第92話 SOS、SOSっ!! えーと君はどちら様?
ダクトを抜け、その先にあった小さなエレベーターを使い地上へと降りる。
地上は。
静かだった。
無人の街。いつもはミクスレイの学生や帰宅するサラリーマンで溢れ。
夕暮れ時のその街も賑わっている筈だった。
しかし。
誰も居ない。
まるで人間など全て消えてしまったかのように。
静かに。そして何もない町並みが広がっている。
かつて「何か」が発生し、一度全てが消失した世界。
その世界を新しく作り替え、築き上げた街。
土地所有の問題が全て解消され自由でのびのびとした都市計画が行われ。
結果として作られた街の道路や歩道は広々と解放的に作られている。
そんな。
そんな広い町並みを、ただ一人歩く。
いつもはメイドと共にあちこちと移動していたが、今は一人。
心細くないと言えば。
あまりにも、嘘だ。
怖い。
怖い。
怖い……。
一体何が行っているのか。
どうしてこんな事が起こっているのか。
どうして。どうして……。
「どうして」が止まらない。でもその答えを出してくれる存在は何処にも居ない。
父の元を去る時に聞こえたあの銃声。そして聞こえた。
まるで、叫ぶのを我慢するかのような。
苦しそうな、大人の喘ぎ声。
不安だ。
父は生きているだろうか。
最後に言っていた「ロード」という言葉が引っかかる。
ロードって、なんのことだ……?
ロード。
色んな意味があるだろう。だがあの場において一番相応しいロードの意味は。
読み込み。
人が読み込めると言うのか……? まさか……。
でもそれが出来るのなら、父は帰ってくる?
なら、あの避難所に居た父は死ぬのか?
避難所の父は死ぬが別の父は生き返って……。
分からない。
何も分からない。
大人は「あの時」の事を子供に話す事がない。
わざわざ「処置」を受けてその時を忘れる大人すら居る。
ここ20年でもっとも製造され、もっとも売れた物は精神安定剤。
っと言われたくらいだ。この世界の人々は何かしらのトラウマを抱え。
何かしらの病みを抱えている。
そんな世界。そうなった要因。
それが。
「さっき、の……」
最後に父は貞子が来ると言っていた。貞子とはなんだ?
一体何が起きている?
父達は何を恐れていたのか。
いま何が起きている?
疑問。疑問。疑問。
尽きないその疑問を心の中にため込みながら。私。
結城千鶴は進み続ける。
どこを目標とすれば良いか分からない。
誰に助けを求めれば良いか分からない。
何も分からないけど。
先に進む以外の道が無かった。
寂しい。
怖い。
友達に会いたい。
父に会いたい。
美千代に会いたい。
「彼」に、会いたい……。
でも先ほど述べた人達が「まだ」居るかは分からない。
もしかしたら父と同じように。
みんな、みんな死んでしまったのかも。
でもそれを確認する術がない。
どこにも、誰も居ない。
声を出して。叫んで。誰かを、呼びたい。
でも避難所での一件をどうしても考えてしまう。
あれほど騒ぐなど言われた。あの静寂の地獄を抜け、皆が喜びに声を上げだした瞬間に。
再びやってきたあの地獄。
騒ぐとマズい。
騒ぐと「何か」がやってくる。
だから黙って進むしかない。
怖い……。
唇を噛みながら震えを抑えようとする。
生きていてこんなに怖かったのはあの日以来だ。
あの日「神」の生贄とされ「神道主義者」によって解体されようとしていたその時。
あの時も、怖かった……。
神道主義者。世界の現状が「神の怒り」だとして。
全ての文明を捨て自然に生きようと、袂と分けた生き残りの一派。
彼らに囚われ、神に捧げる為の贄とされた。
他にも沢山の子供が居た。だが一人、また一人と解体。
生きたまま殺されていった。
彼らは狂っていた。身代金なんて取る気がないのは明らかだった。
「騒動」が起きて心を壊し、何か分からないものに縋って残忍な。人でない何かになって。
狂って。殺して。そして笑うのだ。
彼らに悪い事をしている。なんて感情は無かった。
ただそれが正しいと。自分の行動が正しいと思っていたから。
だから。
みんな殺して。みんなを食べた。
完全に狂ってしまった人達が、完全に狂ったまま、狂った事をする。
狂人のフリなんじゃない。
正しく狂人だった。
そんな宴が。
狂気の中。私は今日と同じように怖くて、泣きそうで……。
でも。それを救ってくれた人が居て。
それが……。
「な、なに?」
進む足が止まる。
街が震えている。
振動が小刻みに響き続ける。
ドシンドシンと「何か」が歩いてくる。
明らかに大きい。地響きのような音を立てながら、ゆっくりと、ゆっくりと。
後ずさり、逃げようとするが。
足がすくんで動けない。
「うそ……。体動かない……。え。え……?」
自由に動かす事が出来ないその体をなんとか動かそうと。
叩いたり、殴ったりするが。しかし足が動かない。
「やだ……。やだやだっ!! 動いて……。やだ動いてよっ!!」
「動いて……。動いてお願い動いてっ!! やだっ!!」
「やだやだやだぁあああああああっ!! 動いてよおぉおおおおおおおっ!!」
叫ばない。っと決めた筈が、土壇場という時になって思わず声が出る。
違う、そうじゃないっ!!
ここは、冷静に逃げる手段を探すべきで……。
なんて、心では分かってる。
でも、それが出来ない。
「やだやだやだぁっ!! 怖い……。やだあぁあああああああっ!!」
涙が溢れる。鼓動が早くなる。焦る。焦って。
その場に、崩れ落ちる。
違うだろう。
ここは武士の子らしく。気高く雄々しく。
毅然と立ち向かうべきで。
ああ、でも……。
「うわぁああああああああああああああああああ、あああああああっ!!」
怖い……。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ。
いやだ、しにたくないっ!! だれかたすけて……。
「うあああああああああああっ!! やだ、やだぁああああやだぁああああっ!!」
こわい、やだ、やだ、あああああ。くる……、なに。これは。
でっかい。でっかいかいぶつが……。
やだっ!! こわいっ!! やだやだやだやだっ!!
「死にたくないっ!! うわああああああああああやだ、わあああああああああっ!!」
もう体は動かない。逃げる事が出来ない。ただその場で立ち止まり。
泣いて。喚いて。ああ、無様。でも。でも……。
「怖いよぉおおおおおおおおおおおやだぁあああああああああああっ!!」
止まらない。直感する。
自分はここで死ぬ。
父はロードをするなんて言っていた。
でもロードして、私が私として戻ったしても。
今の自分は居なくなってしまう。
今の恐怖を忘れ、今ある自分を廃し、たとえ蘇ったとしても。
ここに居る私が居なくなるのなら。
それに。
何の意味があるって言うの?
「やだっ!! やだぁあああああああああああっ!! 誰か。誰か……」
誰か助けて。
怪物が目前に迫る。大きな口が。大きな体。
そして大きな足を持ち、その二本の足を持って。
私を……。
「やだぁああああああああああああああああああああああ————っ!!」
「や……」
「あ」
その先が、来ない。
目の前の怪物が静止している。隣のビルくらい大きな怪物。
それが。
なんで?
しばらく止まる。だがすぐに変化が起こる。
目の前の怪物の頭から一本の赤い線のようなものが走り、そこから怪物が。
ベラベラと横に裂けだしたのだ。
そうして怪物は横のビル群にずるりと覆いかぶさる。
中央の道が開く。そこに居たのは。
「たま、ご……?」
そこにあったのは5mほどの大きさの卵型のロボット。
それが槍を構え、そこに立っていた。
怪物を屠り終え、その卵がこちらに近づく。
思わずのけ反り、恐怖から顔をこわばらせる。
その様子に気付いたのか、目の前の卵から「誰か」が降りてきた。
それは……。
「あら——。大丈夫かい君ぃ」
それは。
「あらあら。可哀想に。ほら、安全な所に連れてって上げるから」
「ほら、おいで――」
それは……。
ああやはり。
彼こそが……。
私の……。
「ほら、中入って。大丈夫、あんまり揺れないからね」
「お名前は? あれどこかで見た事あったっけ?」
「あら、ふふふ。こんな言い方ナンパみたい。やだぁねぇ年甲斐もない」
「大丈夫、ほら」
「一緒に」
「行こうね」
私の、王子様……。




