第74話 穏やかな午後……。あはは、朝食だけのつもりだったんだけどなぁ~。
「い、いやぁ驚きましたっ!! 京子お姉さん、歌上手いんですねっ!!」
「うふふふ。ありがとうございます」
ラーメンを食べ終え、俺達は近くの喫茶店に店を移しそこで雑談していた。
食後のデザートとしてパフェなんて奢ってあげて。
奢って。奢ってだぞう。
なんか本格的に大人みたいじゃないかっ!?
万年金欠な俺にこんな余裕があるなんてっ!! うぉおおおん嘘みたいだっ!!
財布を見れば万の札が入っている。これが。これがお金に余裕がある大人の男って奴かっ!!
まぁ今は女の子の姿だけど。
改めて考えて中年が女装して小学生と対してるなんて凄い光景だ。
どうしてこうなったのか……。は、もうこの際考えない事として。
たかしくんの羨望の眼差しが嬉しい。いつもはこんな風にみられる事なんて無いし。
いやぁ。たかしくんに褒められたのなんていつぶりだぁ~?
あはは、まぁ褒められてるのは京子だけどさ。
「ギ、ギターって言うんですか? なんか聞いた事ない楽器で……」
「す、凄かったですっ!!」
聞いた事ない……。まぁお堅いクラシック関係の人が生き残ってきたから。
そう思うのは仕方ないんだけど。
改めて聞いた事ないなんて言われるとちょっと寂しく感じるな。
「まぁお堅いクラシック連中しか生き残らなかったからね。ギターの演奏は失伝技術でしょ」
「でも驚いたわ。あんなに弾けるなんて。中々芸達者じゃない」
「うふふふ。お褒めに預かり光栄ですわ」
博士にまで褒められたぞっ!! いやぁ、なんだか照れますなぁ。
あはは、最近は褒められる事なんてなかったし、嬉しいなぁ。
あはは、あははっ!! いやぁ。そんなに良かったかなぁ。
「凄かったです京子お姉さんっ!! あんなに歌まで上手いなんてっ!!」
「す、す……」
「凄くっ!!」
「綺麗、だったです……」
「とっても……」
「綺麗、で……」
綺麗、か。京子の姿で歌ってるからなのか。そういう需要もあったりするのかな。
綺麗綺麗と言われるとなんだか違和感もある。元は俺なのに。
ま。まぁ俺も? 元は良いと昔から言われてたし~? あははははっ!!
「ふふふ。ありがとうございます」
ともかくとっても嬉しいっ!! けどそんな事は口に出さず、優雅に振る舞う。
今の俺は京子なのだからしょうがない。こいつは昔からそういう教育を受けてきた。
俺はわりと自由に育てられてきたから。結果、こんな事になってる訳だけどさ。
「へ、へへへ……」
たかしくんが照れくさそうに笑う。こんな顔も出来るんだなぁ。
俺の前ではいつも不機嫌そうにしてたけど。
まぁニートの36歳親父の相手をしてたら、そんな顔にもなろうか。
小さい頃はもっと笑ってくれていたけど、いつの間にか不機嫌な顔しか見せてくれなくなった。
恐らく「現実」を知ったからなのだろうとは思うけど。
少ない人口の中、みんながみんな社会の為に汗水たらして働く中。
俺は。何もせずブラブラしていたのだからしょうがないけど。
そんな人物、軽蔑されても仕方ない。それは分かる。
でも内心は……。ちょっと、寂しかったかな。
だからこんなに笑うたかしくんを見るのは嬉しい。
今だけは普通の甥っ子と。
叔母。
の関係になれているのかもしれない。
叔父は流石に名乗れないな。こんな姿だしね。
あはは。改めてなんて状況なんだか……。
でもこんな事でなけりゃあ甥っ子と楽しく会話なんて出来なかっただろうし。
プラマイゼロ。いやプラマイプラスだ。
楽しそうなたかしくんが見られて嬉しいなぁ。
「あっ」
あら。博士がパフェのバナナ落とした。
あーあー。服に着いちゃった。あらら。
「春美ちゃん。大丈夫? ほら、お服拭くからね」
机の上のフキンを使って、博士の服を拭いた。
「……………………」
博士がじっとこちらの顔を見ながら黙っている。
はてさて?
じっと見ていた博士がふと手のスプーンを動かし、パフェに乗っていた桃を再び膝に落とす。
「あら」
「マ、ママ~~。ま、また膝に落としたぁ」
あら。甘えちゃってまぁ。
この姿はアレだな。駄目だな。博士が変に母性感じちゃって。
ふふふ。博士のママか。どんな人物なんだろうか。
でもこんなに母性を感じるくらいだから、京子みたいに穏やかな感じの人だったのかな。
どちらにして甘えてる。こうしてみると本当に彼女も子供だなぁ。
「おい何やってんだよっ!! お前わざと落としただろっ!!」
たかしくんから物言いが。まぁそう見えるよね。
「うるさいガキがっ!! 何を落とそうと私の勝手だろうが殺すぞっ!!」
「な、なにが殺すだっ!! お前、いくつだよっ!!」
「私は12歳だけど何かっ!?」
「12っ……っ!! 俺より上じゃねぇかっ!! そんな奴がゲスな真似するなっ!!」
「はぁっ!? 部外者の癖に何様よっ!! こいつは私の奴隷なんだから仕えて当たり前なのっ!!」
「なにが奴隷だよっ!! 京子さんを手間取らせるなっ!!」
「うるさいうるさいうるさいっ!! 私に逆らうな首にするわよっ!!」
あはは、博士。たかしくんは部外者だから首に出来ませんよ。
きっと過去にもこうやって従業員の人を脅してたんだろうなぁ。
だからこそあそこで一人ぼっちになってたんだろうけど。
しかし……。
そっか。たかしくんは11歳なんだったっけ。
11歳と12歳。1歳違いだ。年が近い。そういう事なら。たかしくん。
博士と。友達にぃいいい。なれるかなぁ? 相性はあまり良いとは思えないけど。
「この非常識生意気クソガキっ!!」
「クソガキはあんたよっ!! それに私はガキじゃないのっ!! 立派な学者なんだからっ!!」
「なにが学者だよっ!! 嘘つけこのクソガキがっ!!」
「ああんっ!? あんたの住所をネットに晒してやろうかしらぁっ!?」
うん……。相性は、良くないな。まったくこんなに喧嘩して。
相性は良くないけど。
でもこの年の男女なんて、どこもそんなものだよね。ふふふ。こうしてみると兄妹みたいだし。
まぁ男と女の兄妹なんて喧嘩するものだ。そうだ。俺達。
俺達もっ!!
俺達は……。
俺達兄妹は仲が良かったなぁ。まぁ一卵性双生児の双子ってのもあったろうけど。
小さい頃は色んな人に可愛がってもらった。両親にはたっぷり甘えられたし、我が儘も言えた。
とても可愛がられたなぁ。
まぁその割を姉さんが食らって不遇だったらしいけど。
だから今でも姉さんと実家の両親はそれほど仲が良い訳ではない。
俺とは仲が良い……。のかな?
まぁ俺がこんなだし、そういう意味で仕方なく付き合ってる部分はあるだろうけど。
京子か。
今あいつが生きてたら、どんな人生を送ってただろうなぁ。
もしかしたらレイジさんと結婚して、その間に違う甥っ子がっ!!
いや……。
それはない、な。
それはない……。
まぁなんでも良いや。
ともかく、あのまま。
あのまま、順当に世界が流れていたら。
俺も……。
っと。
思考に沈みすぎだな。まぁ色々言いたい事はあるけれど。
子供って。
可愛いもんだ。
「ほらほら二人とも、喧嘩はイケませんわ」
「お店では静かに。優雅に振る舞いませんと」
「ね、春美ちゃん」
「ご、ごめんなさいママ……」
「ね、たかしちゃん」
「ちゃっ!! は、はい……京子お姉さん」
あはは。京子お姉さんだって。
ママとお姉さん。どっちも男として普通に暮らしてたら絶対に呼ばれない名称だなぁ。
でも今はそれで良いさ。
日常の中の非日常を楽しもう。それくらい。やったってバチは当たらない筈だ。
2人の喧嘩が止み、大人しくなる。ママの。お姉さんの。効果って凄いな。
確かに俺も子供の頃は姉や母の言葉ならよく聞いていたような気がする。
そう考えると本当父親って嫌な役割だよなぁ。
コテン。と、隣に座る博士が俺に寄り掛かる。
彼女の方を向くとプイとそっぽを向き、知らんぷりするように明後日の方向を向いていた。
博士は黙って俺の体に体重を乗せて寄り掛かっている。俺はそんな彼女の頭を静かに撫でてやった。
すると先ほど見せた猫のような仕草で、目を細めて頬を擦り寄せる。
今日はとことんまでオフモードな気分のようだ。
そういう時があって良いよね。
「あ、こ、の……」
見ればたかしくんが羨ましそうにその様子を眺めている。
もしかして。
彼も京子に甘えたいのだろうか。
俺は開いてる腕をソファーの方に伸ばし、招き寄せるように大きく開く。
「一緒に入る?」
そうして、笑顔で彼を誘うのだ。
もしかして、こうすれば来てくれるかもしれない。
「あ。うお……」
「…………………………」
小さな吐息を漏らした後、たかしくんが沈黙する。
どうするか思案している様子だった。
彼は、どうするのだろうか。
しばらく。
しばらく考えた後、彼はその開かれた腕の方に向かっていき。
博士と同様。コテンと、俺の傍に拠りかかる。
たかしくんも来たっ!!
あはは、こんなの。絶対俺じゃあ拠ってきてくれない。
やっぱり。母親。それと。
お姉さんか。
状況は極めて異常。
2人の哀れな子供は女装中年の魔の手に掛かり、こうして腕の中に包まれながら。
頭を撫でられている。
異常。異常。とっても異常だ。
それでも。
ああ、そうだ。
俺も子供が居たら……。
こんな風に、甘えて貰えたかな?
…………。
いや。
俺は「お父さん」だから無理か。
ふふふ。
でも結局、父親なんて。そんな存在にはなれなかった。
だから。
「母親」の気分を味わうのは、そんなに悪い事ではないかもしれない。
傍に拠る子供達の艶やかな髪の感触を味わいながら。
俺はその場で、ただじっと前を向いた。
ふと、目の前に京子が。
彼女が、笑っていたように思えた。
こんな一日も。
悪く。
悪くないよなぁ。
◇ ◇ ◇
「こんにちは――っ!! 師匠、ここに居るって聞いたけどっ!!」
うん?
「あ、居たっ!! ねぇ師匠っ!! 早速だしっ!!」
「ギターの訓練っ!! してくださいなっ!!」
いつの間にか眠ってしまったようだ。
少女の声で起こされた。声の方向を見ると、彼女は。
ああ。彼女は確かアンノウンズの。
えっと……。
緑の子、だったよなぁ。
名前を忘れた緑の子。彼女は俺の傍の子供達を見て目を丸くしている。
「うわぁ、京子ちゃん」
「その子達」
「京子ちゃんの子供?」
うん?
あはは。そうだな。
「はい。そうですわ」
「可愛らしいでしょう?」
「え゛」
「ま……」
「マジ?」
あはは。
さ――て。
どうかな――。




