完璧な人
あの日の夜、サクハは騎士団への入団を決めた。
他に選択肢が無かったと言えばその通りであるものの、イルシャと居られるなら苦にならない。寧ろ自分から願いたいほどだった。
優しくされただけで靡いてしまえる自分は何て単純なのかとサクハは蔑む。
けれども本当に追い詰められた時、人は心を許せる人を求めるものなんだなと、実際に体感してしまった。
悪徳宗教や詐欺に引っかかる人の気持ちがよくわかる。
正直言って、これが罠でも何でも構わない。
例えあの人に裏があったとしても――。
それから急な昇進で一悶着あったものの、シュウゴのおかげで無事解決。
新しく頼れる人が増えたことで、サクハは少しずつ自分を取り戻していった。
いま彼女はイルシャの部屋にいる、というよりルームシェアしていた。
女性団員は他にいなかったのと、不安解消のため特別措置をとってもらったのだ。
本来ならば三人一部屋の狭い寮に入るのだが、彼女は副団長という高い位にいるため、一般団員と違う棟で快適な個室に住んでいた。
更にイルシャはサクハが来るまでは紅一点だった。
リチャードみたいな男がいる中で、のし上がるには相当な苦労があったんだなと、サクハは苦労を察する。
だからこそ受け入れてくれたのかもしれない。
部屋の間取りはワンルームと広くはないけれものの、キッチンあり浴槽ありで、トイレも男と共同じゃないだけでサクハにとってはありがたかった。
家財はほぼ白で統一されており、壁には等間隔でネックレスなどの装飾品が掛け並べられていた。
急な来訪でも片付けられている様子もあって、几帳面な人だなと感心する。
これでゴミ屋敷だであれば、ちょっとした人間性が垣間見れると期待したサクハだったが、見た目以上に隙が無いようだ。
そんな人と何日か一緒に過ごしているうちに、サクハはまるで優しい姉ができたかのような感覚が芽生え始める。
正に自分の理想の女性像を体現したような人物で、部下に指示する姿なんかは特にカッコよくて憧れを抱いていた。
欠点らしい欠点もなく、逆にそんなことを探そうとしている自分がいることに気付き、自己嫌悪に陥ったくらいだ。
けれどもモヤモヤが晴れず、つい本人に欠点がないか直接聞いてしまう。
「魔術の才能が無いところかな? だから騎士団に入ったんだけど……。でも、無いなら無いなりに工夫もできるの。そこに掛かってる魔導具って呼ばれる魔力が込められた補助的な装備を使っててね。身に着けているだけで力を強くしたり、攻撃を防いだりできるんだよ。魔術と比べて効果や持続力が少ないのが欠点だけど……」
それ欠点?
そうじゃないと、人間性的なとこで問う。
「う~ん……、柑橘類が苦手かな?」
真意が伝わってない。
仕方なく、サクハは少しだけ闇を見せた。
「た、例えば……陰口を言うとか?」
するとイルシャはクスクスと笑い出し、漸く欠点を口にした。
「それを言う相手がいないことかなぁ」
なるほど。
信じられないけど、人付き合いが苦手と。
なら私が友達になるとサクハが言うと、イルシャははにかみながら喜んだ。
その後も会話を絶やさず、自然と下らない話でも続けていく。
久しぶりにまともに人と話すことができて、サクハの冷え切っていた心は弾んでいた。
明日、買い物に行く約束もして——。
魔法にすら興味が惹かれないサクハだったが、この世界の服や雑貨がどんな物なのか、心に余裕が出来たことでこの世界を生きる楽しみを見出していた。
「出来たよ。これでいい?」
イルシャは髪飾りとして加工された氷のバラをサクハに手渡した。
シュウゴを頼った経緯を話し、アカリに貰った氷のバラのことを伝えていたのだ。
装飾品の加工技術があったイルシャに、髪飾りへの加工を頼んでいたのだ。
サクハは氷のバラは花だけを残して留め具を付けただけで、他に装飾は増やさないようにお願いしていた。
角度を変えたり、夕焼け色の光に当てたりと、元の世界では見られない不可思議な物体が魅せる変化を満喫する。
「可愛いっ、満足です!」
「着けてあげるね」
オシャレなドレッサーの前で、イルシャの優しい手がサクハの赤髪に触れる。
真っ赤な髪とは対称的だが、氷色のバラが際立っていて高級感が出ていた。
こうしてみてサクハは常々思った。
私って何でも似合うなって。
制服以外持ち込むことが出来なくて落ち込んでいたが、これから増やしていくのが楽しみになっていた。
「似合ってるよ」
「ありがとうございます……」
自画自賛してるなんて思われたくないと、照れくさく返事をした。
スマホがあれば絶対に自撮りしていただろう。その辺がかなり不便だなと感じる。
共有する相手も目の前にしかいないが。
コンッ、コンッ――。
突然、扉を2回叩かれた。
「副団長、団長がお呼びです」
「了解、今行きます」
空気を読まない男の介入によって不満が顔に出ていたのか、ごめんねと頭を撫でられるサクハ。
イルシャが立ち上がると、寂しそうに手を伸ばしてしまう。
「あっ、あの……」
振り向きざまに向けられる笑顔。
何かなと、首を傾げる姿が可愛らしい。
「明日の約束……忘れないで下さいね」
「うん、大丈夫。何があっても優先するから」
そう言い残して、イルシャはサクハの元から離れて行った。
こんな時間に呼び出しなんて、偉い人は大変だ。
もう一度、鏡に映った自分の顔を見る。
本調子とまではいかないが、自然に笑顔ができるようになっていた。
よくよく考えれば騎士団も悪くはない。
警察みたいなものだし、他の職に就くより見栄えがいいのは確かだ。
上流階級のような高品質の白い制服も気に入っている。
戦いに行かされる可能性があることだけが難点だけど。
サクハは明日が楽しみ、などと考える日が来るとは思いもしなかった。
カーテン付きのふかふかベッドに寝ころび、この髪飾りに合う服を頭に想い描く。
……早く戻って来ないかな。




