第87話 決戦 (1)
「アンノウンっ!!」
「アンノウンだっ!!」
「ああ……。居た……。居たのね。良かったっ!!」
「アンノウンだっ!! アンノウンが来たっ!!」
「もう遅いのよっ!! 来ないかと思ってひやひやしたわよっ!!」
「悪い、本当に悪い旦那様なんだからっ!!」
司令室。先ほどまで絶望に包まれていたその場が。
枯れかけた草木に水が撒かれるが如く、生気に溢れ沸き立った。
皆が一様に喜びの顔で、その存在の復活に歓喜している。
アンノウン。
それは。
希望だった。
「今すぐ放送を中止しろっ!! BGMを流せっ!!」
「英雄の証をっ!!」
「今すぐにっ!!」
「了解しましたっ!!」
職員の1人が素早く準備に取り掛かる。
そうして世界中に流していた放送を中断させ、とあるBGMを流させる。
それは20年以上前、アンノウンが今は無きスマートフォンという端末から流した着信音。
それは古いゲームのBGMで。
とても勇ましい曲調の、昔流行っていたゲームのテーマソングだった。
それが。
◇ ◇ ◇
「え? な、なんですのこの曲は」
結城財閥。その自社ビルの最上階。そこでもそのBGMは聞こえてきた。
先ほどまでは流れる仰げば尊しの曲の元では、周囲は深い絶望に包まれていたが。
その勇ましいBGMが流れた瞬間。
空気が変わった。
それは一瞬で感じる事が出来た。
先ほどまで自分を掴んで離さなかった結城千鶴。彼女の父が。
いや。父だけではない。
他の幹部の父母達も子供達を放し、皆その顔に生気をみなぎらせて破顔している。
「アンノウン……っ!!」
「ああ……。私達の英雄が帰っていたっ!!」
「まだ、まだ居たのね……。ああっ!!」
「良かった……。英雄は。英雄はまだ居たんだっ!!」
喜びの声が広がっていく。
皆が手を寄せ合い喜び、安堵から泣き、笑い。
先ほどまであれほどまで静かにしろと圧を掛けていた彼らは。
打って変わって大声を出しながら騒ぎ続ける。
英雄が。
帰還した。
それが彼らの言葉だ。
それだけ流れだしたBGMの威力は大きかった。
聞いていく内、そのBGMに聞き覚えが湧いた。
そうだ。
その曲は。
某狩りゲームの中で流れているテーマソングで。
でもなぜそれで大人が湧き立つのだ?
結城千鶴。彼女にはその意味が分からなかった。
皆が沸く。沸く。喜びが湧き立っている。
しかしそれに水を差すように、鋼鉄製の扉からドンドンと叩く音が聞こえてきた。
音と共に、唸り声が。
それは極めて不気味な女性の唸り声で。それは鳥のようにカラカラと喘ぎながら。
不気味におどろおどろしく唸っていた。
「な、なに。お父様?」
危機が去ったかのように思われた中の突然の出来事。
先ほどまで主君に向けていた刃をドアの方に向け、武装していたメイド達が対峙する。
千鶴の父。彼が呟く。
「貞子共か……。やはり入り込んでいたな」
貞子。とは? 問うよりも早く父が千鶴を持ち上げ、天井のダクトのような場所に誘導する。
それは他の子供達も同様で、父母達は一斉に子供たちをダクトの中へ誘導した。
ダクトは複数あり、1人1つのダクトへ誘導されていた。
「この穴は地上に繋がる。中の階段を使って外に出なさい」
「上手くすれば生き残れるだろう」
生き残る……。とは。父は何を言っている。
千鶴は問うた。
「父上、皆様方は……?」
「大丈夫」
「上手く行けば「ロード」された私達に会えるだろう」
ロード? 何を言っている?
「しかしお前達にその苦を背負わせるにはいかん」
「だから生き残りなさい」
そうして彼女達をダクトへと移動させ、彼らは武器庫から銃を出して武装する。
千鶴は父の言う通り、ダクトの中を進み、あるであろう出口へ進む。
最中、元の部屋から銃声。そしてメイド達の咆哮が聞こえてくる。
聞こえて。そして。
そして……。
千鶴は泣きながらその場を移動し続けた。
訳が分からない。でも。
今を生きている自分の生に感謝した。
もしあのまま放送を続いていたら。
しかしその恐ろしい想像をシャットダウンして。
彼女はそのまま、進み続ける。
◇ ◇ ◇
「なに……。なに。なにっ!? なにっ!!」
宇宙。地球の周りの宇宙空間にはもはや1つの星しか無い。
たった1つ。月だけが地球の周りを周回しその寂しい世界を彩っている。
地球と月。そして輝く太陽だけがある太陽系。
その中で、もう1つの何か。それは宇宙を監視する為の小さなステーションだった。
そのステーションに一人の職員が働いていた。
全てがオートメーションに進行し、たった1人で運営できる仕様。
正直言えば閑職。だけど給料が良い。
そして、現在残る唯一の宇宙での職だ。
だからこそ志願し、だから働いている。
そんなたった1人が。宇宙を監視していた。
勤続10年。既にハタチを超え、そろそろ地球に帰り婚活でもしようかと考えていた彼女は。
今日もいつも通り、変わらない宇宙の監視をしていたつもりだった。
宇宙は今日も変わらない。いつも通り、何も無く。
正直一体何を監視し、何を警戒すれば良いのか分からなかったが。
彼女はその訳が今日、分かったような気がしていた。
「し、司令部……。き、聞こえますかっ!? だ、誰かいますか?」
「ああ、地球時間はもう勤務外だよ。誰も居ないかも」
この仕事をしていて、随分独り言が増えた。
たった一人の仕事。勿論孤独だし、人恋しい時がある。
その時は地球にある司令部の仲の良い同僚たちと会話し、今の流行や映画や音楽。
そういった娯楽を提供してもらい、なんとかその孤独を癒していた。
そんな彼女だから知る。地上の人々は時間になったら帰宅しまったく連絡が付かなくなる。
現在の時間を見れば彼らが職場に居るとは思えない。
それでも、彼女は語り続ける。
「聞こえますかっ!? 司令部、聞こえますかっ!?」
(聞こえるっ!! そちらの様子はどうっ!?)
「えっ!?」
それは頭の中に響くような声。
一瞬何事かと動揺したが、それがかつて座学で習ったテレパシーなのだと思いつき受け入れた。
受け入れた、が。いつもは電波での通信をしていた筈だ。
緊急時にはテレパシー。つまり念波での交信を行うという事は分かっていたが。
緊急時……。
緊急時? つまり現在の状況は。
よく考えれば声がおかしい。見知った人物ではない。今話している人物は、誰だ?
彼女は訝しみ、聞こうとする、が。
状況は差し迫っている。彼女はそんな事よりもと。
語り掛けてくる声に現状を説明した。
「そ、その……。ああ、大変っ!! 大変なんですっ!!」
彼女は状況を説明する。したいが。
現状をどう説明すれば良いか彼女は分からなかった。
だってこんな状況は……。
(大丈夫、状況は把握してるわっ!! 今どういう状態なのか教えて頂戴っ!)
見知らぬオペレーターの声は、今の状況を知っているらしい。
知っている。本当にこんな事を?
こんな事態を……。知っていると言うのかっ!?
「う、うう……。現在の、状況は……」
なんとか、状況を伝えようとする。だが、こんな状況は。
「宇宙。宇宙が……」
「宇宙が、埋まっています……」
(数はっ!? 計測器を起動してっ!!)
まるで何が居るかを知っているかのよう省略して、オペレーターは伝える。
彼女はその言葉に従い、計測器のスイッチを押した。
計測器の説明文には。
「怪獣探査用計測器」と書かれていた。
怪獣。怪獣を計測する機械。
ならばあれは……。
機械が凄まじい演算を行い。周囲の「それ」を計測していく。
計測して、計測して、それをひたすらに続けていく。
ああ、続けて……。続けて。
「うあ……。ああ。ああ……」
続けながら、しかしその数はどんどんと増え続けていく。
彼女は、それを目前で確認していた。
「それ」の数は。どんどん。どんどんと。
膨張し続けるその数に怯えながら、彼女はその数を計測し続ける。
計算は、まだ止まらない。止まる気配がない。
なかったが、止まったが。計算は止まる。
その数は……。
「うう、計算完了……。目標、目標の数は……」
「目標の数は120兆っ!! 宇宙を、宇宙を……」
それは宇宙を。
「宇宙を……。地球を……」
「取り囲んでる」
地球の周囲に「それ」 無数の怪獣が取り囲んでいた。
宇宙の黒をまるで違う色で染め上げてしまおうとばかりに。
その数も、大きさも凄まじい。
1体1体が地球の大陸ほどの大きさを持つ超巨大怪獣。
それが群れとなり、宇宙を埋め尽くしているのだ。
色。色。色。 青。赤。緑。紫。黄色。
様々な色の怪獣がこぼれた絵の具のように宇宙に散らばって。
空を怪獣色に染めて、宇宙を彩らせていた。
「なにっ!! なんなのよこの光景っ!?」
「宇宙が……。怪獣に染まっていくっ!!」
「怖い。こわいこわいこわいこわいっ!!」
「なんなのっ!! なんなのこの光景はっ!!」
「やだっ!! やだやだっ!!」
事のあまりの事態に、彼女は取り乱し始めた。
半狂乱になりながら。その場であたふたと暴れ出す。
脱出カプセルに急ぐ。しかしそのカプセルにはロックが掛かっており。
逃げだす事が叶わなかった。
「なんでっ!! なんでなのっ!! お願い脱出させてっ!!」
「こんな、こんなの事っ!!」
(大丈夫。落ち着いて)
「落ち着けってっ!? そんな事出来る訳ないでしょっ!!」
「宇宙が……。宇宙が化け物で覆われてるのよっ!!」
「こんな。こんな事……」
(大丈夫)
(アンノウン)
なんだって?
(アンノウンが来た)
アンノウン? 何を言っている?
ドスン。っと大きな音を立て、突如ステーションの上空に「何か」が降りてきた。
ステーション外壁に何かが張り付いた。
彼女は何事かと機械を動かし外部カメラを起動して。
それの観測を行う。
カメラ越しに見える「それ」は。
「バトルスーツ? 真っ黒の?
そこには真っ黒のバトルスーツを着た何者かが写っていた。
宇宙船も、宇宙服も着ずに。
それはたった1人で。
まるで目の前の「奴等」と対峙するかのように。
ただまっすぐに前を見据えていた。
もしやこれが。
「アンノウン……」




