第3話 悪の組織の下っ端には情なんてないはずだった
下賤と下卑の付き合いは存外浅い。
下賤は禁煙用のアイス棒を咥え、内職をしながらあの日に思いを馳せた。
◆
「なあ、新しい幹部が出来たってよ」
あの日。
新人のことで、薄汚れた地下基地は妙に盛り上がっていた。
「えぇー?またすぐ死ぬんじゃないのぉ?服も内臓もぐちゃぐちゃにしちゃってさ、きゃははっ!」
「今度は逃げ癖ないやつだといいけどな」
「ここだけの話、逃げても行き場がない奴らしいわよぉ」
会議室で笑っていたのは、幹部の『下劣』、『下品』、『下世話』。
幹部末席の『下卑』は煙草を咥えながら欠伸をした。
禁煙室以外で煙草を吸うと下世話のクソババアに叩かれるのでポーズだけである。
「ガキ拾ってくるの好きっすよねぇ、うちのボス」
コードネーム『外道』。
冷酷非道と恐れられる組織の長は、なぜか行き場のない人間を拾う癖があった。
内臓や目玉や歯を売られる寸前の借金持ち。
待つ者の居ない前科者。
ネグレクトやDVや悪徳養護施設からの逃亡。
闇バイトやヤクザ事務所からの逃亡。
重度のアル中ヤニ中薬中。
はじめは皆感謝する。
だが、大抵の奴は続かない。
そこまでこの組織は甘くない。
イキってる者ほどすぐに 死ぬか、逃げるか、壊れるかだった。
だから皆、新入りには甘かった。
取り込む為の罠とも言う。
意外と使えそう、耐え抜けそうじゃん?となってからが本番なのだ。
使い捨ての戦闘員から幹部に格上げしてもらえる。
そして、その幹部一番の下っ端は下卑だった。
さて、その日連れて来られた新入りは、拍子抜けするほど弱そうだった。
がりがりに痩せていて、猫背。
こちらと目が合うとびくりと肩を跳ねさせる。
おどおどした声を必死にもつれた舌でえづきながら出そうとする。
「……コードネーム、『下賤』、です……」
ぼそり、と名乗る。
「へえ〜……ん?あんた、なんか……ボスと似てね?顔とか」
下卑が笑うと、下賤は怯えたように目を伏せた。
「え?マジ?縁故採用?(笑)下卑ちゃんこっち連れてきてよぉ」
「へいへい」
無理矢理に席につけられ、顔を上げさせられた下賤。
幹部たちはじろじろと無遠慮に眺め始める。
「うわ、マジだ。え?ガチの親戚?それとも整形?ボス顔だけは良いから目の保養なんだよねぇ、性格はマジ終わってっけどぉ!」
「その終わってるボスに拾われたのは誰よ『下品』。
ねぇねぇ、君、ボスの隠し子?それなら後継者?それとも影武者に連れてこられたのかしら?」
「お前も根掘り葉掘り訊きすぎだろ『下世話』。ほら、怯えて一言も話せやしねぇ」
「すっ、すみません……っ」
「あ゛?別に謝れっつってねぇだろうが。逆に馬鹿にされてるみてぇでむかつくんだけど」
「すみませんっ、すみませんっ!」
下賤は謝ってばかりいた。
通路でぶつかって謝る。
備品を落として謝る。
訓練で転んで謝る。
あまりにも要領が悪かった。
「お前ほんと何ならできんだよ?」
下劣に笑われ、下賤は縮こまった。
「……すみません」
「謝罪の才能もねぇな、ワンパターンでよ」
またどっと笑いが起きた。
笑い者になること、時折ストレスの捌け口になるくらいがせいぜいだった。
恐ろしい上司・外道と似た顔なのも良くなかった。
外道の顔だけを気に入っている下品には中途半端に似ているのがむかつくと言われ、よく外道と衝突している下劣にはいびられ。
そうしてそのプレッシャーで更にコントのようなミスを犯す。
それが下賤の日常だった。
だが、下卑だけは妙に下賤を構った。
「おい新入り、飯食ったか?」
「武器手入れくらい覚えろって」
「死ぬぞ、そんなやり方してっと。弱いならもっと要領良くやんなきゃ駄目だ」
雑に頭を小突きながら、面倒を見ていた。
単純に下賤が居なくなったら自分がまた最下層で使いぱしられるのが嫌だった、それだけの理由だったが、それでも、下賤が懐くには十分過ぎるほどだった。
いつもおどおどびくびくしつつ、下卑の後ろをついて回る下賤は、刷り込みされたヒヨコやカルガモの雛のようだとよく他のメンバーには笑われた。
「懐かれてんじゃん」
下品の煽るようなクスクス笑いに、下卑は眉尻を下げて答える。
「いやぁ?弱っちい犬拾っちまった感じっすかねぇ?」
「優しいねぇ、下卑ちゃん」
「別に、居なくなられたら俺が困るだけっす」
そう照れ隠しで言いつつも、悪い気はしていなかった。
下賤は弱い。
戦闘慣れしてないし、助けを呼ぶのだって苦手。
ちょこまかと逃げ回るのと気配を消すのはうまいことがあったけど、多分、そうしないと生きてこられない環境に居たのだろう。
だから、下卑は守ってやろうと思ったのだ。
そうして、今日に至るというわけだった。
最近はちょくちょく生意気な口調も聞いてくる。
まるで自分のほうがしっかりしてる、とでも言うかのように。
けれど、下卑に取りそんな下賤の様子は心を許されているようで嬉しくてたまらなかった。




