第三十二話 古本屋
私はとある古本屋で働いている。
朝10時から夜8時までやっているごくごく小さな古本屋だ
そこには幽霊がいる。
姿形は分からない。
だが幽霊はこの店にいるのだ。
毎朝出勤してくると必ず1冊の本が棚の外に置いてある。
私はその本を購入すると共用の更衣室に持って行く。
それは幽霊が読むときもあれば、私が読むときもある。
読み終わると感想をしたためた手紙を置いて帰る。
幽霊が読んだら感想を書いた手紙を私のロッカーに張る。
たったそれだけだが、とても楽しい時間だ。
この幽霊との付き合いはかれこれ3年近くになる。
初めての出会いは衝撃的だった。
なんせ本の棚卸をやるために閉店後に作業をしていたら、本が空中に浮かんでいるのだ。
怖いというよりも信じられない気持ちでその光景をぼーっと見ていた。
やがて本がひとりでに閉じ、棚に戻る。
そこで初めて心霊現象だと確信した。
もちろん恐怖は感じていたが、自分以上に怖がっている人がいると逆に冷静になれるもの。
幽霊の方が私以上に驚いて、棚にぶつかりながらどこかに行く。
その光景を見ていたからかあまり怖くは無かった。
むしろ何だかおかしくて、少し笑ってしまったほどだ。
翌日その事を先輩やオーナーに話すと、ここが開店した頃からいるよと言っていた。
昼間は出てこずに、夜になると本を読みふけっているようだよと。
オーナーも最初は幽霊の正体を調べたり、お祓いをしようとしていたらしい。
だが実害は無く、本を読むだけの幽霊だ。
そのうちまあいいかと放置するようになったらしい。
あまりにも日常になり過ぎて私に言うのを忘れていたよと笑っていた。
私はこの幽霊に興味がわき、コンタクトをとってみる事にした。
もしかしたら呪われたりするかもしれないが、それはそれ好奇心には勝てやしない。
早速私は幽霊宛に手紙を書いた。
幽霊さんへ
この間は本を読むのを邪魔してすみません。
お詫びと言っては何ですが私のおすすめの本です。
受け取ってください。
平積みの本の一番上に手紙と書籍を置いて家路についた。
返信までは期待していないが何かしらのアクションがあるかもしれない。
ワクワクが抑えきれずこの日は中々寝付けなかった。
翌日出勤してみると、手紙が移動していた。
更衣室にある私のロッカーに張り付けてある。
そこにはこの前はごめんなさいとあった。
まさか幽霊から手紙が来るとは。
私は喜びのあまり少しおかしなテンションになっていた。
いるかどうか分からない幽霊に向かってその場で呼びかけた。
「幽霊さん、もしいらっしゃるのでしたら壁を叩いてください。」
ドン
壁が音を立てる。
「こちらこそぶしつけな手紙を書いてしまい申し訳ありません。良かったらまたお手紙を書いていいですか?よければ1回、だめなら2回壁を叩いてください。」
ドン
「ありがとうございます。それとお手紙の返事を書くのが苦でなければ本の感想を書いていただけませんか?」
ドン
「逆に私におすすめの本があったら目立つ所に置いてください。私も幽霊さんのおすすめを読んでみたいので!」
ドン
「嬉しいです!それでは仕事に行きます。帰りにまた手紙を置いていきますので読んでくださいね!」
ドン
この日から私と幽霊さんの奇妙な交流が始まった。
お互いの好みはあっていたらしくおすすめされる本は面白かった。
時には趣味に合わない物もあったがそれもまた楽しかった。
だがその楽しい日々も今日で終わり。
今日でこのお店は閉店するのだ。
売上の悪化もあったが、一番の原因はオーナーの体調だ。
店の経営を出来る人間が他にいるわけでもない。
残念だがお店は閉店、土地も建物も売って老後資金にすると言っていた。
幸い私は実家暮らしで貯金もある。
少しゆっくりしてから次の仕事を始める予定だ。
だがもう幽霊さんと合う事は無い。
それだけが残念だ。
その事を手紙に書いたが、翌日以降も幽霊さんの態度は変わらず少し悲しい気持ちになった。
幽霊さんにとってはそう大した事でも無いのかな。
だがそうでは無かった。
幽霊さんにもタイムリミットが迫っていたのだ。
私との交流で幽霊さんの未練が満たされてきたらしい。
段々と自分でも成仏するようだと感じていたと手紙に記してあった。
くしくも今日で千日目、何かしらの力があったのか、偶然かは分からない。
でも今日が最後の交流になりそうだとお互いに感じていた。
私はオーナーに無理を言って今日は1日泊まらせてくださいとお願いをしてみた。
オーナーは快く良いよ、きちんと別れの挨拶だけは済ませなさいと言ってくれた。
そして最後の夜が幕を開けた。
私は事前に準備をしたホワイトボードを抱え店内の本棚に向かった。
明日からは別の業者が入り買い取ってしまうと聞いていたので本当に今日が最後。
思う存分幽霊さんと語りあい、本を読もうと決意していた。
夜10時過ぎ、準備していたホワイトボードに文字が浮かぶ。
待った?
まるで彼女みたいだ。
大丈夫、仮眠していましたので安心してください。
そう答えると目の前の空間が笑ったように感じた。
そのまま私たちは時折本を読みながら語り合った。
幽霊さんがいつからここにいるのかや、私がこれからどうするのか。
一番面白かった本やつまらなかった本等々とりとめのない事を話した。
それは朝まで続き、5時を迎える頃、突然幽霊さんが私にお別れのメッセージを書いた。
まだまだ時間は大丈夫、そう思っていたのだが幽霊さんの時間が無くなったようだ。
ホワイトボードの周辺が光り始め、やがて柱となり天井を貫いた。
ああ、幽霊さんは成仏するのだな。
悲しかったが、私の勝手で現世にとどまらせるわけにもいかない。
私は精一杯の気持ちを込めて今までありがとうございましたと感謝を伝えた。
時間にして30秒ほどだろうか、光は消え、最初から何もなかったかのように静寂が世界を支配した。
ホワイトボードを片付けてロッカーに戻る。
そこには幽霊さんから私宛の最後の手紙があった。
ありがとう。
のぞき見るしかなかった私に本をくれて。
読んでも読んでも満たされなかった日々。
でたらめな人だと思っていたけど、今では感謝しかありません。
まさか私が成仏できるなんて思ってもいなかった。
ついこの間まで、1人でここにいるものだとばかり・・・。
手紙を貰った時は本当に嬉しかった。
いつまでもこうしていたいと思った。
ルールで決まっていても、そうしたかった。
駆け足になってごめん、でも本当に嬉しかった、ありがとう。
来世は一緒に過ごせたらいいな、ありがとう、さようなら。
手紙を読み終えた私の背中を冷や汗が伝う。
まだまだ幽霊さんの望みを叶えさせるわけにはいかない。
私は精一杯生きようと決めた。




