第86話 英雄
たかしは見た。それは突如現れた。
目の前の「マリス」から致命の刃が注がんというその時に。
「それ」が現れ、その刃を砕いた。
全身は黒。恐らくはバトルスーツだろう。
それは磨かれた黒檀のように艶やかに輝き、表面装甲は厳つくゴツゴツとしていて。
武士の甲冑を思わす装甲を全体に纏っている。
その存在が。
自分を、救ってくれた。
たかしはそう思った。
しかし確証が湧かない。
その異様の姿はどこか恐ろしかった。
もしかしたら新手の敵かもしれない。
「もしかしたら」
その可能性を考え、たかしはその場を動く事が出来なかった。
それ。
の行動を一挙手一投足観察する。
怖い。でも怖くない存在であって欲しい。
希望と絶望。その両方兼ね備え、たかしはその存在を見る。
甲冑が、動いた。
びくりと体を震わせ、身をひるがえす。
甲冑がこちらを向く。
甲冑の手が、動いた。
その様子に怯え、たかしは思わず手を前にして首をすくめる。
そのすくめた首の先の頭を。
それは。
優しく撫でた。
たかしはすくめた首を元に戻し、それを見る。
彼の表情はヘルメット越しで分からなかった。
だけど、気持ちは伝わった。
その冷たい手の感触はまるで労わるように彼の頭に乗り。
優しく。優しく彼の頭を撫でていた。
「大丈夫かい?」
変声機か何かだろう。
加工された声からは性別を感じる事は出来なかった。しかし。
それが敵ではない事は分かった。
彼は。
優しい言葉。
穏やかで、それでいて安心するような…
そんな声。一瞬だが。誰かに似ているように思えた。
安心する。己を慈しむ声を聞いて。
たかしの目から涙が溢れ出す。
「誰か」が。
誰かが助けに来てくれた。
彼はそれが嬉しかった。
心の中が安堵で溢れる。その存在の言葉が嬉しかった。
問われた言葉を変えそうと彼は口を開こうとする。
しかし恐怖ですくんだ彼の声は中々出なかった。
なんとか絞り出そうと奮闘する彼の口を優しく塞ぎ。
それは背後の「それ」を見る。
「きひひひひひひひひっ!! アンノウン・ゼロだぁあああああ?」
「きひひひっ!! なんだか知らんが生意気なやつっ!!」
「お前みたいなキザな奴はこのぼくがっ!!」
言い終わるより。
刹那。
「それ」は天高く飛んで行った。
「え……」
ようやく出た声で現状を把握しようとする。
だがその結果は。
先ほどまで余裕しゃくしゃくにほざいていたピエロが天高く飛ばされ。
その場から消え去ったという事だけだ。
あっという間に、目の前の存在はマリスを追っ払ってしまった。
たかしはその様子が信じられず放心し立ち尽くす。
「マリス」は。
どこに行った?
しかしどれだけ先ほど居た筈の場所を見ても、何も無かった。
あれほどの畏怖の存在が。
目の前の存在によって……。
「あ、貴方は……?」
思わず敬語になって、存在に問いかける。
彼は、静かに答えた。
「アンノウン」
「アンノウン・ゼロ」
アンノウン。
アンノウン・ゼロ……
英語だ。意味は。
正体不明。
Unknown。
眼前の彼は、自らの正体を隠している。
そういう事、なのか?
考えるたかしの手を、彼はギュッと握る。
握るが、優しい……。
たかしは優しく握られたその手の中に、何かがあるのを感じた
彼が手を離す。たかしが自らの手を見ると。そこには何かが。
何か。それは小さなお守りだった。
神社で売られているような。四角い巾着袋のお守り。
赤い巾着に入れられた、その中に。
何か硬いものが入ってるのを確認出来た。
これは……?
それを確認したくて、彼の方を見る。
「お守りだ。これがあれば君を守ってくれる」
「これを持って」
「すべてが終わるまで待っていなさい」
全て。
全て、とは?
「でも余裕があるなら」
「苦しんでいる人が居たら、助けてあげて欲しい」
「それがあれば」
「大丈夫だから」
彼が。背を向ける。
そして。
どこかに飛んで行った。言葉通り、ビュンと空を飛んで。
彼は飛んで行ってしまった。
袋小路の路地の中、たかし。彼はたった一人残される。
先ほどの恐怖はない。
あるのは「誰かに守って貰った」という安心感だけ。
すっかり静かになった通りで、たかしは空を見上げる。
そこにはただ青い空が広がるだけだった。
先ほどまで感じた焦燥感。絶望感。
死の恐怖は感じない。
だが先程までうねる程の感情の渦を経験した彼の心には大きな穴が開き。
ぽっかりと失った心で、ただ放心し続ける。
少しずつ。少しずつ。彼の心は戻ってくる。
戻ってきて。
そのまま、歩き出した。
マリスが消え、静寂だけが残る道を進み続ける。
人が居ない街。
それがこれほどまで静かで。そして寂しいとは。
彼は今まで感じた事無かった。
やはり街とは。
人が居てこその街なのだと。彼はそう思った。
思って。
例の通りに差し掛かる。
そこには「それ」がまだあった。
あって。
先ほどと同じように、助けを求める。
ピンク色の。哀れな肉塊。
それは本当に苦しそうで。本当に痛そうで……。
気持ち悪いけど。
それよりも、可哀想だった。
肉塊は助けを求める。求められても、やはりたかしにはそれを救う術は無い。
無い。っと思ったけど。
彼は先程の恩人の言葉を思い出す。
余裕があれば、助けてあげて欲しいという言葉。
彼の言葉が、真実なのならば。
たかしは彼から貰ったお守りを苦しむ肉塊に掲げる。
こんな事で本当に助けられるかなんて未知数だけど。
でも。
未知が起きる。
お守りが淡い、暖かい光を出して。
肉塊達にその暖かな光が浴びせられていく。
すると肉塊が徐々に溶けていき、そこに本来の人々の姿が現れた。
みんなスッポンポンだ。
しかし誰もそんな事を気にする人は居ない。
誰も彼も。己の動く手。痛くない体。しっかり動かせる体。
その感触を感じながら安堵の表情を向けている。
奇跡が起こった。人々が元に戻った。
たかしはその事が信じられず、一歩、また一歩とその場を後ずさる。
そんなたかしを視認し、一人の老齢の男性が声を掛ける。
裸だ。
だが、そんな事気にしている時ではない事をたかしも分かっていた。
老人は、たかしに言う。
「ありがとう。君のおかげで助かったよ」
「君は命の……」
続けようとする老人の言葉を遮り、たかしは真実を述べる。
自分も助けられた。貴方達を助けた物はその人から貰ったのだと。
老人は問うた。
なんて言っていたと。
たかしは答えた。
「アンノウン……」
その言葉を言った先、老齢の目はたちまちうるんでいき。その目から大粒の涙が溢れ出す。
そしてその場で崩れ去り、そのまま這いながら地面に涙を流す。
「まだ……」
「まだ居てくれたのか……」
「アンノウンっ!!」
老人は。
天を仰いで、叫んだ。
◇ ◇ ◇
「上官殿っ!! ど、どうすれば良いんですかっ!? こ、この敵はっ!?」
「あ、あまりにも大きい……。 こんなのどうすればっ!!」
「指示をっ!! 支持をお願いします上官殿っ!!」
ノア地区。その中央で戦いを続けている超兵達の一行。
彼らは動揺の中にあった。
突如、目前に現れた山ほどの大きさの怪獣に皆が慌てふためく。
そうして、経験豊富な筈の上官に次の対応を委ねる。
どうすれば良いか。どうすれば倒せるか。
どうすれば。どうすれば。
どうすれば、生き残れるだろうか。
皆が必死になって聞く。必死になって。必死になって。
でも。
皆の上官。美容院の店長。
今は臨時の超兵隊隊長。重治中尉は。
何も言えない。
ただ、諦めたように下を向き、何かを覚悟したように俯き続ける。
既に諦めた。そんな風な態度。
しかし、未だ若く。諦められない面々は上官に問い続ける。
それしか出来ないから。
自分達でなんとか出来るような状況じゃない。
後ろには50m級の怪獣がノシノシと迫ってくる。
そして正面には1000m.級の怪獣が静止していた。
いた。
いたが。
ゆっくりと首を動かし。
口を開け。
そこからブレスが放れたようとしている。
これほどの大きさの敵から繰り出される炎。
1000m級の怪獣から繰り広げられるだろうその一撃。
そんなもの、避けられるものか?
怪獣の口が輝く。まるでその先を焦らすかのように。
怪獣のその口元は何かを充填するかのような動作を見せながら。
何かを貯めている。
皆がその様子を見る。後ろにも怪獣が居る。
見れば、せり上がった壁に囚われていた怪獣も壁を壊し現れた。
2体の大型怪獣。1匹の超大型怪獣。
そして、貞子らによって全滅している予備超兵達の死骸。
状況は。
状況に。
希望などなかった。
智代は臨戦態勢を解除し、上官と同じように全てを諦め。
来るであろう「その時」を待つ。
考えるのは己の想い人の姿だ。
年の差なんて分かっていた。
それでも。
一緒になりたかった彼の笑顔を心に浮かべながら。
彼女は静かに涙を流す。
その終わりを噛み締めるように、空を。
空を……。
「なに?」
空から。
光が。
「上官殿」
彼は答えない。だから勝手に続ける。
「空から、何か来ます」
その言葉に上官が反応し、空を見上げる。
彼が見たのは真っ二つに両断された超大型怪獣の姿だった。
「え……?」
智代が短く声を上げる。
超巨大怪獣がまばたきする間なく一瞬に裂かれて、落ちてゆく。
しかし落ちる死骸が地面に到着する事はない。
裂かれたその死骸は一瞬に燃え盛り、その灰が風に飛ばれどこぞへと消えた。
超巨大怪獣が倒された。
しかしまだ周りには怪獣が。
智代は残る怪獣の方を向く。
向くより先に怪獣が「何か」に当たりその場で弾けて消えた。
もう1匹もそのように。
群がっていた貞子共も「通り過ぎる」何かにバラバラにされた。
その場の敵が一瞬で消えた。
そこに既に敵は居ない。
敵は。
どこにも。
どこにも……。
「あ。ああ……」
「ああっ!!」
突如、上官が感情の乗ったような声を上げる。
智代が彼を見ると、彼は涙を流しながら破顔し、正面を見る。
正面。と言っても。その地面。地面の先の「何か」
それは。
黒いバトルスーツらしき物を着た何かだった。
一体どこから来たのだろうか。いつまにかそこに存在していたそれは。
自分の前に立ち、こちらを見据えている。
誰かが上官に問うた。
「上官どの。あ。あれは?」
「アンノウンっ!!」
感情が乗った声に更に感情を乗せ、上官が叫ぶ。
顔はもう涙でぐしゃぐしゃだ。
彼はその小さい何かを見て、笑って。泣いている。
「アンノウン……。アンノウン……。ああ、まだ居てくれたのね……」
「アンノウンっ!! アンノウンが来たっ!!」
「我らの「英雄」は……」
「まだ私達と共に居たのよっ!!」
英雄。皆が目の前の「それ」を見る。
超兵に比べ生身の。小さいそれ。
英雄。
これが?
ならばこれが先程の奇跡を起こしたのか?
皆がそれを見る。
見るが、突如空から。
多数の怪獣が降ってきた。数は……。数え切れないっ!!
100。200。もっとだっ!!
それも大きいっ!! 先ほどの1000m級など序の口のようだ。
1万m。いやもっとそれよりも大きい無数の怪獣がっ!!
空から幾千万と降りてくる。こんなの、こんなのどうすれば良いんだっ!?
「取りこぼしは任せる」
なに?
小さなそれはぼそりと呟いた。
任せる。とは?
「任せておきなさいっ!!」
先ほどまで諦めていた筈の上官が、すっかり元気を取り戻し立ち上がっている。
その顔は先程とはまったく違う。
希望に。
「士気」に溢れ、満面の笑みを浮かべ、手に拳を作っている。
「アンノウンっ!!」
「頑張ってっ!!」
その言葉に応える事なく「アンノウン」そう呼ばれた存在は天へと飛んだ。
皆も天を向く。
そこには落ちてくる怪獣の群れが。
それが。
ノア地区に展開しているドーム状の透明な外壁に落ちてこようと……。
外壁が落ちるっ!!
穴が開くっ!!
皆が息をのみ。「その時」を覚悟し、悲観する。
だが。
穴が開いたのは「アンノウン」が出て行った小さな穴だけ。
落ちてくる筈の超巨大な怪獣たちの群れは。
天へと昇っていく「アンノウン」が出す衝撃波と共に破裂して消えていく。
数え切れないほど落ちてくる怪獣達は。
天へと戴くたった一人の存在によって瞬く間に消滅していく。
恐らく、トドメとして出されたのだろう。
大きな。それは日本大陸を一飲みせんとするほどの。
巨大な。超超巨大な怪獣が落ちてくる。
それは隣の大陸ほどの大きさで全速力でこちらに落ちてきて。
弾けて、消えた。
天から昇ってきた怪獣はアンノウンによって全て倒された。
怪獣を倒し、それが天へと。高く高く飛んで。
見えなくなる。
皆がそれを見た。見ていた。
見ていたけど。
一体何が起きているのか分からなかった。
だから考える。何が起きたか皆で考える
考える最中。
「さぁ、皆休んでる場合じゃないわよっ!!」
「恐らく取りこぼしが落ちてくるっ!! 私達はそれの相手をするわっ!!」
取りこぼし。取りこぼし。とは……。
「マリス討伐はアンノウンに任せるわっ!!」
「私達はこの街を怪獣から守るっ!!」
「アンノウンが来たっ!!」
「英雄が帰ってきたっ!!」
「私達は助かるっ!! 助かるのよっ!!」
「だから」
「死ぬ気で、生き残るのよっ!!」
「英雄と共にっ!!」
「我らの世界を守り通せっ!!」
あれほど全てを諦めたような上官のその勇ましい口上を。
みなは、口を開けながら。
黙って聞いていた。




