プロローグ サクハと騎士団
竜胆咲葉。
転生者は結婚するまで苗字を名乗ってはいけないため、今はサクハと名乗っていた。
学校帰りの自宅で同級生の男子に殺され、この世界に転生。
飛ばされた先が街中だったのが幸運だった。倒れていたところを通行人に助けられ、早い段階で国の支援機関へ連れて行かれる。
そこは生徒数が少なく、今にも廃校になりそうな小さな学び舎みたいな場所で、サクハの他に四人の転生者が居た。
中には唯一女だったマユも居たが、サクハは最後まで話しかけることは無かった。
マユは終始俯いていたためか、とても話しかけられる雰囲気じゃなく、サクハ自身も同じ状況だったのだ。
殺されて人間不信に陥ってたサクハだが、人との関わりを断つことは出来ず、知らない世界では言われるがままにするしかない。
言葉を覚えなければ生活できないと言われたため、他にすることもできることもなく、ただひたすら言語学習に励んでいた。
何かで気を紛らわせたかったサクハにはうってつけで、日常会話をこなせるレベルまで難なく習得できた。
言語以外はこの世界の仕組みと国のルール、全て頭に入れたら晴れて卒業。
二ヵ月の研修期間はあっという間に終わりを告げる。
その先は独り立ち。
衣食住の保証は終わり、サクハは高校中退で不安定な社会に放り出される――はずだった。
スキル判定試験。
転生者がこの国の身分証と移住権を得るためには、避けて通れない道。
そこでサクハは、ある人物と出逢った――。
◇
「はい、それじゃあ、君のこと教えてね」
試験と言えども医者の診察みたいなもので、案内された部屋にあるのは木製のテーブルに座椅子2つと資料棚のみの質素な空間。
天井脇には蜘蛛の巣が張っており、あまり使われていない印象を受ける。
待っていた判定者の男は支援機関の制服を着ているものの寝癖まみれで髪はボサボサ、重い瞼を隠そうともしないどころか、先程まで寝ていたかのようにあくびまでしており、およそ人と会う気のない態度と風貌だった。
そんな人物から繰り出される質問にサクハは淡々と答えていると、彼は異世界言語に不慣れな転生者から見ても汚い文字でメモを取っていた。
「これからはサクハってだけ名乗ってね。リンドウはもう使えないから」
改めて自分が家族との接点が断たれたと思い知らされる。
もう苗字で呼ばれることも無くなるんだなと、サクハはより一層気分が沈んだ。
「じゃ、これからスキルについて調べるから、まず君の死因を詳しく教えてね」
「え……、その……」
なぜ初対面で礼儀もない人に、思い出したくもない凄惨な過去を話さなければならないのか。
そう躊躇っている様子を見て男はテーブルに肘をつき、わざとらしく溜息を吹かした。
「んー、いいって、そういうの。面倒だからさっさと言ってくれない? 辛いのは解るけどさ、こっちはそういうの飽きてんだよ」
……なんなのコイツ。
普段ならキレていたであろうサクハだが、立場も弱く気分も陰鬱だったため、適当な相手には適当に流せばいいやとざっくりで答える。
「あ、あの……、その……、刺殺……でしょうか?」
「……え!?」
それまで閉じそうだった男の瞼は急に見開き出し、驚き声と共に頬に当てていた握りこぶしが離れた。
「し、刺殺!? てててってことは……他殺なの!?」
「は、はい……」
「っし! やっとウチにも来たよ!」
さっきまでの態度が嘘のように別人のようにはしゃぎ出す。
驚きで立ち上がっていた男はシャキッと座り、しっかりとペンを握って目の前の人間を見据えた。
「く、詳しく!」
「は、はぁ……」
言いたくなかったサクハだが、今なら真剣に聞いてもらえそうだったと感じ、殺された経緯を嘘偽りなく詳細に話した――。
「ってことは刃物に関するスキルかな? 正確に知りたいから、実験場へ行こうか」
この男はスキルのことしか頭にないらしい。
少しは同情してくれてもいいのにと、不満ながらもついて行く。
場所を変え、連れて行かれたのは厳重に鍵を掛けられた扉の奥だった。
剣、盾、斧、槍、金槌、包丁、空の酒瓶に縄など、それぞれ様々な物が一種類ずつ壁に掛けられていたり、棚の上に乗せられていた。
ほどんど使われていないのか所々埃被っており、ここはさっきの部屋以上に蜘蛛の巣だらけだった。
窓のカーテンが開けられると、日光がパラパラと舞い散る埃を映し出す。
男は中央に配置されていた人間大の物体に被された布を外すと、中から木製の人形が姿を現した。
「じゃあ、そこの包丁を使ってこの人形を適当に斬ってみて」
「は、はい……」
サクハは壁に掛かっていた新品同様の包丁を手に取ろうとすると、途端に手が震えた。
「あー、気になるのなら別の刃物でもいいよ。ただ何の反応も無ければ、それを使うことになるのかもしれないけど」
一応気を遣ってくれているらしい。
包丁はサクハのトラウマだ。
けれども一生料理が出来ないわけにはいかないので、いつかは克服しなければならない。
それでも今は逃れたいと、包丁と似つかない長めの剣を手に取った。
想像より重くのしかかる銀色の剣。
棚の上に用意されていた布で埃を吹き払うと、刀身にサクハの顔を映した。
当然こんなものを持ったのは初めてで、扱い方が解らない。上から振り下ろせばいいんだっけと、漫画で見たような構えで振り上げた。
「こ、こうですか?」
躊躇いつつ人形の肩から斜めに斬る。
壊すのも悪いかなと、ほとんど力を入れずに剣を下ろしていた。カッと音を立てて剣は反発。思わず手から離してしまいそうだった。
意外と重いし、もっと短いのにしておけばよかったと後悔する。
本気で斬ったとしても変わらないほどに木が硬い。というよりサクハの力が無かった。
「う~ん……ん!?」
こんなの女が持つような物じゃない。
スキルだか何だか知らないけど、何度も繰り返したくはなかったサクハは、やっぱり変えてもいいですかと――言い切る前に大きく手を叩く音が響いた。
「これは凄い! 後ろの壁に斬撃が飛んでるよ!」
言われた通りに目を向けてみると、人形の後ろの壁に傷が付いていた。
人形の肩より上の位置に、小さな切れ込みが走っている。
……これ……私がやったの?
半信半疑のまま振り返ると、「ちょ、向けないで! それ向けないで、危ないから!」と判定男が過剰に驚いている。
信じられないサクハだったが、剣を振れば遠くにも影響が及ぶと理解する。
「これって……凄いんですか?」
「当たり前だろ!? 魔術でできなくもないが、相当な修練が必要になる。加えてこちらはほぼノーコストなうえ不意を突きやすい。極めれば威力も速度も桁違いになる。これはいいッ、革命が起きるぞ! いや、起こしちゃいけないんだけど……今の黙っててよ」
やたらとテンションの高い男に剣を預けると、「とりあえず関係者呼んでくるから、適当に寛いでて」と言い残し去って行った。
サクハは話を半分も理解できていなかった。
寛げと言われても椅子すらない場所では休めない。
勝手に外へ出ると、野外に生えた一本の大木の下のベンチに腰掛ける。
私はこれからどうなるんだろう。親も友達も先生もいない。
サクハは何もかもが不安で怖くなっていた。
せめて記憶が消えていたらいいのにと、叶いもしないことを考えながらただ空を見つめていたら、ここの空は日本より綺麗で澄んでいると気づいた。
きっと夜空はもっと綺麗だろう。
彼氏でも友達でもいいから、一緒に眺められる人が居たら――。
物思いに耽ることに疲れたサクハは、無防備にもベンチで寝てしまい、男の声に起こされた時には、もう空は赤く染まっていた。
こんなに遅くなるなんて聞いてない。
そう文句をつけてやりたかったサクハだが、彼女を起こした人物は判定の男ではなかった。
「失礼、君がサクハ君だね? 私はリンドグレイス王国軍所属、騎士団長のジルフェール。どうぞよろしく」
大自然にあるかのような優しい緑の瞳に、肩までストレートに伸びるキャラメル色の長髪、鼻は高く背も高い。整った男の条件を全て満たしている完璧な容姿。
何よりも白基調の制服がよく似合っていた。
こんな状況でなければサクハは恋に堕ちていただろう。
「単刀直入に言おう。君を我が団に登用したい」
男が口にしたリンドグレイス王国とは、いまサクハがいる国のことだ。
王国軍の中には騎士団という組織があり、彼は若いながらもその団の長を務めている。
騎士団長、イケメン、勧誘。
サクハにとって前の世界なら手放しで喜んでいたシチュエーションだ。
裏があろうとなかろうと、飛びついていたはず。
けれども気分が乗らないのは、一つだけ懸念点があったからだ。
「入団すれば衣食住を保証する。人並み以上の給与もね。どうだい? 悪い話じゃないと思うけど?」
男は優しい声と眼差しをサクハに向けている。
こんな立場の人が、ベンチで座る私の前で膝をついているんだ。
「はい」と答えてしまいたいよ。だけど――。
「……人を……殺すんですよね?」
軍という言葉は平和な世界にいたサクハにも理解が出来る。
きっとこんな世界だ。自衛隊より死が近しいに決まっている。
殺されたばかりの私がどうして生死に拘る仕事を選べるのか。
死ぬのも嫌、殺すのも嫌、そんな我儘で弱気な自分を見せたら、男の表情が豹変した。
「相手は人じゃない。魔族だ。人のような形をしているが気にしなくていい、あれは化物だからね」
……怖い。
己を殺した男と同じ無機質な表情。
矛先が自分でなくても、向けられている強い感情が憎悪だということが読み取れてしまう。
恨みに対して敏感になってしまったサクハは、悪寒を感じ無意識に両肘を掴んだ。
「ここで入団を断れば、君は路頭に迷うこともできない。強すぎるスキルの放逐は他国や魔族に利用されたり、反逆者となっては困るんだ。だから……よく考えた方がいい。君は――」
「団長。それでは勧誘になってません。彼女が怯えてるではありませんか」
注意を呼び掛けたのは若い女性だった。
男の後ろに居たことにすら気づかなかったほど、サクハは視野が狭くなっていた。
団長と同じ澄んだ緑色の瞳、同じ髪色で長髪だが、ストレートな男と違ってゆるふわに巻かれた毛が優しい印象を持たせる。
制服は男と同じ、腰に帯びている剣も同じで、やっぱり戦う人かと、サクハが望んだ救いから手が零れていくようだった。
「すまない。イルシャ君。こういうのは苦手なんだ。任せても?」
「はっ」
団長は表情を戻しサクハに一言謝ると、右手で頭を掻きながら去って行く。判定の男も彼の後を追うようにサクハの視界から離れた。
今のサクハは男に対しての拒否感が強い。憎悪を向けられれば尚更だ。
自分がこんなに弱くなっているなど、思いもしなかっただろう。
代わるようにイルシャと呼ばれた女性はサクハの前で両膝を地につけ、落ち葉が触れるようにサクハの膝上に両手を添えられる。
「ごめんね、団長が脅したりして。でも、悪気はないの。魔族という言葉が出るといつもああなっちゃって。私もちょっと困ってるんだ」
いつの間にか震えが止まっていた。
温かい手が悪寒を止めてくれたのか、優しい言葉で安心したのか、サクハの心は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
イルシャは隣に座ると、俯いた少女の顔を覗き込む。
警戒心を解そうと微笑んだ顔は美しく、思わず目を背けてしまう。
「貴女のことを聞かせて? 言いたいこと、何でも言っていいから」
縋りつきたくなるほどの優しい声。
例え勧誘のための言葉だったとしても、誰かに本当の声を聞いて欲しいと願っていたサクハは、すんなりと受け入れた。
そして、全てを打ち明ける――。
「ここは何? 私はどうすればいいの?」
死んでから訳も判らないまま、見知らぬ地に飛ばされた。
転生という言葉で片付けられても、何も納得できない。
「魔法? スキル? 意味分かんない!」
きっとこの世界に来て喜ぶ人間はいるだろう。
だけど私は、あの世界が良かった。
死ぬまでは何もかも上手くいってたし、夢だって、やりたいことだってあった。
「帰りたいよ……お母さんに会いたい……」
疎ましかった母の小言すら聞こえない。
もう二度と会えないんだと漸く気付き、今になって己の死を実感する。
堰を切ったように、子供の様に嗚咽を漏らしながら話すサクハを、イルシャはただ黙って聞いていた。
怖い、寂しい、苦しい。情けなく次々と紡がれる言葉に対し、何もかも否定せず受け止めてくれている。
どうして私は初対面の人にこんなこと話しているのか。
どう考えても仕事のために付き合っているだけなのに。
でもしょうがないじゃん。他に誰もいないんだから。
もうどうにでもなれと、サクハは言いたいことを全て吐き出した。
次に何を話せばいいかと考える頃には夕陽が沈み、外の空気が肌寒くなる。
もっとこの時間が続けばいいのにと、必死に言葉を探すが見つからず、暫く沈黙が続いた。
やがてサクハの肩が寒さで震えると、イルシャは包み込みように抱きしめた。
そして最後には最も欲しかった言葉を、与えてくれたんだ――。
「大丈夫、貴女はもう……独りじゃないよ」




