第79話
「なに……、これはっ!? どうすれば良いのっ!?」
目の前の光景に超兵の少女。柊智代が狼狽する。
彼女は街の中を堂々と闊歩する怪獣たちと対峙せんと剣を持ち向かう最中だった。
しかし、その最中の光景に深く動揺し動けなくなっていた。
彼女が走る道路には。それはうじゃうじゃと。「かつて」人間だった存在が集まっているのだ。
かつて人間だったそれは、物語の中でしか見ないような……。
「ゾンビ……? ゾンビじゃないっ!!」
智代が声を張る。薬剤によって巨大化し5m.大に成長した智代の足元に無数のゾンビが。
見ればそれぞれ皮膚が爛れ、体はボロボロに崩れている。
中には「何か」に噛みつかれたような跡が。
服装もビリビリに破れ、中には乳房が露出しているような個体まで。
その様はまるで本当に。
「ゾンビっ!! ゾンビっ!! なんで……。なんで……」
その姿は映画などで見るゾンビそのものだ。
街に居た人々はゾンビとなり替わり、意思も無くそこらを歩き回っている。
幸い。いやこれは幸いと言えるのだろうか。
しかし幸いにもサイズ差がありすぎる智代は生物として認識されなかったのか。
ゾンビたちは智代を無視している。
だが、各所にゾンビに押し倒され群がって食いつくされる人々の場面が散見された。
何らかの抗体があって無事だった人も居るのだろう。
しかしそんな人達も今はその「無事ではなかった」人達に食われて……。
これが。
これが本物の戦場の姿なのか?
こんな、こんな事……。
「こんな事今まで習ってこなかったっ!!」
思わず大声を出して慟哭する。
ゾンビたちはその声に一瞬キョロキョロと辺りを見渡し。
そして智代が見つかった。
ゾンビたちは大きな智代を生物と判断したのだろう。一斉に向かってくる。
両手を前に向け、まるで軍隊のように規則正しく「獲物」へと近づく。
歩幅の差もあり智代が彼らに追いつかれる事はない。
彼らの動きはとろく、いや、そんな事問題にはならなかった。
それよりも。
道を塞がれた。道路には大勢のゾンビが彼女の前に立ち塞がっている。
持つ武器でそれらを一掃する事も出来るだろうが。
しかし。
「やだ……。やだ……」
そんな事が、出来る訳がなかった。かつて人間だった者達。
そんな「人々」だった存在を傷つけるなど。
「人々を守る盾となれ」
そう教え込まれている智代にそのような事出来る筈が無かった。
人間は殺せない。
だから彼女は後ずさるしかなかった。
身長は2倍以上。よくて180㎝のゾンビ達と5m.の智代。
対格差。実力差から言ってどちらが強者か明らかだ。
だが、その明らかな面とは違う別の視点で。
智代はそこを渡る事が出来なかった。
「あ……。あ……」
目の前のおぞましい光景に言葉を失い、どうする事も出来ない。
群がってくるゾンビ達からゆっくりと。ゆっくりと後退していく。
だがその一歩が大きい。故にゾンビと智代との距離はすっかり大きい。
その光景にもしかしたらジャンプしたらイケるかも……。
などと一瞬考えが、しかしもし距離を間違えたら……?
それを考えれば、その一歩を踏み出す事が出来なかった。
(そこの超兵の子。聞こえる?)
突如、智代の頭から声が聞こえてきた。
その状況に智代は一度びくりと体を跳ねらせるが。
その状況が訓練で聞いた事があるPSIであると思い出すと警戒を解いた。
人間が持つ超自然現象を発言させた超能力者。
戦闘の際はその超能力者をオペレーターに指名して指揮を執ると智代は習っていた。
ならば。
「指揮が取れるんですか……っ!? わ、私は元超兵のっ!!」
(事前情報はこちらで調べているわ。そちらの状況も千里眼によって把握してる)
思わぬ援軍に智代の心は軽くなる。指揮系統が繋がった。
それは彼女にとって大きな士気向上に繋がった。智代は教本通りにその場で独り言のように喋り出す。
そうすれば思念波の傍受機能によって声が届き、司令部に情報が伝わるのだ。
「じょ、状況はっ!? 何が起きてるんですかっ!?」
当然の如く状況を問う智代。一体何が起きてるのか。
聞きたかった。
答えは知っている。それでも、聞いておきたかった。
(敵が攻めてきたわ。現在敵はノア地区に「怪獣」を放ちどこかに潜んでいる)
潜んでいる。智代はその言葉を訝しんだ。
潜む、とは。一体何が潜んでいるのか。
「潜むとは、何が潜んでいるんですか?」
(マリスよ)
マリス。そのような言葉、智代は聞いた事が無かった。
まったくの初耳の言葉。
マリスとは。それを聞くよりも早くオペレーターを答えてくれた。
(私達が戦っていた敵の正体よ)
(怪獣が襲ってきたというのは建前。本当はマリスが怪獣を出して我々に襲ってきた)
唐突のカミングアウト。敵は怪獣ではなかった? 今まで敵は怪獣だと教わってきた。
しかし。マリスとは?
智代は好奇心から質問を続けようとするが、正面のゾンビ達が近づいてくる。
(ゾンビの事は心配しないで。いま現場に再生剤を散布するわ)
「再生剤の散布とは?」
聞き覚えの無い行政サービスに智代は困惑する。再生剤を散布して、どうすると言うのだろうか。
その問いに答えるかのようにオペレーターが説明を続ける。
(再生剤にはマリスの毒素を中和する作用があるわ)
(再生剤とはつまり肉体を元の状態に戻す事。だから薬を摂取すればゾンビになった人は戻る)
(でも大量の再生剤を摂取した人は意識を失うから、足元に注意して)
声と共に智代が居た区画に大量の再生剤の霧が散布される。
その霧を浴びた人々は次々と元の「人間」の姿に戻っていく。
「ゾンビ状態が解消されたっ!!」
智代が驚く。それと共に感心する。こんな事が出来るなんて。
だが疑問も残る。こんな事が出来るのなら、つまり過去にも……。
(ゾンビ化現象で多くの人類に被害が及んだわ。今こうして解除出来るのは人々の努力のおかげよ)
やはり、そうか。智代はグッと手を握る。
ずっと変だと思っていた。
80億居た人類が「怪獣」などという不安定な存在にここまで減るもだろうかと。
しかしその裏を見れば、こんな異常が起きていたとは。
「……戦闘を再開します」
色々考えなければいけない事はある。しかし智代はそれよりも目の前の状況の打破を考えた。
怪獣を倒さなければ。
今自分がしなければいけないのはそれなのだ。
(ゾンビとなった人が邪魔でしょう。待って今ビルを収めるから)
「指示はしなくて良いですか?」
(誰に言ってるの? 私は)
智代の横のビルが地面へと降りていき、その場に彼女が進む為の横道が出来上がっていた。
(プロよ)
適格な判断だ。智代は感心した。今の司令部は平和ボケし指揮能力など皆無に等しいとの噂だった。
しかしいま目の前の状況は次々と改善し、智代が進むべき道は繋がっていく。
これなら。やれるかもしれない。
「残存勢力は?」
(いまかき集めてる。軍縮の為に超兵制度を中止したから戦力は乏しいわ)
(でも、貴方みたいな元超兵に語り掛けて味方を増やすつもりよ)
(頑張って。貴方は一人じゃない)
(出来うる限りのサポートをするわ。何かあったら声をあげて頂戴)
頼もしい。
そう、私は1人じゃない。
なら……。
やってやるっ!!




