帰還
哀れにもクリスタルに封印されていた戦士のように時を止めていた三人は、アカリの力によって氷結から一瞬で解放された。
「……とりあえず、全員無事みたいだな」
一人ずつ呼吸と心音を確認し無事を確かめると、氷の床を消し払った茶色い地面の上で川の字に並べた。
内一人の右手は皮膚が裂かれており、冷気によって強引に止めていたであろう出血が無理やり解凍したことで再発。
俺は腰の杖を取り出し、止血の為に治癒術を始めた。
「アカリ、三人に触れていてくれ」
俺とアカリを繋いでいた帯を外して、背中から彼女を下ろしていたのだが、まだ俺のそばから離れず裾を引っ張っている。
「……お師は?」
不安そうな眼差しを向けるアカリ。
「結構動いたからな、温まっているから大丈夫だ」
氷に囲まれているが、外に比べれば気温はそれほど低くない。
肌を刺すような冷たい風も無く、疲れを癒すには心地良いくらいだった。
「どうやって……三人?」
触ろうとしてくれているが、小さな両手では三人の大人の手を掴めず戸惑っていた。
「真ん中の奴の上にでも乗っかってやれ」
そんで残りの二人の手を取ればいいと指示を出す。
「りょ」
アカリは真ん中で寝ている騎士団員の腹の上で、無遠慮に腰を落とした。
「んごっふ……!?」
「ちょ……お前、怪我人には優しくしてくれよ……」
下敷きとなった男の両足と頭が跳ねた。
目が覚めてしまったようだ。すまんな……。
「えっ……女の子?」
目覚めた男は自分の置かれた状況を理解できず、呆然としている。
こんな場所に小さな女の子がいるなんて、普通は思わない。
現実を直視できず目が泳いでいた。
「そうか……俺も……転生したのか」
そうきたか。
「現実だよ」
現実逃避していた男は俺の掛け声に気づき、「えっ」と驚く声とともに勢いよく首をこっちへ向け俺の顔を見ると、残念そうに眉を顰めた。
何を期待してたんだか……。
「あ、あんた……救命師のシュウゴか?」
「ああ、間一髪だったぞ。少しでも助けが遅れていたら、お前らは死んでいた」
「な、何で……」
「それはこっちの台詞だ。何故引き返さなかった? 怪我人を連れて行ける状況でもなかっただろ」
男は開きかけた口を、都合が悪そうに閉じた。
理由は大体察しているが、問題はコイツらを救けることよりも意識を変えてやらなければいけないことだ。
サクハの依頼は彼らを無事に連れ帰ることだが、それだけでは何も解決しない。
「す、すみません。まず……この状況を説明してくれませんか……? 何故自分たちは寝ていて、その……上に乗っている女の子はいったい……」
コイツ……蜘蛛に襲われたことにすら気づいていないのか……。
俺は渋々彼らが身に起きた出来事と、現在もアカリのスキルによって助けていることを説明した。
知らぬ間に氷漬けにされていたのがショックだったのか、右手で頭を押さえ落胆を見せている。
「これで解っただろ? お前らはこの洞窟すら抜け出せない。そもそも雪山を鎧で来ている時点で失敗しているんだ。歩けるようになったら、さっさと帰るぞ」
「そ、それは……こま、困ります」
「何でだよ」
すると男は悔しそうに歯を食いしばると、横になったまま声を張り出す。
「まだ……まだ帰るわけにはいかないんです。あれだけ啖呵を切って……魔族の首を持たずには帰れないんですよ!」
俺は深く溜息をついた。
この男はまだそんな馬鹿なことを考えているのか。
「命よりプライドを優先したい気持ちはわかる。ここまで来て勿体無いと思うこともな。だが、今の状況を見ろ。お前らは俺がいなきゃ死んでたんだぞ。その時点で詰んでいるんだ」
「ぐっ……、そ、それでも……手ぶらで戻るわけにはいかんのです!」
「だったら上のゴブリンを落としてやる。もう絶命してるだろうから、勝手に首を持って行け」
「ふざけてんのか!? そんなの持ち帰ったらいい笑い者だぞ!」
ゴブリン如きは誰でも倒せる。
何の自慢にもならないと男は激昂し、敬語を消した。
「どうどう」
アカリが男の腹をポンポンと両手で優しく叩く。
「アカリ、それは馬にするやつだぞ」
少女に馬乗りにされている男は恥ずかしくなったのか、両目を手で抑えた。
「いい加減にしてくれ! 何でこんな辱めを受けなければならないんだ……」
「その子に感謝しろよ。俺だけでは助けられなかったし、触れている今だからこそ寒さを感じないんだ」
そんなの知ったことかと、男は子供をどかせと憤る。
「何故そうまでして魔族と戦いに行きたいんだ? それは命よりも大切なことなのか?」
理由は知っているが、男の口から言わせるために俺は訊ねた。
「我慢ならないんだ……。ポッと出の転生者が上官になるなんて。それも、若い女なんだぞ。戦闘のせの字も知らんような臆病なガキだった。騎士団に入るだけでも大変だってのに、これまで血の滲む鍛錬を続けていた俺達を差し置いて、いきなり隊長に出世するなんて……許せるわけないだろ!」
男は横になったまま地面へ怒りの拳をぶつける。
それで名のある魔族を倒して己の力を誇示しようと言う。
報告通りの内容だ。
怒る気持ちは解るが、命を捨てようとする行為に同情する気持ちは沸かない。
「文句があるなら団長に言ったらどうだ? こんなことをしても何も変わらんぞ」
「言えるわけないだろ! こうやって問題が起きなければ、あの人は聞く耳も持たない!」
「それで死んでもいいってか。多分、お前が死んでも何も変わらんぞ」
元の世界の会社ならば変えてくれるだろうが、こっちの世界、それも軍では望みは薄いだろう。
一人二人の兵士が勝手に死んだところで痛手は無い。
しかも規律違反。何の禍根も残せないだろうな。
「それでも……許せない。あの女が……あの女さえ来なければ次の隊長候補は俺だったんだ!」
洞窟に空しさが響く。
氷柱が一本落ちて弾けた音がした。
「……俺は偶然ここを通りかかったんじゃない。お前らを助けるために来たんだ」
口止めされていた言葉を紡ぐ。
真実を伏せてコイツを説得するのはもう不可能だ。
「は? あ、あの女……チクりやがったな!」
まるで親の敵と言わんばかりに憎悪を募らせている。
「違う。彼女が上官に内緒で俺に依頼したんだ。救助料金も全て彼女持ちでな」
「な、何で……?」
「良い隊長じゃないか。少なくとも俺が部下になるなら、死地に連れてくような奴より、年下だろうが部下を想ってくれる彼女を選ぶね」
男は言葉を返さなかったが、まだ納得はしていない。
寧ろ悔しさで拳を握りしめていた。
「あの子がどうやってこの世界に来たのか、お前だって知っているだろ?」
「フン……殺されたってやつか? そんなの、この世界じゃ珍しくもない」
「あっちじゃ珍しいんだよ。あの容姿であの性格だ、きっと幸せな未来が待っていただろう。だけどそれを……理不尽な手によって奪われた。彼女に嫉妬した輩か、ストーカーかは知らんが、あの怯え方はきっと死の間際の記憶が残っている。そんな人間不信な状態で、こんな世界に孤独のまま放り出されてみろ。彼女の気持ちを想像したことがあるか?」
「そんなの……俺たちには……」
「関係無いってか? あの子だってそうだ。攻撃的なスキルを得てしまったばかりに、衣食住を保証するとか言われて、半ば強制的に入団させられたのだろう。彼女が好き好んで人を殺し、殺される軍に入りたがると思うか? 弱り切った心じゃ誰だって、自分で道を選ぶことなんてできないだろう」
「……知らねえよ、そんなこと! 俺は……俺たちは……」
どこまでも身勝手な男だ。
これで隊長候補だって自称するんだから聞いて呆れる。
だがここで投げ出したり強引な手を使えば、サクハに向けられた怒りは消せやしないだろう。
自分の身の上話でもするか……などと考えているうちに、別の男の声が割って入った。
「もういいだろ、リチャード」
「クレイグ……。起きてたのか……?」
グレイグと呼ばれた男は、悟ったような目で天井を見つめていた。
右手はアカリに触れられ、仰向けになったまま動こうとしない。
どうやら先程から黙って聞いていたみたいで、俺は「いつから起きてた?」かと聞いた。
「どうどう――ってトコからです」
「最悪だ……」
リチャードは顔を抑えて赤面する。
酒の席で今後一生ネタにされると気を落とした。
記憶に残るなら結構だ。
今回のことを教訓としてくれれば、俺も助けた甲斐があるってもんだからな。
「リチャード、俺はもう帰りたい。年下女の元で働こうとも、雑用係になっても構わない。この子の手に触れてると……思い出すんだ。家族の温もりを。あんなに寒かったのが嘘のように……あったかいんだよ。自分が生きてるって感じられる」
グレイグはアカリのスキルのことは聞いていなかったらしいが、知ったとしても意見は変えないだろう。それほどまでに彼はこの寒さに堪えていたのだ。
地に身を預けるように、力を抜き静かに呼吸している。
彼はこの無謀な挑戦に対して、熱量をそこまで持っていないようだった。
「イアンも目覚めたら同じ気持ちになるはずさ。お前だってそうだろ?」
「……」
リチャードは答えなかった。
己の中でプライドと理性がせめぎ合っていたのか。やがて葛藤の末、握られた拳は放れ、手の甲が地面につく。
肩の力を抜き、空気が抜けたように鼻息を漏らした。
「すんませんシュウゴさん、迷惑掛けさせちゃいまして」
俺へ顔を向けたグレイグの表情は、憑き物が落ちたかのようにスッキリとし、僅かに口元を緩ませた。
「俺は別にいいよ。サクハを気遣ってくれれば、それで」
人の説得に比べたら、魔物の討伐なんか楽なもんだ。
常套手段があるのならご教授頂きたい。
そんなこんなで寝ているイアンの治療を終え、患部を包帯で巻いた。
まだ目覚める気配はなく、歩けそうにもないので彼を背負いながら下山することに。
アカリは残った二人に挟まれ手を繋いでいる。
鎧を脱いだ彼らの装備で氷点下は厳しい。三合目まではアカリの力が必要だ。
俺はここまでならアカリの力に頼らなくとも問題は無い。
スピードを意識する登りは別だが、帰りは自分のペースで下って行ける。
背中の男の体温が残っているうちは大丈夫だろう。
俺が先導すると、グレイグが後ろから声を掛けてきた。
「そういえば、洞窟の外にワイバーンが居ました。イアンはそいつの吐く息にやられたんですけど……」
「それならとっくに仕留めたよ」
「流石っすね。それほどの実力なら、シュウゴさんも騎士団に入ればいいのに。ウチの団長が心待ちしてますよ」
「馬鹿言え、俺は救命師だぞ。人を殺す軍になんか入れるか」
それに対してリチャードが魔族は人じゃないと言うが、転生者の俺たちにとって人語を話し人の形をする魔族も人にしか見えない。
そう簡単に割り切れるものじゃなかった。
それが俺たちと彼らとの違いだ。
この世界の常識でも、元の世界では受け入れられないものだってある。
サクハは騎士団に居続ける限り、そんな常識を受け入れなければならないんだ。
この先きっと、過酷な未来が待ち受けているだろう――。
十四時二十一分下山開始。救護対象三名を保護。全員生還――。




