第4話 悪の組織の下っ端は弱くない
ある日、組織のアジトが襲撃された。
数か月ぶりのライバル組織『闇夜』による訪問に、幹部たちはいきりたった。
警報が鳴り響く中、舌なめずりと武器をカチャカチャと準備する音がそこらで響く。
「チッ、まァたあいつらかよ!」
「ははっ、来てくれたなら都合いい、こないだの続きしてやるよぉ!今度は皆殺しだぁ!!!げへへ……」
下劣と下種が怒鳴る。
「…………」
侵入経路へ向け戦闘員達が武器を構える中、下賤は無言で立ち尽くしていた。
「おい下賤!動け!びびって戦えねえならいい、せめて逃げるかどっか隠れてろ!邪魔だ!」
下卑が腕を掴んだ、その瞬間。
下賤の目が変わった。
びくびくと怯えていた目からーーー冷たい、感情を凍らせたような目へ。
直後、首に衝撃が走った。
「ー……え?」
痺れた手から、銃を取り落とす。
ぐらりと視界が大きく傾ぎ、重い音。下卑が倒れた音だった。
だが、いつまで経っても取り落とした銃の落下音は聞こえず、代わりに銃声が響いた。
……目の前で、前回の抗争で一番暴れてた下種が、喉を撃ち抜かれて倒れた。
一瞬、時が止まる。
事態を呑み込めなかった下品が、喘ぐように言葉を吐き出した。
「……下賤ちゃん?」
「――すみません、下卑さん」
下賤が静かに言う。
いつもとは違う、はっきりと通る、けれどどこまでも冷たい氷のような声で。
「潜入任務終了。
対象組織『外道連合』構成員を制圧します」
「……は?」
下品の頬が引きつる。
「下賤ちゃんってそういう冗談言えたんだぁ、マジウケる――――……」
下賤は迷いなく銃を構え直した。
どこまでも洗練された仕草だった。
「スパイ、だったのかよ……」
下世話が掠れ声で言う。
ここに至ってもなお現実だと思いたくなかった下卑は、違う、下賤がそんなことするはずねぇ、と言おうとした。だが、倒れ伏したまま、唇を震わせるだけだった。
『すみませんっ!すみませんっ!』
『ありがとうございます、下卑さん。そう言ってもらえたの、はじめてです』
『僕、役立たずですよね……』
脳裏に下賤と過ごした短い日々が過った。
全部、演技?
そんな下卑に目もくれず、下賤は淡々と続ける。
「貴方達の戦力、拠点構造、行動傾向は既に『闇夜』ボスに送信済みです」
「ふっ……ざけんなァ!!」
下劣がドスを勢いよく振りかぶる。
だが、その瞬間下賤は綺麗にかわし、逆に下劣の膝に銃弾を撃ち込んだ。
「てっ…めぇ……!よくも……っ!」
誰も動けなかった。
下劣は幹部でも上位戦力。
四天王の中でも最強、というやつだった。
そのドスをこうも容易くかわし、的確に関節を撃ち抜く、という芸当が出来るということは―――……
「な……」
「今まで手、抜いてたのかよ……」
下賤は戦闘員や幹部の攻撃をかわしつつ、武器を奪い取っては斃し、戦力を削り続ける。
一騎当千、まるでサイボーグか何かのような。
「……なぁ……下賤……」
けれど、下卑にとってはそれ以上に大事な、確認したいことがあった。
俺が教えてた逃げ方も。
組織の抜け穴も。
強くなる為の秘訣も。
全部、利用されてた?
それとも、馬鹿にされてた?
「……下卑さん」
「……下賤……!」
下賤は、一瞬だけ困ったような顔をした。
その顔はいつもの下賤だったものだから、下卑は、希望を抱いてしまった。
もしかしたら、下賤は敵に操られているだけなんじゃないかと。
だって、こんなのおかしい。
絶対におかしい。ありえない。
「……貴方には、感謝しています」
「は……?」
乾いた笑いが漏れる。
「感謝?」
喉が引きつった。
「僕のことを人間扱いしてくれたので」
「下賤っ!お前っ、やっぱりっ、操られてるんじゃねえか!?脅されてんのか『闇夜』に!」
「いいえ。『闇夜』は僕を育ててくれました。僕は元々、『外道』のクローンです。
『外道』が裏社会で成り上がる為に犠牲にした被害者たちの会である『闇夜』が、血を吐く想いで奴の細胞を手に入れ、フラスコの中で錬成した存在、それが僕です。あちらでは、皆の恨み辛みを受け止め、来る日にどうやって外道を倒すか探求するべく役に立ってきました」
「そんなのっ、お前が受けていい扱いじゃねえっ!」
「ここに来て、人間扱いされるとはどういうことなのか、学べて良かったです。でも、僕の使命はここを潰すことなのでー……すみません」
「……っ!」
「大丈夫、あなた達は殺しませんよ。ただ瀕死にして、洗脳するだけです。
きっと我らがボスもお喜びになる。――――――もうすぐ、いらっしゃいます」
その笑みは、どこか晴れやかで、下卑は、ああ、俺こいつのこと何も知らなかったんだなぁ、と朦朧とした意識の中、ぐっと手を握り締めることしかできなかった。




