だ。


 高さ二メートル全長三メートルと、ヒグマを超える体躯だが体重は六十キロ以下と軽めで、フサフサの毛が全身を大きく見せていた。


 絞られた巨体はスピードに特化し、五メートル範囲内であれば一足飛びで首を刈り取ることができる。


 当然ながら新米冒険者が叶う相手ではない。


 その程度の存在など、ダームウルフにとって敵ではなく餌でしかないのだから――。

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