第78話
「え、実践? 訓練ではなく?」
「警戒アラートが鳴ってる? 何かの冗談じゃない?」
ノア地区にある「対策本部」の本部の廊下。
そこで職員の女性たちが鳴りやまないアラームを聞きながらコーヒーを飲んでいた。
傍には自動販売機と休憩用の椅子があり、そこで先ほどまで女性たちは共に談笑をしていた。
代り映えのしない日常。
「かつて」の記憶など既に記憶の奥底で。
大学を卒業し普通に就職した彼女達に現状を正しく理解する術は無かった。
ただ「何か」が起きているとアラームは知らせている。
対策本部に就職する上で彼女達は「歴史」を知った。しかし、それはもう20年も前の話だ。
「事」など過ぎ去った過去の出来事の筈で。だから。
鳴る筈がないのだ。アラームなど。
鳴るアラームを誤作動なのかと思い込み、職員たちはただ座ってその音が止むのを待つ。
待っていれば。
過ぎ去る筈だ。
そう信じていた。
「何をしているのっ!!」
コーヒーを片手に静かに事が去るのを待っていた職員たち。
そんな職員たちに、施設の清掃員だろう中年女性が声を荒げ抗議する。
「アラームが鳴ってるのよっ!! 貴方達オペレーターとして雇われたんでしょっ!!」
「それなら」
「早く持ち場に急がないとっ!!」
既に現役を引退したであろう50代近くの女性。
いつもは穏やかに施設の掃除をしている彼女の鬼気迫る表情に職員達は顔を見合わせる。
職員たちは彼女の言う事の意味が分からなかった。
だって。
もう、仕事は全て完了しているのだ。
今はもうオフの時間で。
職員たちはこれからの予定を話し合っていたのだ。
今日何を食べるか。
どんな事をするか。
デートの予定は。
見たいテレビ番組の話は。
など。
「これから」の事を話し合っていた。
だけど。
目の前の清掃員の女性は持ち場に急げと言う。
その言葉の意味が。
よく分からなかった。
「早くっ!!」
「急ぎなさいっ!!」
でもその迫力に圧され、職員達は持ち場に急ぐ。
アラームは止まらない。ずっと、ずっと鳴り続けている。
そのけたたましいアラームに苛立ちながらも、持ち場におっとりと向かう職員達。
そんな職員達に職員用にと配備された携帯端末から振動が。
職員達がそれに応じ、耳元に機器を当て返事を返そうと。
「駄目っ!! 使っちゃ駄目よっ!!」
「電波は使っちゃ駄目っ!!」
先ほどの女性がまた職員達に叫ぶ。
またか。っといった怪訝な表情で職員達は彼女を見ると。
化け物に変化した。
「え? え?」
まだ端末からの返答に応じていなかった職員が狼狽する。
その場に居たのは3人。3人のうち2人の体がベキベキと変化し、化け物に変化していく。
まだ20代の麗しい肌色の肉体はピンク色に変色し。
ウネウネとその肢体を変化させながら、おぞましい化け物へと変化させる。
2人の顔はぱっくりと割れ。そこからは無数の牙が露出しだした。
「なにっ!! や、やだっ!!」
残った1人がその場から去ろうとするが、時すでに遅く2人。
いや。もはや2匹となった化け物に捕縛され、指先からバキバキと捕食されだした。
声にならないような悲鳴を上げ、女性がかつて仲間だった2匹に捕食される。
まるでその様子を楽しむかのように、変化した2匹は女性を捕食する。
体の中身がぶちまけられ、既に息絶えてもおかしくない状態となっても女性は生きていた。
いや。生かされていた。まるで苦しみを持続させる事が目的であるかのように。
喰われる女性の体は少しずつ再生しながら。
「喰われる」という状況を継続させられていた。
悲鳴を上げる。助けを求める。しかし女性の体はがっちりと化け物に補足され……。
「食らいやがれこの化け物共があぁあああああああ――っ!!」
その「宴」が続くより早く。
清掃員の女性が職員廊下に設置された火災報知器から火炎放射器を持ちだして、彼女達に放射した。
高温の灼熱が化け物たちに無慈悲に襲い掛かる。
けたたましい悲鳴が聞こえる。それが「どちら」のものか。など女性には感心が無かった。
こうしなければ被害が拡大する。
女性は過去の経験からそれが分かっていた。
「だから携帯電話の使用は止めなさいって言ったのにっ!!」
「だから言ったのにっ!!」
「だから」
「だからぁあああああああああああああああ――――っ!!」
声を荒げながら女性は化け物に火炎放射を当て続ける。
万が一の事も考えて。まんべんなく。まんべんなく焼き続ける。
「この時」に備えて作られた防火性に優れた廊下の壁材はびくともしない。
それを良いことに、女性は砲火を浴びせ続ける。
浴びせて。浴びせて。
浴びせ続け。
そして、止めた。
全てが終わった後には、もはや黒い消し炭しか残されていなかった。
ハァハァと吐息を漏らしながら、女性は息を整える。
「真由美」
背後から声が。女性は接近に気付いていたのか。動揺する様子はない。
真由美と呼ばれた女性が後ろを向く。
そこには同じような年代の中年女性が同じく火炎放射を抱えて立っていた。
「また、始まったんだね……」
何かを覚悟したような顔をして、女性は目の前の消し炭を眺めていた。
「これからどうする? 真由美」
「歴史を知らない馬鹿がスマホなんて配ったから他にも変化した人が居るでしょ」
「そいつ等を片付ける。それから」
「司令室に行こう。オペレーターが必要な筈よ。恐らく若いのは全部死んだわね」
「昔取った杵柄ってやつね。それより真由美」
「なぁに? 喜代子」
「配られたのはスマホじゃない」
「これはPHSよ」
若い職員達が持っていた物。それはスマホではない。
それよりもっと古い時代のPHSという携帯端末だった。
「どっちにしろ電波でしょ。どっちも変わんないわよ」
「昔ガラケーからスマホに乗り換える時バアちゃんから同じ事言われたって」
「昔、お母さんが言ってたわ」
「私達も年を取ったわねぇ。真由美」
「どっちでも良いわ」
「生き残りましょう。私まだ死にたくない。孫の運動会があるのよ」
「2月に運動会か。はぁ、四季があった時代が懐かしいわ」
「なんでも良いわ。ともかく」
「やりましょう」
2人は一列となり、火炎放射を持ったまま。のしのしと廊下を歩きだした。
前方に。
化け物たちの群れが現れた。
2人はそうして一緒になって。
化け物たちに火炎放射を浴びせるのだった。
「あ、あんた等っ!! こ、こんな事をして。も、問題になるぞっ!!」
「司令さん。あんた、戦争はもう終わったとか言って職員にPHSを配ったね」
「あれでもうだいぶ職員が死んでしまった。もう残ってるのは俺達みたいな老人しか居ない」
「悪いがここを乗っ取らせてもらうよ。20代の司令官じゃあ危機は乗り切れんて」
「こ、このっ!! 放せっ!! 警備員風情がっ!!」
「ほら、大人しくな。ほい。ほいっ!!」
「う、ぐぅ……」
ところ変わって司令室。そこで小さなクーデターが起き、施設警備員達が司令室を乗っ取っていた。
数は10人程度。既に老齢に達し。60、70は当たり前という平均値。
彼らは内部に居た施設職員。たった一人残っていた基地司令を気絶させその場を制圧する。
仕事終わりだったという事もあり、その場には彼以外誰も居なかった。
いや。
来られなかったと言って良いだろう。
「失神ゲームの要領でっと。昔、学生時代にこれやって大目玉食らったわ」
「いつの時代だよ。ネットは炎上しなかったか?」
「バカッターに上げるとか、そんなバカじゃなかったよ」
「あはは、そうかい」
気絶した司令を縄で捕縛し。床に転がらせる。
「嫁としたSMプレイがこんな所で役立つとは。分かんねぇもんだなぁ」
「よく離婚しなかったよなお前ん所。あはは」
和気あいあいとした様子で警備員達はそれぞれの持ち場に付く。
「システムはそんな変わらんな。まぁ変わるような事も起きなかったし当然か」
「だが人数が少ないな。これ俺達だけで出来るか?」
「可愛いオペレーターの声でも聴きたいもんだがなぁ」
「お呼びかな? ジジイ共」
司令室の扉が開き、そこから老齢の女性陣が火炎放射を持って現れた。
そこに先程の真由美達も混じっていた。
彼女達は施設内部で怪物化した職員達を片付けて、司令室にやってきたのだ。
「真由美ちゃん達か。ああ、改めて見ると君らも老けたねぇ」
「うるさいわね。仕方ないでしょ。令和から何年経ってた思ってるのよ」
「そりゃそうか。でもかつての美人オペレーターがこうもシワシワになるとは」
「お互い老害になっちまったなぁ。時代ってのは本当繰り返すって事かぁ?」
「ああ、そうだなぁ……。あの若造に携帯電話は危険だって言った時それを顕著に感じたよ」
「時代は変わる。っと思って引き下がったけど。今思えばもっと強く言っておけば良かった」
「老害に思われるかも。なんて気にし過ぎたな。ああいう場はもっと害でも良いから言うべきだった」
「40代。働き盛りから老齢へ」
「中々大人になるってのは難しいもんだ。この年になってもそう感じるよ」
「御託は良いよ。ジジイども」
「これから体力が居る。「アレ」を使う為のキーカードは持ってるかい?」
「ああ、確保してる。もう持ちだしてるよ」
「そっか。これを使う時が来るとはね……」
「内心では使いたくなかったけど。でもこれはこれで怪我の功名かもね」
「そんな事言いなさんな。炎上するよ」
「掲示板くらいしかない今で炎上してもねぇ」
「ともかく、使うよ」
「好若剤を」
集まった老人達が自らの腕に薬剤を注入しだした。
すると老齢だった彼らの肉体がみるみるうちに若返り。
かつて20代だった頃の若々しさを取り戻した。
「あはは。俺こんな顔だったかなぁ」
「ああ、若い頃の俺だ……。ああ。こんな顔だった……」
「ふふふ、私の若い頃……。やっぱりイケるわね」
それぞれ若かりし頃の余韻に浸ったのち、かつて自分達が担当していた持ち場へと移動し始める。
「では太郎司令」
「ああ、またシワシワネーム司令と馬鹿にされる日が来るとは」
太郎と呼ばれた警備員の男性が司令室の椅子に座りながら頭を抱えていた。
彼の名前は田中太郎。かつて人類救済船ノア。その船長兼司令の座に付いていた男だ。
彼は戦後船長を引退し、怪獣対策本部の警備員として勤めていたのだった。
他の者も同様だ。みな、かつてを乗り越えた同士だった。
20年前。そのかつてを経験した者達が集まり。
「これより私が全権の指揮を執る。太郎司令である」
「ただいまより我らは」
「マリスとの交戦状態に入った事を宣言する」
「全ての禁止条項を解禁。職員の「PSI 」使用も解禁する」
「真由美さん」
「了解。PSIを解禁。思念波による外部への通信を開始します」
「喜代子さん」
「了解。PSIを解禁。千里眼による外部情報の取得を開始します」
「投影のPSI保持者は……。居ないか」
田中司令が寂しそうに小さくうな垂れる。しかしその言葉を待っていたとばかりに。
「ははんっ!! その言葉を待ってたわよ司令っ!!」
司令室の自動ドアをシュッと開けて。50代くらいの女性が火炎放射器を携えて入ってきた。
「この私が必要でしょう司令っ!! ふふん、私はこの時を待っていたのよっ!!」
「いやぁ、この時を思ってずっと独身を貫いてきたのよっ!!」
「さぁこの私こと、投影技術の宮内あかねっ!!」
「このっ!!」
「アンノウンの妻となる私のっ!!」
「婚活にご協力くださるかしらっ!!」
既に50代となった体に鞭打ちながら、女性は現場職員達に元気いっぱい宣言した。
しかしいくら元気に振る舞ったところで寄る年波には敵わなかったのか。
ゼイゼイと息を切らせながら場の空気を凍らせていた。
そんな彼女に同僚の真由美と喜代子が呆れたように話しかける。
「まったく、あんた。いつまでそんな事してるのよ」
「年を考えなさい」
「大丈夫よっ!!」
「これからまた若くなれるんだからっ!!」
「さぁっ!!」
「私の旦那様はまだ来ないのかしらっ!?」
「さぁね。まだ来ていないよ」
「まだ、居るのかね……」
「どうだろう……」
「来る。旦那様はきっと来るわ」
「だから」
「戦いましょう」
「最後までっ!!」
決意を持った瞳で、あかねは宣言する。
彼女は他同僚と同じように薬を打って若返りを果たし。司令室のオペレーターの椅子に座った。
そして先ほどの茶番が嘘のように真面目な口調になって。
「PSIを解禁。投影による外部情報の投射を行います」
その言葉と共に、司令室にノア地区の様々な場面が投射される。
映し出された画面にはどこもかしこも。
「被害が深刻だな。これはマリス本体が出ている……」
「なんでも良い。やれることをやるだけです司令」
「ああ、そうだな」
「よし、ではこれよりっ!!」
「戦闘を開始するっ!!」
彼らの、長い戦いが始まった。




