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異世界救命師  作者: 橋広光
第三章 リンドグレイス王国

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メビウスの光

 リンドグレイス王国――。


 かの国に属する軍は、主に3つの組織を支柱として成り立っている。



 1つ目は『王国騎士団』。


 眉目秀麗なジルフェール団長が率いる白兵戦主体の部隊で、全国から結集された実力者達によって構成されている。

 規律を重んじる彼らは正に王国の剣。栄誉を求める男達の憧れだ。


 サクハが所属することになったのもこの組織で、軍事行動以外では国内の治安維持組織としての活動していたり、各地方の兵士を統括する役割もある。

 

 2つ目は『特級魔術隊』。


 王国屈指の魔術師を揃えた部隊で、大規模な攻撃魔術や味方への補助魔術、治癒術を含めた幅広い役割をこなすことができる。


 平時では主に国境を守護する防衛任務に就いており、水道施設の管理や防壁の増設などのインフラ整備も行っている。

 彼ら無しでは人々の快適な生活は成り立たないだろう。

 

 3つ目は『魔導技術班』。


 特殊な技術や知識を持った人材で構成されており、魔力を源とする魔導具や魔導兵器の開発を担当。

 便利な魔導具は生活を豊かにし、味方の被害を減らすために強力な兵器を開発しようと日々試行錯誤を重ねている。

 

 そんな3つの組織の長が今、一堂に会そうとしていた――。



 王城を中心として取り囲む軍の敷地内に、魔導兵器開発研究所という名のいかにもな研究施設がある。

 そこは一般人が決して立ち寄れない区域で、研究所の周りは厳重に鉄柵で囲われており、西洋の街並みに似つかわしくない白く四角い建物がそびえ立っていた。


 実験棟、開発棟、製造棟、研究者寮棟に複数の倉庫を含め、他の二組織とは比較にならない所有面積を誇る。


 そして転生者の介入による恩恵が最も大きいのがこの施設だ。

 転生前の知識を参考に、年々生活環境を変えるような魔導具や兵器などの新製品を開発し続けている。


 今回、ジルフェール団長とイルシャ副団長は開発棟の試作開発部にある会議室へと足を運んでいた。


 厳つい警備兵も彼らに対して言葉すら交わさない。

 魔術によって施錠された門も手をかざすだけで自然と開く。

 徹底したセキュリティをもスルー出来る権限が彼らにはあるのだ。


 棟内部で忙しなく歩く研究員とすれ違う中、二人は散歩するようにマイペースで歩く。飾り気のない無機質な通路を進み、団長が鍵の無い会議室の扉を開いた。


「おっそいですねェ、アナタたち。四分二十三秒の遅刻ですよォ!?」


 円卓会議室の手前の椅子に座りながら怒声を浴びせたのは特級魔術隊の隊長、『ゲスルド』。


 騎士団と対称的な黒の制服を着こみ、白髪交じりの前髪を垂らしながら指先で机を小刻みに叩いて苛立ちを見せつけている。


 三組織の長の中では最年長の四十一歳、独身。

 人を見下すことに生きがいを感じている男で、部下の女性隊員からは滅法嫌われている。

 

「急に呼び出しておいて時間指定は無理があるでしょう」


 いちゃもんを付けられるのは今に始まったことではないと、団長はあっさりとした口調で返す。

 二人は犬猿の仲、というわけでもなく、ただゲスルドが一方的に因縁をつけているだけだった。


 また始まったかと、イルシャは二人を冷ややかな目で見つめる。

 

「ワタシじゃありませんよォ、呼び出したのは」

「私ですよ。遅れて申し訳ない」


 後から現れたのは魔導技術班、班長の『ヤヅキ』だ。


 艶やかな黒髪を後ろで束ね、研究員らしい白衣を着ている女性で、眼鏡の奥から放つ鷹のような眼光は他人を寄せ付けない空気を醸し出している。


 この場において彼女だけが転生者で、卓越した頭脳だけで技術班のトップに成り上がった秀才。

 今この国で最も地位の高い転生者は彼女であり、シュウゴとは違った立場で異世界の国に貢献を示していた。

 

「なーんでー呼び出した張本人が遅れるんですかァ!?」

「今日は新たな魔導兵器のお披露目をしようと思いましね。実践も兼ねて」


 技術班長は魔術隊長の文句を目線ごと無視し、さらりと本題を振る。

 

「ほォ……ワレワレも見くびられたものですねェ。そんなオモチャで測ろうと言うのですか」


 壊れても知りませんよと、ゲスルドは挑発気味に付け加える。

 

「残念ながら戦闘用ではなく索敵用でして、見て頂きたいのはその能力。この対魔族用人型兵器『メビウス』を」


 班長以外の三人は沈黙した。


 この人型と呼ばれた兵器は何処にもないのだ。

 本人の隣にも背後にもそれらしきものは見当たらず、キョロキョロと辺りへ首を動かして探す三人は困惑した。


 この女は冗談を言う女じゃない。

 必ず何かあると、潜んだ蚊を見つけるように隈なく周囲を見渡すも、結果を得られず痺れを切らした魔術隊長が口火を切った。


「で、どこに?」

「後ろですよ」

「えっ?」


 班長が指差した円卓の中央で、魔導人形が何も無いところからゆっくりと浮き出るように姿を現した。


 顔の部分は一目で金属と判る質感に、形は縦にされたメビウスの輪そのもの。

 穴の開いた銀色のその姿は、人の顔とは言い難く不気味さを醸し出している。


 身体も人間を模して二足歩行だが、これも金属。

 甲冑のような身体に細い管が幾重にも繋がれ、胸部の中心にはビー玉サイズの赤い光が淡く輝いていた。

 

「うおっ!? なっ、何ですかァ!? さっきまで何もありませんでしたよォ!?」

「あっちだと光学迷彩と呼ばれるものでしてね。周囲の景色を投影し、透明に見えるよう映し出しています」

「すんばらしいじゃないですかァ! これがあれば魔族共を出し抜けますよォ!」


 これには騎士団の二人も驚きを隠せなかった。その期待に団長は僅かながら口角を釣り上げる。

 

「しかし、これを実戦に組み込むには課題が山積みでしてね。まず透明なまま動けないのと、魔力の消耗が激しいためコスパも悪く、せいぜい一時間が限度なんですよ」


 見えない木偶を一時間立たせる意味はあるのかと、ゲスルドは一転して落胆し、溜息交じりに吐いた。

 一瞬でも期待していたジルフェールも同様に肩透かしを食らっている。

 

「これはあくまでオマケさ。本題はここから……。メビウス、真実を示せ」


 メビウスの頭部の輪から青白い光が放たれ、会議室を一色に染めあげ、僅かに開いた扉の隙間から光が漏れ出す。


 眩い光に魔術隊長は片手で目を覆い、騎士団長も耐え切れず目を細める。


 ジジジ……と微かな音を残して光が消えると、一行はメビウスを再び見据えた。


「何ですかコレ? ただの目眩しですかァ?」


 付き合ってられるかと、不満混じりの口調で魔術隊長がそう話す。

 騎士団長も同調するよう肩を落とし緊張を解いた。

 

「彼女を見て下さい」


 彼女?


 この場に女性は二人。


 班長以外の残った一人へ視線を向けると、ゲスルドは不意に奇声を上げ、椅子から転げ落ちた。


 当人のイルシャは何が起きたのかと、戸惑いながら団長へ目を向けるも、彼もまた驚きを隠せず目を見開いていた。


 まるで化物でも見たかのように。


「これが貴方がたに見せたかったものさ。このように、メビウスは潜んでいる魔族の正体を暴くことが出来る」


 イルシャは恐る恐る震えた手を確認する。


 それは装飾品加工ができる器用な手ではなく、体毛に覆われ鋭利な爪が潜む獣の手。ここで彼女は全てを察した。己の置かれている状況を。


 そう。彼女は魔族だったのだ。


 手だけではない、露出していた肌には薄い白毛がうっすらと生え、人間とは違う位置から猫耳が浮き出ていた。


 驚きで瞳孔が開いているため判り難いが、黄色の瞳は猫の目そのもので、隠せなくなった尻尾もスカートの中から露出した――。

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