50話 不穏な魔物
俺とエティーはお互いに驚いてしばらく見つめあった。
「な、な、なんでイオリがこんなとこにいるのよ!?」
「エティーこそ。俺はレベルC試験の野外試験で山登り中なんだけど。」
「は!?あんたもなの!?」
あんたもなの!?ってことは、エティーもレベルC試験中ってことか?
「あ、もしかして、野外試験だけ受ける2名がいるって聞いたけど・・・その1人がエティー!?」
「そ、そうよ。野外試験だけ受ける2名のうちの1人は確かに私だけど・・・まさかイオリも同じ試験受けてたなんて・・・。」
「エティーはなんで野外試験だけなんだ?」
「実力試験はこの間受けたんだけど、野外試験はその時、家の仕事でしばらく外泊ができない状態だったから。仕事が終わってしばらくハンターに専念できるようになったから、今日受けたのよ。」
なるほど、そういえばエティーは貴族のお嬢様だから色々と家でやることがあるみたいだ。
アルも家で仕事があるからハンターの仕事は日帰りだけのを受けてたりしてたもんな。
「へえ、そうなんだ。仕事大変なんだな。」
「そーよ。あなたと違って私は有能だから忙しいのよ!」
えっへんとエティーは胸を張ってきた。
自慢気に胸を張られても、俺にはたわわなお胸がさらに強調されてるなーとしか思わない。
福眼です。なむなむ。
「ところで・・・悔しいけど助けられたんだからお礼を言うわ。ありがとう。」
「悔しいけどってはっきり言うんだな。どういたしまして。」
「突然飛び出したきたから驚いて悲鳴をあげちゃったけど、本来だったらこんな蛇3匹なんて楽勝なんだからね!」
エティーは負け惜しみ感満載でそう言ってきた。
「んまあ、本当にそうだろうな。このジャイアントスネークくらいならエティーは余裕だと思うよ。エティーの剣捌きってカッコいいもん。」
こっちの世界に来てちょっとしか経ってない素人の俺に言われたくないかもしんないけど、女性特有のしなやかさが出てて、それに素早さが相まって本当にカッコいいんだよ。
エティーは思いがけない俺の言葉に驚くと、顔を真っ赤にした。
「な、なな、なに言ってんのよ!?わ、私がカッコいいのは当たり前よ!」
「ん?エティー、顔真っ赤だけど大丈夫か?」
「だだだ大丈夫に決まってんでしょ!?も、もう私は行くわよ!頂上に一番乗りするのは私なんだから!!」
そう言ってものすごいスピードでどっかに走り去って行ってしまった。
「あ、エティー!このジャイアントスネークどうするー!?ってもういないや。どうしたんだろう?」
とりあえずジャイアントスネークは俺が倒したんだし、もらっとこう。
俺は肉の部分だけを魔剣で切ってマジックバッグにつめて、後は穴掘って埋めた。
その間、精霊2人がなんとなくニヨニヨしながら俺を見つめていた感覚がした。
『はははっ、いいもん見れたな。』
『ふふふ、これは情報の精霊と風の精霊神様に報告事案かしらね?』
「ん?なに言ってんだふたりとも。」
声をかけてもふたりは『別になんでもない。』と言われた。
うん、なんかやらかした気がするよ。
『俺たちも山登り再開しようぜ。』
「え、あ、うん。そうだな。」
なにか気になるが、今は試験中だからそっちに集中しないと。
俺は地図で現在地を確認しながら山登りを再開した。
その後は誰に会うこともなく、山の中で夜を迎えることとなった。
「はぁっ、はぁっ・・・。」
小さめの荷物を抱えた軽装の女性が青い顔をして、森の中を走っていた。
一心不乱に山を下ったり上ったり、途中で足をとられそうになってもそれでも走り続ける。
「やだっ!やだっ!・・・はぁっ、はぁっ・・・。」
鳥の声すらしない、異常に静かな森を駆け抜け、岩が重なって天然の洞穴ができていたのを見つけると、そこへ滑り込むように身を隠すと、体を抱えて、小さく縮こまった。
ガタガタ震えていて、涙も溢れる。
「なんで・・・なんで・・・はぁっ、はぁっ。」
女性はうわ言のように言う。
「なんで・・・こんなところにいるのよぉっ。・・・強い魔物なんていないって、言ってたじゃない・・・!」
女性は盗賊ということで、荷物を背負いながらも山を軽やかに移動していた。
レベルC試験の実力試験に合格して、この野外試験を合格したら晴れてレベルCになる。
レベルCとなれば依頼の幅も広がって稼げると意気揚々と山登りをしていた。
順調に登り進め夕方近くになり、予定通り進められていることに喜んでいると、前方からなにかの戦闘音が聞こえてきた。
女性が慎重に様子を見てみると、戦士と思われるゴツい男性が大きな剣を振るってジャイアントスネーク2匹と戦っているところだった。
恐らく同じレベルC試験の参加者のようだ。
男性は立ち振舞いから結構な実力者に見え、ジャイアントスネーク2匹のそれぞれの攻撃を巧みに避けていた。
「2匹なら助太刀は大丈夫そうね。」
女性がそう呟くと同時に、男性はジャイアントスネーク2匹を連続で切りつけて倒していた。
ズシッ・・・ズシッ・・・
すると、森の奥からそんな音がしてきて、異常なほどのなにかの気配がしてきた。
ゾッとするような冷たい気配に男性は固まって森の奥を見つめ、女性はガタガタと震えだした。
ズシッ・・・ズシッ・・・
それは森の奥から姿を現した。
「ひ、ひいっ!?」
姿を見た瞬間、男性は悲鳴をあげ持っていた大剣を手放すほど震えていた。
女性も悲鳴をあげそうになったが、見つかったら殺されると思って手で口を覆い、必死に我慢した。
それは体長2メートルほどの、赤い体毛の獅子の姿で背中には蝙蝠のような羽を生やして尾は蠍のような毒針を持つ姿であった。
「マ、ママ・・・マンティコア。」
男性はそう呟いた。
レベルAの魔物マンティコアがそこにはいた。
マンティコアは大変凶暴な性格で、人を好んで食べる魔物として知られていた。
女性はそれを思い出し、男性はもう助からないことを悟った。
マンティコアは恐怖で震える男性を見ると、鋭い牙を見せニヤリと笑うとあっという間に男性に頭に噛みついた。
男性は抵抗する間も悲鳴をあげる間もなく噛み砕かれ、マンティコアはバリバリ食うと腕も体も足もバリバリ噛み砕いて食べていた。
女性はそのむごたらしい光景に吐き気を覚えつつ、マンティコアに気付かれずに逃げなければならないと、ゆっくりと後退した。
そしてマンティコアが見えなくなるほど後退したところで思いっきり走り出したのだ。
そうして女性は森の中を走り続け、洞穴に身を隠した。
「はぁっ、はぁっ・・・ど、どうしよう・・・町に戻って報告・・・しなきゃ・・・マ、マンティコアなんて信じてくれるかしら・・・。」
ズシッ・・・ズシッ・・・
「ひっ!?」
足音が聞こえて女性は思わず悲鳴をあげた。
「嘘でしょ!?・・・やだっ!どっかいって・・・!」
ガタガタ震えながら体を丸めて目を瞑った。
なるべく声が漏れないように手を口でふさいで。
途端に、ゾッとするあの気配がして、近くにいることがわかった。
ズシッ・・・ズシッ・・・
近くまで来ている足音に、恐怖で涙が止まらない。
心臓がドクドクいっているのがうるさいくらいに聞こえて、マンティコアに聞こえないかと思うくらいだ。
だが、しばらくしてもなんの音もしない。
気配は感じるのに。
もしかして、どこかに行ってくれたんだろうか。
そう一縷の望みで、恐る恐る目を開けると・・・。
目の前には血まみれでニヤリと笑う獅子の顔があった。




