第三十九話 バス
俺は毎日バスで通勤している。
始発のバス停から乗るので座れない日は無い。
そして街の方までバスに揺られる事1時間、往復2時間の道を毎日通っている。
毎日バスに乗っているとおかしな乗客もよく見る。
延々とぶつぶつ独り言を言う青年。
乗客全員に飴を配るお婆さん。
隣に人が立つと首を横に振り続ける少年。
他にも爪を磨き続けるお爺さんや女子学生にしか注意しないおばさん等とにかく変な人が多い。
またバスに座っていると外の景色もよく見える。
微笑ましい光景や気分が悪い物まで多岐にわたる。
ある日、俺がいつものようにバスで通勤しているとバス停から怒号が聞こえた。
どうやらぶつかったぶつからないでケンカになったようだ。
6人くらいはいるだろうか、朝っぱらからよくやるな。
その中の1人の男と目があったが、気にしない。
バスに乗っていると意外と人と目が合うので慣れてしまった。
そしてバスが出発しようとした瞬間、殴り合いのケンカが始まった。
次の日、昨日ケンカのあったバス停に止まると何やら騒がしい。
警察が来ているようだ。
もしかして何か事件があったのか?
漏れ聞こえてきた話ではケンカの末に殺人事件にまで発展したらしい。
昨日のあれが原因か?
でも帰りは何にもなってなかったし、別件かな。
朝の事が気になったので仕事帰りにそのバス停に寄る事にした。
物々しい雰囲気の中、数人の警察官が現場を取り囲んでいる。
何かあったんですか、そう俺が聞くとここで があったんですよと答えてくれた。
肝心な部分が聞き取れなかった。
すみません、良く聞こえなかったんですが、ケンカがあったんですか?
そう聞くと警察官は首を横に振る。
では何があったんですか?、再度質問を投げかける。
警察官はゆっくりと、しかしはっきりと口を開いた。
目があったんですよ、そう静かな声が響き渡る。
どういう意味か分からない。
目があったからどうしたというのですか?
俺は目の前に警察官にそう尋ねた。
警察官は淡々と答える。
「目があったから殺したんです。」
何を言っているんだろう。
「他に理由はありません。」
殺人事件が起きて、動機の部分について教えてくれているのか?
だとしても、会話が繋がっていない気が・・・
「ああ、そう言えばあなたも目が合いましたね。」
俺は全力で逃げた。
意味が全く分からなかったし、何よりあの場にいるのは危険だと感じた。
本当に殺されるかもしれない。
わけの分からない恐怖が俺を襲う。
しばらく全力で走った俺が後ろを確認する。
そこには誰もいない。
逃げきれた?
いやまだ分からない。
俺はそのまま警戒を緩める事無く家まで帰った。
無事に家に帰りついた俺はまず事件の事を調べた。
そうすると奇妙な事にあのバス停で事件は起きていなかった。
よくよく調べると誰かがあのバス停でドッキリ企画をやるとの情報が見つかった。
って事はさっきのは仕込みかよ・・・。
いや、もしかしたらあのケンカから仕込みだったのかも。
緊張が一気に解けた俺は風呂に入って寝る事にした。
自分の滑稽さに怒りすら通り越してしまった。
騙されやすいな~俺は。
安心感からかいつも以上にぐっすりと眠れた。
翌日、いつものようにバスに乗って通勤する。
日差しが入らないようカーテンをおろし、スマホをいじる。
しばらくすると昨日のバス停が見えてきた。
まだあいつらいるのかな?
好奇心から外を見ようとカーテンを上げた。
悲鳴をすんでの所で飲み込んだ。
目があった。
窓にはびっしりと目があった。
最初にカーテンをおろした時はもちろんこんなの無かった。
だが今俺の目の前にはおびただしい数の目玉がある。
しかもその目玉は動いている。
こっちを見たりあっちをみたり絶えず動き回っている。
俺は声を出す事すら出来ず、震えていた。
そしてバスがバス停に止まる。
やめろ、ドアを開けないでくれ。
心の中でそう叫んでも運転手には届かない。
俺は頭を抱えてその場にうずくまる。
機械音と共にドアが開いた。
だが誰も乗り込んでこない。
恐る恐る顔を上げるとさっきまであった窓一面の目玉はどこかに消え去っていた。
気のせいだったのか?
それとも夢を見ていた?
どちらにしても消えて良かった。
息を吐き出しながら体を進行方向に向ける。
そこに警察官が現れた。
「ほら目があったでしょう?」
わあああああああと思わず声が出る。
目の前の警察官はケタケタと笑っている。
死ぬ、死ぬ、殺される。
俺は警察官を押しのけ運転手の方へ走った。
助けて、殺される。
だが運転手はこちらを向かない。
おい、止めてくれ!!
だがバスは止まらない。
このままじゃあいつに・・・。
恐怖から後ろを振り向く。
・・・さっきまでいたはずの警察官が消えている。
どこに行った?
いや、今がチャンスだ。
とにかく逃げるしかない。
俺は止めてもらおうともう一度運転手の方を見る。
「また目が合いましたね!!」
目の前にはさっきの警察官がいた。
俺はここで気を失った。
次に気がついたのは病院だった。
バスの中で気を失った俺は近くの病院に搬送されたらしい。
看護師の話によると親切な人が110番してくれたとの事だ。
でもちょっと変わってたらしいよその人。
看護師が俺にこそこそと耳打ちをする。
何が変わっていたんですかと聞くと看護師は引き継ぎの時に聞いた話を教えてくれた。
通報のあったバス停に着くと1人の男が俺と一緒に救急車を待っていた。
知り合いかどうか聞くと知らない人だと答えたらしい。
一緒に乗りますかと聞いたけど、断られたって。
ただ目があっただけですから、そう言ってたらしいよ。
変だよね~と笑うと看護師は病室から出ていった。
窓にはカーテンが降りている。
もしかするとあの向こうには。
俺は一刻も早くここから逃げ出したくなった。




