表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/44

咳と金環

その夜、カイルは久しぶりに深く眠った。


暗い記憶の海に沈むように、夢に出てきたのは、忘れもしない夜のこと。


それは──両親が倒れた、最後の夜だった。


薬棚の奥で、小さな器を抱えていた母が、突然咳き込み、床に膝をつく。


「っ、ゴホ、ゴホッ……ッつ、ゴホっ……」


声をかけるより早く、父が駆け寄り、母を抱きとめた。

その腕も微かに震えていた。父自身も、咳をこらえながら立っていた。


カイルはまだ子どもだったが、直感していた。

ふたりとも、もう限界を超えていることを。


母の目が、こちらを向いた。

その瞳に浮かんでいたのは──金色の輪。


小さな光のはずなのに、カイルの胸を貫いて、動けなくさせた。


「……ネマを、お願いね……カイル……」


その言葉が、燃えるような咳にかき消された。


父も同じ金の輪を浮かべ、肩で息をしながら母を支えていた。

ポーションの瓶が床に転がり、赤い液が静かに広がっていく。


冬が明ける少し前の、ひどく寒い夜だった。


──カイルは、夢の中でその場から一歩も動けなかった。




目が覚めたとき、カイルの額には、冷たい汗がにじんでいた。


「……どうせなら、もっと楽しい夢を見せてくれよ」


誰にともなく呟いて、布団から体を起こす。


隣室から、かすかな物音が聞こえた。


扉を開けると、ネマが目を覚ましていた。


カーテンを閉じたままの部屋はまだ薄暗い。

そのなかで、青い瞳がぼんやりとカイルを見ていた。


その瞳を縁取るのは、カイルの記憶の中でも最も鮮やかな、金色。


「……目、大丈夫か?」


そう声をかけると、ネマはゆっくりと首を横に振った。


「まだ、光はつらい。……でも、昨日より、ずっと楽」


言葉以上に、顔色は明らかに良くなっていた。


(……効いたんだ、薬が)


カイルは、心の底から安堵した。


だが──


その瞳に浮かぶ金の輪だけが、警告のように消えない。


まるで、「まだ終わっていない」と告げるかのように。


「……昨日、何があったの」


ネマが、静かにたずねた。


「エリオに薬をもらったんだ。覚えてないか?」


「……あまり。夢の中みたいで」


カイルは椅子を引き寄せて腰を下ろすと、エリオと話した内容を、できるだけわかりやすく伝えた。


活力ポーションに含まれる成分が、体内で沈殿を起こすかもしれないこと。通常なら分解される成分が、何かに阻まれて体内に残り、魔力と反応して沈殿になること。それが臓器に負担をかけていること。そして今は──その負担を一時的に軽くしているだけだということ。


ネマは、静かに聞いていた。

その表情は、どこか深い場所で、何かを手繰り寄せているようだった。


「……なるほどね」


少し間を置いて、ネマが呟くように言った。


「つまり、体の中で沈殿ができる理由が分かれば、治療のヒントになる」


「ああ……何か、思いつくか?」


「うーん」


二人そろって、うなった。


答えの出ない沈黙を埋めるように、カイルは言った。


「症状は、毎回同じなんだよな。まず咳が出て、血痰、それから金色の輪」


ネマが目を細めた。


「……咳、出てないけど」


「ああ、そうか。……今回は、マスクしてたから」


カイルは額を押さえた。そして、ぽつりと呟いた。


「そうすると、錬金病と金色の輪って、全然別の病気だったのか。なら『咳が出たらやめる』って約束、意味なかったな」


カイルは自嘲気味に呟いた。その約束は、ネマの命を守るため、二人で決めた一線だった。しかし、何の意味もなかった。


「……もしかしたら、関係あるかも」


ネマは考えながら言った。


「活力ポーションって、魔力と空気にすごく敏感なの。魔力に触れたら沈殿して、空気に触れたら分解される。だから、密閉して保管しなきゃいけないんだけど……」


ネマは少し間を置いて、ぽつりと続けた。


「……でも逆に言えば、空気が足りなかったら、成分は分解されずに残るってことだよね」


カイルが眉をひそめる。


「空気が……足りない?」


「お兄ちゃん、さっき言ってたよね。まず咳が出て、それから金色の輪が出るって。もし呼吸が苦しくて、ちゃんと空気を吸えてなかったら……体の中で分解されなくて、残っちゃってたのかも」


「そうだけど、今回は咳出てないだろ?」


ネマは、カイルの目をまっすぐ見て、ゆっくりと答えた。


「……でも、苦しかったよね、あのマスク」


「……あ」


カイルの中で、何かが繋がった。


呼吸が浅い状態で、活力ポーションを飲む。

分解されなかった成分が体内に残り、

そのまま魔力を受けて沈殿になる。


「……それが、金の輪の正体……?」


カイルはそう呟いた。


ネマは、まっすぐに頷いた。


「……たぶんね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ