エピローグ リスタート
洞窟の入り口に捨てられてあった鎧を、アカリが解凍してから回収。歩けるリチャードとグレイグがそれを身に包んだ。
アカリと手を繋いでいれば、鎧を着ていてももう問題は無い。
雪の降る三合目を下ると、親子のように繋いでいた手は離れ、日光の元で三人は自由に歩く。
道中魔物と遭遇することなく麓まで辿り着くと、小屋で待機していた門兵と治癒術士に騎士団の三人を預けた。
小屋で目を覚ましたイアンは、惜しむことなくグレイグの意見に賛同した。
ワイバーンのブレスを浴びてから意気消沈していたため、軽い気持ちで魔族領へ行こうとしてしまったことを後悔していたのだ。
そうなってしまうのも無理はない。人は苦境に立たされると引くことを優先するようにできている。
それは生物としての本能で、逆らうにはそれなりの理由が必要なのだ。
対して出世を阻まれたリチャードは、往生際が悪く未だ腑に落ちていない様子だが、仲間が諦めたことで今回は辛酸をなめる日々を受けて入れてやると強気の姿勢を見せる。
そんな自己評価の高い男を、シュウゴは僅かながら認めていた。
不満があってもサクハに直接危害を与えようとしないところだけは好感が持てる。
姑息な手を使わないのは騎士道精神と言ったところかと。
またフラストレーションが溜まって一人でも挑戦しようとしかねないが、流石にそこまでは付き合いきれん。次は無いと言い残す。
救助と説得を終えたシュウゴたちは彼らと別れ、日が落ちる前に自宅へと帰った。
家に着いても疲れを見せないアカリだったが、今日は普段より一時間早く眠りについていた。
顔には出さないが、久々の救助同行でテンションが上がっていたのだ。
……アカリが居なければ救助できなかったわけだし、次の休暇はアカリの要望に応えてやるか。
シュウゴは空いた時間で中断していた装備の手入れを進めたが、睡魔に負けて中途半端に終えた。
翌日の夕刻、訓練を済ませたサクハが互いの報告を済ませるために再び訪ねてきた。シュウゴは彼女に一連の出来事を包み隠さず全てを話した――。
◇
「すまない、頑固な奴がいてね、君のことを話さざるを得なかった」
「いえ、私の方こそ……無茶な要求をしてしまったので」
依頼時と同じようにリビングでサクハを迎えていた。
少し違うところは、彼女の表情に明るさが戻っていたことだ。
今日が小隊長の就任日だったらしく、不貞腐れる一名を除けば快く受け入れてもらえたらしい。
肝心の一名は補佐に任命されたことで、多少なりとも不満は解消できているようだ。嫌味をぶつけることは無いが、隙を見せれば追い越すぞとか言っているらしい。
……まあいいだろう……アイツはあのままで。
「あの……1つだけ……伝えなきゃいけないところがありまして……」
サクハは俯きながら声を細める。
何を話すのか見当もつかないシュウゴだったが、話したくなさそうなのは解かった。
「言いたくないのなら、言わなくてもいいぞ」
「いえ……それでは失礼になりますから……」
シュウゴが用意した紅茶のカップに口をつけると、意を決したように話し始めた。
「私……本当は貴方が思っているような出来た人間じゃないんです」
シュウゴがサクハに抱いた第一印象。
派手に染めた髪色の割に物静かなのが引っかかっていた。
殺されたトラウマを植え付けられながら未知の世界に連れて来られれば、自分を出せなくても仕方がない。
本当の彼女は、シュウゴの予想とは大きく外れていた。
「容姿や家族に恵まれて、ぬるま湯で育った私は他人に対して……その……見下すように扱うことが多かったんです。スクールカーストってやつですね……。私はその最上位にいました」
シュウゴには縁が無かったが、言葉の意味は知っている。
冒険者ランクで例えれば、上のランクには逆えず、ランクは生まれた時にほぼ決定されて、変えることはできない。
という認識であっているかと聞くと、大体そうだと返ってきた。
「色んな人から恨みを買っていたと思います。イジメと呼ばれることだってしてきましたから……」
サクハはじっと遠い世界を視るように紅茶を見つめていた。
「そうか……それで、虐めていた相手に殺されたと……?」
「いえ、私に告白して来た男子にです」
「え?」
そっちなのかと、つい驚きの声を出す。
「はい……、クラスが違って話したことも無かったんですけど、酷い振り方をしたので……」
その男は見下される側の人間で、容姿、学力、両親の経済力、どれも劣っていたから誰がお前と釣り合うのかと否定し、侮蔑の言葉を投げつけた。
プライドの高かったサクハは、告白されてイケると思われたのがショックだったため、強く拒絶してしまったのだ。
「それで……翌日に家まで後をつけられて……玄関に入ったら後ろから包丁で……」
滅多刺し。
生きながら何度も身体の至る所を刺されたのだ。
逃れられない悪意に恐怖と苦痛で染まり、サクハは泣きながら許しを請うが、男の表情は能面を張り付けたように無機質で機械のように得物を振り下ろしていた。
今でも時折その瞬間がフラッシュバックしていると語る。
シュウゴは話を聞いただけで怒りが込み上げていた。
復讐にしては明らかにやり過ぎだろう。元々そういう気質があったとしか思えない。
「確かに君に非があったのは事実だ。だが、どんなに傷つけられる言葉を投げられようとも、人を殺していい理由にはならないんだ」
俯き震える彼女に対して、シュウゴは続ける。
「君が受けた痛みは、あっちの世界で裁かれているだろう。死罪にはならないだろうが、こっちに来ないという意味では、それで良かったのかもしれない」
日本の司法はこっちに比べて緩い。
人を故意に一人殺して死罪が適用されるのは極めて稀だ。
相手が未成年なら尚更だが、転生されたら彼女の第二の人生も壊される可能性があることも考えられる。
転生するのは、何も善人だけに限った話ではないのだ。
「悔しいし辛いだろうが、転生したということは全てを捨てたということ。家族や友人だけでなく、過去の行いも嫌なことだって捨て去っていいんだ。こっちは第二の人生、前の世界の反省を踏まえて、これから君が正しいと信じる関係を構築していけばいい」
嗚咽を漏らす彼女に言葉は届いているだろうか。
慰めの言葉はかけられない。
厳しくとも、みな似たような境遇で生きていかなければならないのだから。
「もう……あっちの世界には……戻れないんでしょうか?」
両膝に手を握りしめ、震える声を出すサクハ。
未練や寂しさが伝わってくるも、残念ながらシュウゴでは彼女の希望には添えられなかった。
「ああ。君は……天霧涼音というアイドルを知っているか?」
「はい、確か……自殺したって……」
「彼女もこっちにいる。死因は違うが……」
「えっ……」
死因に関することは本人の名誉に関わることであり、シュウゴの口からは言えなかった。
シュウゴが転生した後の出来事だったため、死後のことはシュウゴもスズネも知り得ることは出来ない。けれども有名人ならば、後から来た転生者で知っている人間が多かったのだ。
「つまり、向こうに死体が残ってるんだ」
死因が捻じ曲げられようとも死という事実は変わらない。
それが示すことは残酷な現実。
「だから俺たちはもう……戻れないだろう」
シュウゴとて故郷に未練がないわけではない。
帰る手段を探している転生者だっている。
しかし、可能性としては絶望的だ。
この魔法の世界でも、空間魔術はあれど人が移動できるほどの力は無い。
厳しい現実を突きつけてしまったが、シュウゴはもう一度生きられると前向きに考えればいいと言葉をかけると、サクハは手の甲で涙を拭った。
「もし軍が嫌なのであれば、俺が話をつけようか? これでも顔が効くんだ」
こうして出会えたのも何かの縁。このまま突き放すだけでは悪いとシュウゴは提案したが、サクハは顔を上げ、手を小さく振って遠慮した。
「いえ……そこまでお世話になるのは申し訳ないです……。それに……完全に嫌ってわけじゃないんです。私のこと……妹のように親身になってくれている人がいて……。今回は同じ騎士団だったから頼れなかったんですが、あの人がいるのならやっていけるかも……って」
「そうか……それは良かった」
騙されてないか心配になるが、嬉しそうに話す彼女の表情を見て、これ以上は野暮だと言葉をひっこめる。
ならば他に力になれることは無いかと考えていたら、シュウゴでも忘れていたことをサクハから切り出した――。
「それで、今回の救助費用なんですが……」
「それはいいよ、元々君から取るつもりはなかった。俺はアカリを散歩に連れて行っただけ……ということでいい」
「そんな……それでは申し訳がないです!」
「そうは言ってもだな……」
「これ……私が送れる唯一の品です。受け取って下さい」
サクハは持参していた柳で編まれた楕円形の籠から布を取り出す。
無染色のリネンに包まれたそれを、シュウゴは丁寧に受け取りテーブルの上でラッピングを解いた。
中から出てきたのは彼も知っている物で、この世界に無い物だった――。
それを見た瞬間、シュウゴは仰天した。
更に身の危険を感じていた。
可愛らしい赤のリボンに紺のブレザー、チェックのスカートときたら連想するのは一つしかない。
「せ、制服……女子高生のか!? おいおいおいおいおい!? 何でこんなモノ……!?」
自分の家なのに周囲を気にして首を振った。
いい年したおっさんがこんなの手にしていたら色んな意味でヤバいのだ。
「私が死ぬ間際に着てたんです。ここでは結構な値段で売れると聞いたので……。でも……質屋に直接持って行くのも気が引けて……」
「それを俺に売ってこいと……」
……ハードル高過ぎるんだが。
「ですよね、すみません……」
突き返したい気持ちでいっぱいだったシュウゴだが、いつまでも持っていると嫌な過去を思い出してしまうと言われ、阻まれてしまう。
……だからといって俺に押し付けられても困るのだが。
どうするべきか迷ったが、ふと隣で寝転びながら絵を描いている少女を見て受け取ることにした。
「わかった。これは俺じゃなく、アカリに譲るとしよう」
「アカリちゃんに……?」
「ああ。今回彼らを助けることができたのは、アカリのおかげだ。それに……もう着られないからな」
まだ小学生になったばかりだった彼女は、女子高生になるであろう未来が閉ざされてしまっている。せめて形だけでも残してやりたいと考えたのだ。
……できれば両親に見せてやりたいが。
「アカリが着るの……?」
手を止めたアカリがテーブルの前に来てまじまじと制服を見つめる。
「ああ。大きくなるまでは大事にしまっておくよ。……サイズが合えばいいんだけどな」
「お師、失礼」
「ははっ、すまんすまん」
シュウゴが制服を包みなおし、サクハが紅茶を啜っていると、アカリが二人に待てと言いながら自分の部屋へ駆けて行く。
そして十秒も待たずに戻ってくると、小さな手に青白い花を携えていた。
「サク。あげる」
「えっ……」
アカリが手渡したのは、ガラスのように透き通ったバラだ。
「お前、それ……氷のバラか? いつの間に……」
それはメーグリス山にて採取できる特殊な花で、六合目以下では滅多にお目にかかれないものだった。
シュウゴは目を離さないようにしていたのだが、いつどこで拾ったのか見当もつかない。
……ったく……ちゃっかりしてやがる。
「綺麗……」
「そいつは氷でできているように見えるが、成分は違うもので解けることはない。常にその形を維持し続けることから、氷のバラと呼ばれているんだ。装飾品などに加工してもらうといいだろう」
制服には劣るも、それなりの値が付くものだったが、シュウゴは口にしなかった。
「ありがとう、アカリちゃん。大切にするね」
サクハに笑顔を向けられ、アカリは気恥ずかしそうに頷いた。
夕日が沈み、外は暗闇が支配している中、ランタンを持ったサクハがお礼を言いながら去って行った。
とりあえず頑張ってみると、寂しさが混ざった笑顔を向けながら。
二人は彼女の持つ灯りが見えなくなるまで見守っていた。
ここから彼女がどう生きていくのか。
サクハの受難はまだ続く――。




