プロローグ 救命師
朝焼け色の、美しい髪の女性だった。
礼も受け取らずに去ってしまったあのヒト。
彼女に命を救われた時、俺は誓った。
彼女のように人を救える人間になりたいと——。
ある音が耳に入り、仮眠をとっていたシュウゴは目を覚ます。
数秒しか見られなかった彼女の素顔は、今でも思い起こせるほど鮮明だった。
夕暮れ時、教会の鐘の音が王都に住まう人々へ時を知らせんと響き渡っている。
しかし、シュウゴが反応したのはその音ではない。
玄関から金属と木材がぶつかり合う堅い音が彼の耳に届いていた。
ベルよりも圧倒的に小さな音だが、シュウゴにとってはこれが目覚まし代わりなのだ。
欠伸をしながらムクリと身体を起こす。
木造建築のガラス窓からオレンジ色の光が漏れ、飾りの無い質素な部屋を幻想的に演出する。
普通の家庭なら食事の用意をしている時間だ。
寝室の引き戸を開けると、玄関のノッカーが通路を通して響き渡っていた。
筋肉で引き締まった身体が歩き、床がミシリと鳴る。
玄関へ近づくと、紙を巻いた筒と紐のついた革袋を携えている大男が既に戸を跨いでいた。
スキンヘッドで口周りに髭を生やし、どこぞの配管工を連想させるオーバーオールを着た厳つい男は、ギルドマスターのフレッジだ。
シュウゴより身体が大きく歳は二つ上の三十七歳。
顔も人生経験も等しく濃いこの男も、歴戦の猛者の風格を漂わせている。
二人は目を合わせると、これが日常と言わんばかりに言葉を交わさずリビングへと向かう。
マスターが一人用ソファにふてぶてしく座り込むと、木製テーブルを挟んだ対面の丸椅子にシュウゴが座った。
「救援依頼だ。場所はダーム火山。救出対象はDランクの新米冒険者三人組、うち二人は転生者だ」
「転生者か……最近多いな」
「新人が増えるのは喜ばしいが、無謀なのが困りごとだな。何度も注意喚起しちゃいるが、全く効く耳持たん」
愚痴を溢しながらマスターは持っていた紙筒の紐を解く。
テーブルから食み出るほど開かれた巨大な地図だった。
ある一点には予め目立つようにバツ印が付けられている。
「救難信号の発信源はここだ」
「おいおい、新米が行く場所じゃないだろ……」
そこは火山の中層地域と呼ばれる地帯で、Cランク以下は下層までと相場は決まっている。
中層から上はベテランの領域だ。火山で牙を剥くのは魔物だけではない。
今回彼らが中層を目指したのは依頼対象に変化があったか、受注側が欲を掻いたか。
恐らくは後者だと、二人は推測している。
「一応、説明はしてあるんだがな……」
「解ってる。いつものことだ」
入念な準備の元での遭難ではなく、警告無視による救助はギルド側に税金の無駄遣いと非難を浴びせられるが、だからといって見捨てるわけにもいかない。
落胆するマスターに対して、シュウゴは冷静に事情を受け止めた。
「救難信号を使ってるだけマシだろう。日を跨いだら絶望的だ」
シュウゴが地図を畳みテーブルからどけると、すかさずドサリとテーブルに大きな革袋が置かれる。
「ほれ、支給品だ。四人分の簡易食料と、包帯などの応急処置道具一式入れてある」
支給品にはシュウゴの分も含まれている。ただし、装備と火山対策の消耗品は自前だ。
「ありがとよ」
「それと、これが救助対象者のリストと彼らが受注した案件だ」
次に渡された紙には案件内容と、救助対象一人一人の名前や特徴、装備や使える魔術、転生者特有のスキルなどが書かれていた。
その一枚一枚を、シュウゴは念入りに確認する。
「薬草採取……。ミカリス……キョウヤ……マユ……この子が治癒術士か……ん?」
「どうした? 気になることでもあったか?」
「スキル『火耐性』……か」
「珍しいモンじゃないだろ。大方それがあれば深くまで踏み込めると考えたか……」
「いや、こいつは想像以上に厄介かもしれん……。装備も魔術も不十分過ぎる。これでは落石すら耐えられんだろう。間に合えばいいが……」
シュウゴは提供品の全てを手に持ち立ち上がる。
「支度したら出る」
「ああ、行って来い」
ここまでがお決まりのやりとり。
『救命師』としての男の仕事の始まりだった——。




