第60話 女装が似合う36歳……。うぇええええええ勘弁よぉおおっ!!
「あら~ん♪ レッスンの件、本当に嬉しいと思うわん♪」
「正直ね、こっちとしても、まぁ……。雑音かなぁって思ってたのよん♪」
「でも……」
「貴方が「本物」を教えてくれたおかげで皆も目覚めたのかもしれないわねん♪」
「京子ちゃん」
「見事なライブだったわ~ん♪ 貴方は本物の音楽家ね」
「ありがとう……」
「そう言う訳で」
「今日から毎週5日。学校終わりの3時間。志望者に指導よろしくねん♪」
くそ……。
くそうっ!!
週末だけのレッスンをするつもりがいつの間にか土日以外、毎週する事になってしまったっ!!
週末だけのレッスンがいつの間にか土日だけ休むって事に変換されてこんな事にっ!!
毎週3時間のレッスン……。まぁ学生の身の上だと思っているからだろうか。
3時間程度。まぁこれくらいならなんとか……。
いや。異世界の事もあるし、あんまり時間は……。
ああ、でも俺には世にライブ文化を復興させるという使命がっ!!
なんか急に出来た使命っ!! なんでこんな使命出来たんやっ!!
俺のせいか……。でも若い子に音楽を教えてるってのも楽しいかも。
ライブ文化復興するぞっ!! まぁライブハウスとかなさそうだけど。
「えっと、それでみんなは?」
「流石に帰らせたわ。学生さんだしね。貴方もそうでしょん?」
え。ああ……。俺はそのぉ。
「あのぉ、わたくしはですね」
「ふふふ。貴方みたいな子ならきっと親も厳しいでしょう。箱入り娘って感じだものねん♪」
箱入り娘? いやいや俺は男ですよ。貴方が俺にメイクしたんでしょう?
「ふふん。貴方みたいな可愛い子だったらきっとお見合いの話も多いでしょうねん♪」
「貴方はナチュラル女子だし、きっと引く手あまたでしょう。羨ましいわん♪」
あ、この人俺にメイクした事忘れてるっ!! いやいや俺は男ですってっ!!
36歳元ニートが女装して女の子ボイス出す事自体恥ずかしいのに勝手にその事実を消し去らないでっ!!
「ふふふ。しかし若いって良いわねん♪ 私にも、そんな頃があったわん♪」
あら……。
昔話? そうだねぇ。若者居たらちょっと昔ばなししたくなるもんねぇ。
うんうん。なら。
「重治さまは若い頃は、どのような方でしたか?」
「あらん? 私の昔ばなし。聞きたいのん♪」
「ええ、昔から、こうだったのですか?」
「いえ。昔は……。ノンケだったわん。あ、ノンケってのノーマルって意味よん」
「そうなのですか。うん? では重治さまは同性愛者ではないのですか?」
「……………………」
「ええ、私にその気はないわん……」
あら、そうなのか? いかにもって感じだけど。アレ?
「そうではないのになぜそのような恰好を?」
「私の弟が「そう」だったのん」
「弟さんが?」
「ええ、頭の良い子だったわん。物理学者だったのん」
「学者さんだったのですね」
「ええ……。本来なら「リスト」に乗れる程の人物だった」
「でも弟はホモセクシャルだった。だから船には乗れなかったわん」
「そう、なのですか……」
「まだ何も無かった頃は、そういった差別は止めよう。なんて言っていたくせに」
「いざ事が起こったら人々はそういった少数者を排除しようとした」
「生産的でないって理由でね」
「人が人としての営みを再興するという使命の中で」
「マイノリティであるという事はなによりのハンデだった」
「だから弟は排除された。ママやパパだって乗れたのに……」
「弟は。駄目だったのよん」
「それはお気の毒な事ですわ。しかし」
「しかし?」
「それが正しい事ではあった事を、否定できなかったのでしょう?」
「だから。貴方は弟の代わりをしようとしている。そうではないですか?」
「ええ、そうよ。賢い子ね……」
「貴方も囚われているのですね。「処置」はお受けにならないので?」
「過去を忘れようとは思わないわん。でもそうしなければ生きられなかった人の気持ちは分かる」
「あまりにも多くの物を失ったわ。私達が今生きているのは奇跡のようなものよん」
「そうですわね……」
「アンノウン」
「英雄という名の奇跡によって我らは生き延びた」
「もう誰も口にはしないけれど」
「私は今でも彼に感謝しているわん」
「彼女、かもしれませんよ?」
「うふん♪ 彼って思った方が恋が焦がれるじゃない♪」
「ノンケさんなのでは?」
「うふふ♪ そうだったわねん♪」
「美容院をやる前はなにを?」
「軍人をしてたわん。超兵だったのん♪」
「超兵。つまり第一世代だったのですか」
「そうよん♪ 仲間は皆死んじゃったけどねん」
「それは、おめでとうございます」
「あらん?」
「貴方が生存した事で、貴方の仲間はこの世に生き続ける事が出来るのです」
「貴方の思い出が」
「貴方の友を生かすのだとわたくしは思いますわ」
「ふふふ、そうねん……。貴方は「習って」いるのねん?」
「ええ」
「そう……。最近は学校教育でも省かれているわん。子供が泣いちゃうってねん」
「それだけの事でしたから」
「こうしてしっかりとあの頃を話したのは久しぶり。しかしこんな若い子と」
ええ、俺は若い子ですよ。嬉しいですよね。俺も気持ち分かるな。
「ふふふ。でもあまり辛気臭い話はしないわん。まぁ手遅れかもしれないけど」
「聞かせたい話があればいつでも。継承する事も大事ですよ」
「そう。優しいのねん。でも話は選ぶけれど♪」
ふふふ。そうだねぇ。若い子に話す時はしっかり言葉を選ばないとね。
うんうん。若い子。若い子かぁ。
「うふふ。それで重治さま。私の事はいくつくらい見えるでしょうか」
「ええ? えっと。大人びてるし17歳くらいかしらん?」
17かぁ……。おっさんの女装でそんなになるなんて……。
流石にちょっとショックかも。俺ってそんな童顔だったのか?
うわぁ……。もっと、こう。干からびたおっさんみたいになると思ったのに。
女性経験もない36歳のニート親父が若見えしたってなんも嬉しくねぇ――。
やっぱり髭もいかにもって感じのモジャ頭は、年齢相応に見える魔法のアイテムだった。
俺あんまり髭生えないんだなぁ。今も生えてないし……。
そういえば妹もそうだった。あいつも体毛薄かったよなぁ。ああ、遺伝だぁ。
くそうぅ。また男らしくなりたい。はぁ……。
こう、中年の女装ってのはもっとこう。お笑いというか。そういう面に広がるべきで。
「しかし本当に……」
「貴方って、綺麗ね」
「私も女の子の恰好するなら、貴方くらい綺麗になりたかったわ……」
いやいや、だからこれは貴方が仕込んだんでしょっ!! くそっ!! 記憶消してやがるっ!!
「あ、あのわたくしはおとっ!!」
「おっと」
「貴方のような美少女をいつまでもこんな時間に置いておけないわ」
「そろそろお家に帰りなさい。でも時間になったらまた来てね」
あう。
美少女、か……。
まぁアイツはモテたしなぁ。
鷹司京子……。
お前も。
まだ、生きたかった?
「ええ」
なら。
「では今日はありがとうございました」
「またお会いできる日を楽しみにしていますわ」
ならこの時くらいなら。良いよ。
「ええ、またいらっしゃいん♪」
この時くらいなら、お前になってやる。
「それでは」
だから。
「ごきげんよう」
しっかり成仏しろよ。
◇ ◇ ◇
もはやすっかり夕暮れに染まった空をとぼとぼと歩く。向かうは駅。はぁ。研究所に帰らないと。
今日のお礼という事で重治さんから女性物の衣服を貰い、それを着込んでいる。
曰く「その姿で電車に乗ったら痴漢されちゃうわよん♪」との事だ。まぁ俺もそう思う。
そんな訳で貰ったのは純白のワンピース。
同じような背丈な重治さんが使っていた物らしく結構フィットする。
まぁピチピチ巨乳筋肉ぴっちりのスーツを着込んで帰るよりはマシだろうが、なんか恥ずかしい。
この年にもなって女性物の服を着ておまけに女装なんて……。
ああ、凄い辱めを受けているぅ。俺の男としてアイデンティティがゴリゴリ削られているぞう。
まぁもう今日は帰れるから良いか。あ、そうだ家電買わないとなんだ。
でもまぁ。今日は遅いから……。とほほー。
楽しかったけど。なんか色々予定が出来て気が重い。楽器のレッスンかぁ。
まぁ。
これでいつか未来のスターが生まれたら俺も楽しめるかもしれない。
ふふふ、年甲斐もなくライブ通いなんてしちゃう? あはは。
よし、電車に乗って帰るか。ああ。でも知り合いとかに会わないと良いけど。
あ、でも知り合いに会ってもこの姿なら気付かれないかっ!!
ふふふ。だって今の俺は鷹司家のお嬢様。鷹司京子でっ!!
で。
で……。
あ。
レイジさんだ……。
げ……。
げぇええええええええええええええええっ!!
知り合いだっ!! がっつり知り合いだっ!! し、しかもレイジさんは妹を知ってるぞっ!!
うげええええええっ!! な、なんとか鉢合わせしないようにっ!!
は、早く電車に乗ってっ!! あ、しめたっ!! レイジさんは古都地区行きの電車に乗っていくぞっ!!
あそこは俺達の実家だから。そりゃあそれに乗るよな。
でも俺が行くのは研究地区だ……。ふぅ。なんとか鉢合わせだけは阻止したか。
電車のドアが閉まる。レイジさん今から帰宅かな。やっぱり社会人って大変だなぁ。
俺は電車通学なんて到底出来そうにないや。
うん? あらレイジさんこっち見た。あらぁ。ま、まぁ帰り際ならまぁ他人の空似って事で。
あ。レイジさん……。なんか走ってる。先頭車両の運転手に、何か……。
あっ!!
電車止まった……。
うわレイジさん電車止めたっ!! え、ちょ。
扉が開く……。
わわわっ!! ちょ、今来られたらマズイっ!!
あ、こっちの電車も来たっ!! あ、レイジさんこっち来たっ!!
あ。でも人が混んでて中々外出れないみたいだ……。
よ、よしともかく電車に乗ってっ!! あ、レイジさんがっ!!
レイジさんが……。
「京子ちゃんっ!!」
「京子ちゃんっ!! 京子ちゃんっ!! 京子ちゃんっ!!」
「俺だよっ!! 俺だよレイジだよ京子ちゃんっ!!」
「京子ちゃんっ!!」
「待って……。京子ちゃん……」
「京子ちゃあああああああああああああああああああああん――っ!!」
電車から降りたレイジさんが……。まるで縋りつくようにその手を伸ばし。
今まで見た事もないような。悲しげで、それでいて。
嬉しそうな顔で、俺が乗る電車を見送っていた。
レイジさんは政府筋とのパイプが深い。だから電車を止めるくらいの権力はある。
ある、が……。
いや。もう考えるのは止めよう。
京子ちゃん、か……。
レイジさんはやっぱり京子を……。
ああ、この事は姉に黙っておこう……。
うん。
忘れて。
忘れてしまおう……。
そんな事を考えながら。
俺は夕暮れ空と共に、電車に揺られていった。




