第三十六話 ツーリング
これは俺がN県のとある山奥まで遊びに出かけた時の事だ。
俺の趣味はツーリングだ。
休みの日に1人で気ままに旅をする。
そのまま近くのホテルや民宿に泊まるのもしょっちゅうだ。
この日も気ままにバイクを走らせているといつの間にか辺りが暗くなっていた。
仕方なく宿泊先を探すも残念ながらどこも満杯。
聞くと祭の時期で、空いている宿は無いだろうという話だ。
観光案内所を紹介され行ってみるもやはり今日は泊まれないらしい。
一軒だけ山奥の方にある宿なら空いているかもしれないと言われた。
そこでいいから教えてくれ、俺がそう言うも職員の反応が鈍い。
何か問題でもあるのだろうか、宿の接客が酷いとか、飯がまずいとか。
「あの、お客様は見える方ですか?」
ようやく口を開いたかと思えば、なんだ幽霊が出るって事か。
そんな話は旅先で嫌って程聞いてきたが今まで実際に見た事は1度も無い。
「幽霊は見えないし、信じてないし、何かあっても自己責任だからその宿を教えてくれ」
俺がそう言うと職員は困り顔のまま分かりましたと言って地図をくれた。
ついでに宿に連絡をして空き部屋と食事があるかどうか確認までしてくれる。
なるほど、単純に良い人なのかこの人。
ってことは幽霊の噂も誰かの見間違いとかだけど、それで嫌な気分にさせないような配慮なんだろう。
俺が幽霊について考えている間に確認は終わり、部屋も食事もあるからそのまま来てもらって大丈夫だと教えてくれた。
至れり尽くせりの対応だ、俺は観光案内所の職員に礼を言ってバイクを走らせた。
宿は確かに山奥にあって、地元民でもよほど地理に詳しくないと迷いそうだ。
途中までは一本道なのだが、細かな道に分かれている箇所が複数あって、地図を確認しながらでないと初めての人間には無謀な道だ。
地図に書き込まれた案内を頼りにしつつゆっくりと道を走らせる。
宿に着いたのは案内所を出てから1時間後だった。
泊まるのはいわゆるペンション、外観は豪華な一軒家の姿をしている。
近くの駐車場にバイクを止め、宿のドアを開ける。
お待ちしていましたと感じの良い主人が俺を出迎えてくれた。
急なお願いに対応してくれるし、玄関も綺麗だし、今日は良い人に巡り合えてるな。
チェックインを済ませると早速部屋まで案内してくれた。
バイクで来た事を告げるとバイクカバーを貸してくれるという話になった。
一応自分で持ってきたのを被せたのだが全体を覆わないと危ないらしい。
この地域では風や泥、雨だけでなく小動物が入り込むというのだ。
ついでにバイクカバーにまつわる笑い話をしてくれた。
以前泊まりに来た客が主人のバイクとその上に吊るしてあったバイクカバーを見て幽霊だと勘違いしたらしい。
真っ白いバイクカバーが月夜に反射して人の形に見えたそうだ。
その客は恥ずかしそうにしていたと笑っていた。
食事も絶品だった。
どうしてこの宿が空いていたのか不思議だ。
飯も上手いし、接客も良い、申し分の無い宿だ。
そう言えば見える人かどうか聞かれたな、あれが関係あるのか?
気になった俺は宿の主人に幽霊が出るのかを聞いた。
直球な質問に嫌な顔1つせず主人が答えてくれた。
「ええ出ますよ。 少し離れた場所ですけどね。」
まさかそんな答えが返ってくるとは思ってもおらず絶句した。
主人は続けて舗装された道は安全ですけど、絶対にそれたりしないでくださいねと言う。
それるとどうなるのか、そう聞くと主人はただ笑って何も言わなかった。
俺は散歩に行きたかったのだが止めた方がいいだろうかと聞くと、それなければ大丈夫ですと念を押された。
幽霊の話は眉唾物だが、もしかすると事故や怪我が多いのかもしれない。
以前泊まった宿でも普通に注意しても聞かない客が多いからあえてこういう風に話すと言っていた。
気を付ければ大丈夫そうだな。
俺は主人に礼を言って部屋に戻り、一息ついて散歩に出かけた。
夜の山道と言うのは中々に不気味だ。
静寂の中月明りだけを頼りに歩いているととても心細くなってくる。
だが俺はこの時間が無性に好きだった。
普段は聞こえない鳥の声や木々の揺れる音が心地良い。
耳を澄ませると心が洗われるようだ。
15分ほど歩いた所で舗装された道が無くなった。
これ以上は進めない、俺は意外と人の忠告を守る男だ。
せめてここからの景色を堪能しようと遠くの方に視線を向ける。
あれは何だ?
数メートル先で誰かが手招きをしているように見える。
誰かが助けを求めているようにも見えるが、おそらく違うだろう。
もし主人の話を聞いていなければ俺はそちらに向かったかもしれない。
それでも一応声をかけてみる、どうしました?。
しかし影は全く反応を示さない。
やっぱりな、あれは植物が揺れてるだけだ。
バイクカバーの見間違いもそうだが、幽霊の正体見たり枯れ尾花って奴だろう。
怖いとか不安な気持ちがあるから幽霊や人影だと見間違うんだ。
うん、散歩も堪能したし、そろそろ戻ろうか。
俺は来た道をゆっくりと戻り、そのまま眠りについた。
翌日ぐっすりと眠った俺は主人に礼を言いつつ朝食をとる。
昨日の散歩ではアドバイスのおかげで怪我もなく宿に帰れた。
そう言うと主人はそれは良かったと笑っていた。
ついでと言うわけでないが手招きするような植物の影の事を主人に聞いてみた。
いつ頃からああなっているのか興味がわいたのだ。
だが、主人からの返答は一言、そんな植物はありませんよ、ただそれだけだった。
じゃあ何と見間違えたのか、そう聞くと行ってみれば分かりますよと言われた。
この主人は基本的に人が良いのに怖がらせるのが好きなのか急に突き放す所がある。
まあそれも味だろう。
朝食を終え俺は主人に礼を言うと宿を後にした。
帰りがけ昨日の散歩道に寄ってみる。
歩くと15分かかった道もバイクならあっという間だった。
俺は何を見間違えたのだろう。
気になって道の先を見ると、そこには何も無かった。
正確に言えば自殺禁止の看板と申し訳程度の柵があるだけ。
大きな木も、草も、無い。
しかもあのまま進んでいたら俺は・・・。
それから俺は急いで山を下り、以降あのペンションには行っていない。
あの影は何だったのか、主人は何か知っているのか、時々答えを知りたくなる。
だが聞いても主人は教えてくれないだろう。
もしかすると自分で調べてみろと言われるかもしれない、笑って何も言わないかもしれない。
想像するだけで怖気が走る。
幽霊の正体が枯れ尾花ならどれだけよかったか。
俺は後悔と共に今日もまた夜道を走り続けた。




