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異世界救命師  作者: 橋広光
第二章 メ―グリス山 氷の洞窟

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救出戦

 途中、幾つかの分岐路に差し掛かったが、彼らが残したひょうまくの残骸が足跡となって誘導していた。


 救難信号の無い救出依頼は捜索が困難になることが多いが、早期に依頼されたことでかなりスムーズに事が運んでいる。


 ここが普通の洞窟ならば、歩行速度を上げるだけで間に合うだろう。

 凍傷だってアカリが触れれば一瞬で治せる。


 問題は環境以外の要因。


 当然ながら、この洞窟内にも魔物は潜んでいる。


 それは氷の洞窟に潜むハンター。

 獲物が出す音に反応し、襲い掛かる魔物だ。


 シュウゴは狭い通路を走り抜けた。

 敵の図体はデカく、テリトリーはそれなりの大きさの空洞で構えている。


 この氷の洞窟には蟻の巣のように狭い通路や分岐点と幾つかの部屋がある。

 そこには人間より大きい魔物が十分に立ち回れるほどの広さがあり、対処法を知らなければ確実に遭遇してしまうだろう。


 ……間に合わなかったか。


 部屋の目前まで来たが、そこに彼らの姿は無い。ガラスの破片のように散らかる氷が先に続いている。

 

「アカリ、もっと光を強くできるか?」

「りょ」

 

 光が更に奥へと延びる。

 それまで似たような景色が続いていたが、遂に天井が見えなくなっていた。

 

「ここからは慎重に行く。声を出すなよ」

 

 アカリは小声でいつもの返事をする。


 足音を抑えて進むと、両側面の壁までも光が届かない広大なフロアに出た。

 案の定、足跡はここで途切れていた。

 床は一面氷張りで、戦いの形跡は全く無い。

 

 ……確実に何か居る。

 

 アカリがいなければ、彼らのように床の薄い氷膜をパキパキと音を立てて踏み抜いていただろう。


 シュウゴはゆっくりと一歩を踏み出しながら、右、左と指を差してアカリに杖を向ける方向を指示する。

 床は奥まで真っ平なのに対し、側面はゴツゴツとしたひょうかいが積み上げられている。


 まるでゲームのボス部屋だ。


 だが自然にこうなったわけではない。

 何かが氷や岩を削ぎ落し、フィールドを造ったのだ。

 この整えられた違和感に気づかなければ、魔物の餌食となってしまうだろう。


 そして、天井。

 うっすらとしか見えないが、ミノムシのように細い氷の糸で吊るされた人間大の氷の塊が幾つもぶら下がっている。


 ……くっ……、やはり冷凍保存されてやがる……。


 氷の中には、洞窟に迷い込んだであろう魔物やゴブリン、そして人間の姿が三人。


 あれはこの部屋の主が蓄えた食料、何も警戒せずにここへ入った者たちの末路だ。


 問題の主は何処かと辺りに光を向けるも、闇に紛れていて居場所を特定できない。

 アカリの魔法ですら全体の半分も照らし切れていないのだ。

 

 ……早く助けてやらないと彼らの命が尽きてしまう。仕方がない、こっちから仕掛けるか。


 完全凍結された人間の蘇生はほぼ不可能。


 氷漬けにされた人間は後からゆっくり解かしてやればいいと思われがちだが、現実は凍らされた時点で急速に死へ向かっている。

 呼吸と心臓が止まり、外面の皮膚は凍傷状態、無事でいられるわけがない。


 今からアカリのスキルで助けたとしても、間に合うかどうかは怪しいだろう。


 ……三分……いや、一分でカタをつける!

 

 シュウゴは矢筒から弓矢を手に取り、そのまま雑に足元の氷を射た。


 ガラスが割れるような大きな音と共に目の前に赤い射線が通る。


 予測線の元は左上から放たれ、断ち切るように弧を描いていた。

 捕まえるのではなく、殺すつもりの一撃だ。


 シュウゴは弓の真ん中、本来持つべき握りと呼ばれる場所から手を放し、バイクのハンドルを縦に握るように弓の両端を両手で掴んだ。


 『シャフマレドの弓』は特殊な弓だ。

 両端にもグリップがついており、その先から弦が伸びている。


 その弦だけを、射線に残したままバックステップ――。


 轟音と共に床の氷が飛散する。


 一瞬で現れた巨体の前足が弦を引いた。

 前足は氷で鎌のように固められていたが、それはアカリのスキルによって蒸気を上げて消滅。露出された黒色の前足が弦を思いきり引き抜いた。


 普通の弓なら弦が切れるか、シュウゴの腕が持っていかれているだろう。


 だが前述した通りこの弓は特別仕様。

 限界まで引き抜かれた弦は凄まじい反力を与え、前足を逆方向へ弾き飛ばした。


 反発した前足は鈍い音と共に胴体に直撃、千切られるまでには至らないが、だらりとぶら下がり、八本の内の一本の足が死に絶えた。


 

 主の正体は『ひょうろう』。

 

 氷の洞窟に住まう全長三メートルを超える巨大蜘蛛で、網を張らず俊敏な動きで獲物を捕らえる。

 後ろの六本足から生える体毛は足音を殺し、暗闇に紛れるため全身を黒へと染めている暗殺者だ。


 タランチュラのような頭部と胴体は氷の鎧で覆われ、獲物を仕留める両前足はかまきりを真似た鋭い氷の鎌を固めて武装している。


 糸を出さない代わりに腹部からひょうを噴出し、それに触れたものを氷結させる能力を持つ。

 上にぶら下がってる彼らは、それを浴びてしまったのだろう。


 獲物を保存するためだけでなく、自身に纏わせた鎧や鎌を作成、捕え易いようにテリトリー内を補修することもできるのだ。



 シュウゴは見逃さない。鎌を一本奪った隙を。

 すかさず頭部目掛けて片手で棒を振るように弓を振り抜いた。

 

 優先すべきは――鎧の破壊!


 アカリのスキルはシュウゴの手を介し、武器にも伝わる。

 ダメージを与えるためではない、鎧を剥ぎ取るのだ――。


 シュウゴの殺気に勘付いた大蜘蛛は後ろへ飛び退いた。

 振りかぶった弓は虚しく空を切る。


 更に大蜘蛛は暗闇に紛れるまで後退。

 体勢を整えるのではなく、次の攻撃の準備に入ったのだ。


 魔物は基本的に相手の行動に対して、プログラム化されたように決まった行動をとる。以前戦ったことのあるシュウゴはその行動を熟知していた。

 

 次の行動パターンは――氷柱つらら落としだ。


 天井に張り付いた氷柱を鎌で斬り落としていく。


 奥から氷柱の雨が降り注ぎ、床で氷柱が爆ける音が洞窟内に間を置かず何度も響き渡った。

 当然、落下位置を予測できるシュウゴに当たる事はない。

 腕を一本失っていることで、落ちる氷柱の量も脅威も半減だ。


 氷柱の雨が迫る中、安全地帯で弓を構える。

 次に姿を見せた時が勝負――。

 

 シュウゴはかつての記憶を思い出す。

 あの時は四人で戦っていた。


 シュウゴが囮となり、魔術師が炎の魔術で氷の鎧を溶かす。

 それが常套手段なのだが、生憎シュウゴには上等な炎の魔術は使えない。


 普通の矢では奴の氷の鎧を貫けず、そのまま射ても弾かれてしまうだろう。

 そこで、彼は持ち手を変えた。


 『シャフマレドの弓』はパチンコ代わりに持てる取っ手が付いている。

 弓矢の邪魔にならないよう、右利き用のこの弓には左側にY字の持ち手が出っ張っており、そこを持つことで矢以外でも撃つことができるのだ。

 

 シュウゴが弾として取り出したのは――溶岩石。

 

 氷柱の雨の中、上から迫り来る逆さ蜘蛛に向かって射出。

 僅かに引いた弦から灰色の岩が高速で放たれた。


 石は頭部の鎧に当たり、マグマを放って爆ぜる。

 これはただの溶岩石ではない――火山に住まうゴーレムの欠片だ。


 死後に爆発するゴーレムの身体の中には、衝撃が足りず不発弾となって遺る石が存在する。今回はそれを持って来たのだ。


 少量といえどもマグマを被った大蜘蛛は鎧が剥がされ、奇声を上げて悶え苦しむ。

 新たな鎧を創られる前に、シュウゴは持ち手を変え第二射を放った。


 無論、今度は普通の弓矢だ。


 高速の矢は頭部を貫通。

 力を失った巨体は、シュウゴの眼前で落ちる。


 それを眺めている暇は無い。

 すぐさま人の入った氷の棺桶に繋がれた細い糸を弓で射た。

 三度放たれた矢は三つの氷の塊を落とし、床を砕いて轟音を響かせた。


「割れないの?」

「そう簡単に砕けたら苦労はしないよ」


 硬度は大蜘蛛の鎧と同じだ。

 落ちたからってそう簡単に砕けたりしない。

 だからこそ早く助ける必要があったのだ。


 シュウゴは手早く三つの棺をタッチ。

 氷は一瞬にして蒸気を上げて消えていった――。

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