第三十三話 藁人形
藁人形をご存知だろうか?
藁人形とは藁で編まれた簡易な人形の事だ。
一番有名なのは丑の刻参りだろう。
午前1時から午前三時ごろにかけて相手を呪う儀式、そこに用いられるのが藁人形だ。
神社の御神木に藁人形を打ち付け、憎い相手を呪う。
7日間毎日やって初めて効力を持ち、誰かに見られたら失敗する。
失敗した場合呪いの力が自分に返って来るとも言われており、大変危険な儀式だ。
僕が藁人形を見つけたのは入院しているおばあちゃんのお見舞いに1人で来た時だった。
不思議な物があるな~と思って手に取るとおばあちゃんがそれは藁人形って言うんだよと教えてくれた。
藁人形はお願いを叶えてくれる人形なんだよ、だから大事にしないといけないんだよと教えてくれた。
おばあちゃんは藁人形の事を藁ちゃんと呼んでいた。
どうやら毎日お願いをしているようだ。
毎日真剣に相手の事を思ってお願いをすると願い事を叶えてくれるって言っていた。
僕が凄いねと言うとおばあちゃんが、人に言うと願いが叶わなくなるから2人だけの秘密ねとほほ笑んだ。
しばらくおばあちゃんと話をして、夕方になる前に帰った。
家に着くと僕は藁人形について調べてみた。
おばあちゃんの話で藁人形の事が気になったからだ
それにもしかしたらおばあちゃんの病気を治してくれるかも?
そう思うといてもたってもいられなかった。
お母さんのスマホを借りて藁人形と打ちこむ。
ワクワクした気持ちは一瞬でしぼんでいった。
スマホの検索結果には怖い事がたくさん書いてあった。
人を呪う、鬼になる、釘を刺す、殺す、どれもこれも怖い事だ。
おばあちゃんは誰かを呪っているの?
そうだとしたらすぐに止めさせないといけない。
でもあのおばあちゃんが人を呪うなんてあるのかな?
自分が調べたページをよく見ると長い釘と金槌が必要だと書いてある。
おばあちゃんのベッド、釘も金槌も無かったな。
じゃあなんでおばあちゃんは藁人形を持っていたんだろう?
この日から僕はおばあちゃんの事が怖くなった。
申し訳ないと思いつつ、病院から足が遠のく。
もし本当に金槌や釘を見つけてしまったら?
そう思うと余計に怖くなってしまったのだ。
それから数日後、僕は病院にいた。
おばあちゃんの容態が急変したのだ。
前から長くはもたないと言われていたらしい。
もう二度と会えないかもしれない、そうお父さんに言われた。
僕は怖かった。
おばあちゃんが誰かを呪ったから死んだのかもしれない。
僕のせいでおばあちゃんが死んでしまうのかもしれない。
藁人形がおばあちゃんの願いを変な風に叶えたのかもしれない。
僕がおばあちゃんを殺すのかもしれない。
考えてる事がぐるぐるして涙が出てきた。
目の前のおばあちゃんをまともに見る事ができなくて、僕は病室を飛び出した。
お父さんとお母さんが僕を呼んでいる。
僕のせいなんだ、僕のせいでおばあちゃんは。
お父さんに捕まった僕はそう泣き叫んでいたらしい。
正直この時の事はあまり覚えていない。
ただただ怖くて、悲しくて、逃げたくて、謝りたかった。
散々泣き叫んで僕はお母さんと2人一旦家に帰る事になった。
帰る途中、僕は藁人形の事をお母さんに話した。
怒られると思ったけど話さずにはいられなかった。
つっかえつっかえだけど、最後まで話した。
話を聞いたお母さんは僕を怒る事無く困ったように笑った。
「そうか、藁人形見ちゃったのか。でもね、おばあちゃんは誰も呪ってないし、あなたもおばあちゃんを呪ってない。だから安心していいよ。」
優しく言い聞かせるようにお母さんが言う。
本当?泣きながら聞く僕にうん、本当と言って頭をなでてくれた。
何だか安心した僕は家に着くとそのまま眠ってしまった。
夢を見た、おばあちゃんの夢だ。
僕とおばあちゃんが病院のベッドに腰かけている。
ごめんなさい、謝りたくてしょうがなかった僕は目の前のおばあちゃんに何度も謝った。
藁人形について調べたら怖い事がたくさん書いてあった事。
おばあちゃんを怖がった事。
あの日からの事を全部話した。
だけどおばあちゃんはそっかと笑って僕の頭をなでるだけで、怒ったりはしなかった。
それから僕らはたわいもない話をした。
テストの点数やゲーム、友達との喧嘩、おばあちゃんは静かに聞いてくれた。
ずっとこうしていたかった、大好きなおばあちゃんと別れたくなかった。
だけどおばあちゃんはそろそろだねと言って立ち上がる。
どこに行くの?、そう聞くとおじいちゃんの所と笑顔で言った。
僕はこの時ようやく分かった。
おばあちゃんが遠くに行ってしまうのだと。
どこにも行かないで、そう言ってもおばあちゃんはごめんねと言うだけだ。
やがて僕とおばあちゃんの間に距離ができる。
どんどんどんどん離れていく。
おばあちゃん!、僕がそう叫ぶとおばあちゃんもゆっくり口を開いた。
もう私にはあなた達を守れない。
だからこれからは皆で助け合って生きていってね。
私がしっかり藁ちゃんにお願いしといたから、きっと大丈夫。
後ね、これだけは忘れないで。
自分より弱い者はしっかり守ってあげるんだよ。
これからはお兄ちゃんになるんだから。
家族を、妹を、守ってあげてね。
頑張れ、お兄ちゃん。
静かだけど優しく温かみのある声だった。
でも僕に妹はいないんだけど、どういう意味なんだろう?
どういう事か聞きたかったけどおばあちゃんはもう僕の目の前から消えていた。
僕が目を覚ました時おばあちゃんはもうすでに亡くなっていた。
それからはお葬式だったり、家の片づけだったり、とても大変だった。
僕はあまり力になれなかったけどそれでも精一杯頑張った。
夢の話を思い出したのは四十九日の事だ。
お母さんから家族が増えるよと言われて、そう言えば夢で言われたなと思いだした。
この話をするとお父さんもお母さんも凄く驚いていたけど同時に納得もしていた。
おばあちゃんは昔から不思議な力を持っていたらしい。
お父さんとお母さんの結婚も言い当てたし、僕の事も誰よりも早く分かっていたって。
お袋の事だし、夢の中でそのくらいはするかもなとお父さんは笑っていた。
お母さんに藁人形はどうしたのか聞いてみた。
もしまだ残ってるなら僕が欲しかったからだ。
でも藁人形はおばあちゃんと一緒に燃やしてしまったらしい。
死ぬ前に一緒に燃やすように言われていたんだって。
それで悪い気はあの世に、良い気はこの世に残していけるからって。
あれからもう一度僕は藁人形について調べてみた。
そうしたら藁人形には呪い以外にも別の使い方があった。
それが厄除け。
おばあちゃんは死ぬ最後の瞬間まで僕たちの事を思ってくれていたんだ。
そう思うと嬉しくなって、また涙がこぼれてきた。
おばあちゃんに胸を張れるよう、生まれてくる妹を守れる男になる。
僕は自分で作った藁人形にそう願いを込め、まずはできる事からやるぞと意気込んだ。
そしてお母さんの手伝いをするため台所に向かった。




