第50話 私はもう生徒ではない
昨日の告白から一日が過ぎた、放課後の夕刻。
私は、全生徒が下校した後の静かな中庭で、ユリウス教官を待っていた。
教員室や準備室といった「仕事の場」でこの話をするのは避けたかった。特任講師としての評価や、常任教官への打診という職務上の話と、私個人の恋愛感情を混同してほしくなかったからだ。
やがて、規則正しい足音が近づき、教官が私の数歩手前で立ち止まった。
「……昨日の今日で、わざわざ呼び出すとはな」
彼はいつものように隙のない態度だったが、その声にはわずかな警戒が混じっているように聞こえた。私が昨日の拒絶を受け入れられず、感情的に泣きついたり、もう一度すがりついたりするのではないかと危惧しているのだろう。
私は小さく深呼吸をして、彼と真っ直ぐに視線を合わせた。
「ヴァイス教導官。昨日のあなたのお返事について、どうしてもお伝えしておきたいことが一つだけあってお呼びしました」
「私の懸念なら、昨日すべて説明したはずだが」
「ええ。私が一番弱くて何もできなかった時期に、あなたが私を導き、強い影響を与えたこと。だからこそ、今の私の感情に恩義や依存が混ざっていないか、安易に肯定すべきではないということ。……あなたがそうやって、かつての教え子に対して倫理的に慎重になる理由は、痛いほど理解しています。その誠実さは、私が尊敬するあなたの美徳そのものです」
私は、彼が私のために引こうとした境界線そのものを否定することはしなかった。
「ですが」
私は言葉を区切り、一歩だけ彼に近づいた。
「『私の感情に過去の影響があるかもしれないと考えること』と、『その可能性を理由に、私自身の判断まで信用しないこと』は、全く別です」
教官の眉が微かに動いた。
「私は、君の感情が恩義に違いないと断定したつもりはない。混同の可能性を否定できないと言った」
「はい。あなたがその可能性を怖がり、私の好意を受け入れないと決めるのは、あなたの権利です」
私は一度息を吸った。
「でも、その場合の主語はあなたです。『私は過去の影響を利用するのが怖いから受け入れられない』と、あなた自身の選択として言うべきです。私の感情が信用できないから、という形で私の判断能力を理由にしないでください」
「私はもう、四年前の無力な落第生ではありません。王宮の支援窓口で三年間、数え切れない書類と人と向き合い、実務官として働いてきました。この学院に特任講師として戻ってきてからも、自分の模倣を押し付けて失敗し、そこから相手を観察してやり方を修正し、常任教官として打診を受けるところまで、すべて自分の意思で選び取ってきました」
「私は自分で考え、自分で選べる大人です。私の恋心に恩義が混ざっているかどうかも、私自身が考え続けます。それでもあなたを選ぶと決めた私を、まだ自分の感情も判断できない『生徒』として扱うのですか?」
静かな中庭に、私の問いかけが吸い込まれていく。
教官は、すぐには言い返さなかった。
「私は……」
教官は言いかけて口を閉じた。私が生徒だった頃、彼は何度も「君はどうしたい」と問い、私の決断を待った。その彼が今、私の選択ではなく、自分の恐れを基準に私の感情を測ろうとしていた。
私は彼を屈服させたいのではない。『先生が判定し、私が従う』という最後の上下関係を、ここで終わらせたかった。
「私からの話は、これだけです」
私は一礼した。
「私は、今のあなたを一人の男性としてお慕いしています。その気持ちを撤回するつもりはありません。……ですが、今すぐ答えを出してほしいと迫るつもりもありません」
相手の選択権を奪って強要するのは、かつてのアルベルトと同じになってしまう。
「私の気持ちは、私の言葉で伝えました。それをどう受け止めるかは、あなた自身が決めてください」
教官は無言のまま、私の言葉を正面から受け止めていた。
私はそれ以上彼を追うことはせず、静かに踵を返し、その場を立ち去った。
足取りは不思議なほど軽かった。すがって泣くことも、無理に忘れようとすることもなく、ただ対等な一人の人間として、彼にボールを渡しきったのだから。
(次は、あなたの番です)
心の中でそう区切りをつける。
彼が過去の恐れを手放し、一人の女性として私を選ぶのか、それとも別の答えを出すのか。彼自身が考えて決断しなければ、私たちの関係はこれ以上進まない。




