1-6. ここをキャンプ地とする
長くなったので2話に分割して投稿します。
こちらが1話目です。
アッカがギルドから離れた後、レオと『燃ゆる爪刃』の4人は、野営の準備を行うため、都市の大通りを歩いていた。
「あいつ、初対面のやつ全員にアレ言ってんだ。だから、あんま気にすんなよ。駆け出しが黄金級を殺すことなんて、絶対に出来ねぇんだから」
「そうじゃぞ。それこそ『殺せそうなら殺す』ぐらいの気持ちでいれば良いのじゃ。ワシなんて、もし不死殺しの効果を持つ遺物を手に入れたら、ぜひ試し撃ちをして欲しいと言われたの」
道中、マロゥとモルブがレオを気遣ってそんなことを言った。先ほど、少年がアッカに『お願い』をされた際に、返答に困っていたからだろう。
そんな『行けたら行く』みたいな軽い感じで、殺人を宣言しても大丈夫なのだろうかとレオは思ったが、アッカが出会う人全てに『アレ』を言って回っていることを考えると、それでもいいような気がしてきた。
「『殺せそうなら殺す』ですか……分かりました。俺もそう考えることにします」
「あぁ、それでいい……着いたぞ」
ガルヴァスがレオの言葉に静かに頷き、目的地への到着を告げる。
ルヌラ辺境都市中央部に存在する商業地区の一角、市場の賑わいから少し離れた場所に、その店はあった。石造りの建物が並ぶ中で、一際年季の入った木造の店構えが目を引く。
入り口の上には、雨風に晒され、色褪せた木製の看板が掲げられていた。そこには掠れた文字で『炬火の足跡』と書かれている。簡素な焚き火のマークが、余ったスペースを埋めるようにして描かれていた。
扉は開け放たれており、獣の皮や燻製の匂いがかすかに漂ってくる。レオは3人の後に続くようにして入店した。
店の中には、旅人や冒険者向けの商品が無造作に並べられていた。粗く編まれた麻袋や、使い込まれた木箱の中に、縄や火打石、携帯食の干し肉などが詰め込まれている。
その隣には、毛布や毛皮などの寝具が積み上げられており、壁際を見ると、中古品の鍋や鉄串が吊るされていた。あちらこちらへと忙しなく視線を巡らせていたレオは、そのいかにもな品揃えに、胸を踊らせた。
奥の方にあるカウンターでは、粗布の前掛けをつけた店主らしき男が、何かを忙しなく整理している。彼は来客に気付くと、顔を上げ、手を拭いながらこちらの方へ視線を向けた。
「いらっしゃい。そっちの坊主は……新顔だな?」
店主は日に焼けた肌と、無精ひげが特徴の人族の男だった。年の頃は50代前後だろうか。
「はい、最近冒険者になったレオです。よろしくお願いします」
「こいつを連れて森の浅樹域へ行く。野営道具を一式揃えてやりたい。予定は2日を考えている」
レオが簡単な挨拶を済ませた後、ガルヴァスが用件を伝えると、褐色肌の男は「なるほどな」と頷きながら後ろにある棚の奥へと向かった。
「待たせたな」
数分後、彼がしっかりとした作りの革袋を持って来た。中には最低限の野営道具が揃っており、火打石と携帯用の鍋、簡易ランタンに小型のナイフ、10mほどある太めのロープや毛布などがコンパクトにまとめられ、詰め込まれていた。保存食として、干し肉や乾燥チーズも入っている。
「森の浅いところでの野営なら、これくらいで十分だろう。保存食は3日分しかないが、あそこには食べられるキノコや野草が多い。それに、魔物も食える」
「なるほど……これはいくらになりますか?」
「全部で銀貨三枚ってとこだな」
値段を尋ねる。どうしよう、足りない。レオの全財産は、昨日の依頼報酬込みで、銀貨2枚と大銅貨5枚だけだ。妖怪1足りないどころでは無い。大妖怪だ。
少年が金の入った巾着袋を叩いて、ビスケットの歌みたいにお金が増えないかなーと現実逃避をしていると、カウンターに3枚の銀貨が置かれた。それは、ガルヴァスの巾着袋から取り出されたものである。
「いや、これ以上お金を払ってもらう訳には……」
「なら、出世払いでいい」
「まいど! レオって言ったか? 貰えるもんは、貰える時に貰っとけ。冒険者はいつ死ぬか分からないからな。どうしても納得いかないんだったら、こいつの言う様に、ビッグになって倍返しすればいい。ま、貰うのと同じ理由で、返すのも早い方がいいけどな」
店主は素早くお金を受け取ると、そう言いながら、革袋をレオに持たせた。それは想定していたよりも僅かに重く、彼は少したたらを踏んでしまう。
ルヌラに来てから、多くのものを貰っている。貰いすぎていると少年は思った。それはもちろん、お金だけのことではない。何も返すことの出来ない自分が、情けなかった。
しかし、これ以上自分のちっぽけなプライドで、彼らの好意を無下にすることは出来ない。
だから、壮年の店主が言った通り、ビッグになって返していくしかないのだ。少ずつでも、確実に。
「……分かりました。絶対に倍返ししますからね! 覚悟の準備をしておいて下さい!」
「なんでちょっと喧嘩腰なんじゃ……」
「お前基本真面目だけど、たまに変になるよなぁ。毎朝変なモンでも食ってんのか?」
威勢よく変な口調で宣言したレオに、モルブが困惑の表情を浮かべ、マロゥがからかいを含んだ声音で呟く。
「あと必要なものは……薬類と雑貨だな。それを買ったら出発だ」
そんな彼らを静かに見据えつつ、鋼のような男は次の購入物を3人に伝えた。
『炬火の足跡』を後にする。他店で回復薬や細々とした雑貨などを購入し、荷造りを終えた彼らは、魔の森へと出立した。
◆◆◆
ガランシュトの樹海、その入り口。
昨日薬草採取を行った地点に到着すると、ガルヴァスが足を止め、レオに振り返った。
「ここからはお前にとって初めての本格的な森歩きだ。適当に歩けば迷うし、怪我をする。まずは基本からだ。しっかり覚えてくれ」
少し緊張しながらも、彼のその言葉にこくりと頷く。昨日と同じように、樹海の奥からは、異質な音が響いていた。一行は各々【消音】を唱えると、静かに森へと侵入する。そして、駆け出し冒険者に対する講習を始めた。
今日と明日の野営を終えれば、レオはついに1人で冒険を始めることになる。彼はゆっくりと息を吐き、緊張感を高めた。
「森を歩くときは、地形と目印を意識するのが大事だ。例えば、あの大きな曲がった木や、岩の形を記憶しておく。あとは、風の流れでも方角を見極められる」
そう言って、ガルヴァスは周囲の木々を指さした。確かに、一本だけ異様に太く、枝がねじれている木が目につく。
「浅樹域はまだ大丈夫だが、この森は奥へ深く行くほど、迷いやすくなる。そして、未だその最奥に辿り着いた者はいない…………一説によると、森には何かしらの幻惑魔法がかけられているらしい。だが、引き返す分には問題がないと言われている」
彼は少年に淡々と森に関する知識を披露していく。レオはそれらを全て聞き逃すまいと自身の集中力を総動員して、男の一挙手一投足、及びその発言を目と耳に焼き付けた。
後の野営で空き時間があれば、購入した木簡紙――パルプ紙のようなもの――にメモを残しておこうと考えながら。
「獣道もあるが、森にいるのはただの獣ではなく、魔物だ。道を通った先、もしくは背後に群れがいる可能性がある。慣れない内は入るな」
「分かりました。もし、道に迷ってしまったら、どうすればいいですか?」
感じた純粋な疑問を投げかける。当たり前だが、ここで疑問に思った点や、分かりにくかった点を放置してしまうと、それが死に直結してしまうのだ。そのため、分からないところは徹底的に潰しておいた方が良い。
「まず、一番やってはいけないことは闇雲に動くこと。次に、大きな音を立てたり、合図として煙を上げたりすることだ。これに関しては、普通の森でならば、やった方がいいことに入る。しかし、ここは魔の森だ。不用意に音や煙を立てれば、魔物が襲ってくる」
「じゃあ、どうすればいいですか?」
「闇雲に動いてはいけないと言ったが、音や煙などの合図が出せない以上、その場に留まることは、あまり現実的では無い。さっき話した目印や地形を頼りにして、戻れるならば戻った方がいい。これは目的を持った慎重な移動であるため、闇雲な行動には入らない。こんなふうに、予め自分で目印を付けておくことも有効だ」
「なるほど……」
ガルヴァスがすぐそこにあった枝を折って、わかりやすい目印をつける動作を見せた。
「足元にも注意しろ。落ち葉の下に小さな穴があったり、滑りやすい苔が生えていたりする。迂闊に踏み込むと、捻挫するぞ」
「はい……!」
「おぉ! こんなところにスナオジャナイ茸があるとは!」
レオは慎重に足を運びながら、ガルヴァスの言葉に返事をする。すると、彼らの後ろを着いて来ていたマロゥとモルブの内、最後尾のドワーフが突然声を上げた。
彼の手には、独特な形状をしたキノコらしきものが握られている。カサの部分は、燃え上がる炎のような色をしているのに対して、ヒダの方は目に痛いくらいの真っピンクだ。
「……なんですか? その変なキノコは?」
「これはの、食べた者が素直では無くなってしまうキノコなんじゃ。ちょうどうちのマロゥみたいな感じじゃな。毒キノコではあるが、味はかなり美味いぞ」
「名前通りですね……」
「はぁ!? 何言ってんだモルブ! レオに変なこと吹き込むんじゃねぇ!」
「事実じゃ。諦めろ」
レオがスナオジャナイ茸について尋ね、モルブがそれに答える。普段から仲間達に、素直じゃない判定をされている先輩冒犬者の遠吠えは、さらりと受け流された。
「そのキノコって、ツンデレの大量生産以外になんの需要があるんですか? 美味しいのなら物好きが食べるでしょうけど、それは一部の人だけですよね?」
「ツンデレ……? まぁ、レオ坊の言う通り、このキノコ本来の効能を目的に買う者は少ないの。だが、こいつはある特殊な処理を行って加工すると、とても強力な自白剤になるんじゃ。王国が帝国と戦争をしていた時は、バカスカ採取依頼が来ていたんじゃぞ」
「えぇ……」
こんなふざけた名前のキノコから、そんなモノが作られているとは。レオは自然の不可思議さとヒトの恐ろしさを同時に感じて、なんとも言えない呟きを漏らした。
◆◆◆
しばらく森を進み、少し木々が開けた場所に到着すると、ガルヴァスが手を挙げて他の3人の歩みを制止した。道中、魔狼や少鬼に遭遇したが、特に苦戦することも無く倒した。
小鬼は大人の腰ほどまでの身長しかなく、黄土色の肌にボロ布を纏った姿で現れた。手には鋭く尖った木の枝を持っていたが、どうやら群れとはぐれてしまった個体のようで、レオ1人でも簡単に対処することができた。
学園で得た戦闘経験は、対人のものではあれど、彼の冒険者としての活動に大いに役立っている。有難いことではあるのだが、少し複雑な気持ちだった。
「ここを野営地とする。地面の状態を確認した後、傾斜がなく、石や根が少ない場所を選んでくれ。それが終わったら、風避けを作る」
「はい!」
男の言葉に返事をして地面を見る。レオを含んだ4人は足元を慎重に確認しながら、寝床に適した場所を選んだ。やがて、ある程度平らな場所を見つけると、モルブが小石を払い、マロゥが落ち葉をどけていく。
その後に続くようにして、少年が土を軽く踏み固めた。ガルヴァスはその様子を見つつ、レオと共に土を固めると、ならされた地面をひと通り見て頷いた。
場所の確保を終えた彼らは、早速風避けの作製を始めた。ガルヴァスとマロゥが素早く枯れ枝を集めた後、モルブがドワーフの器用さを十全に発揮し、集められた枝を組んで簡単な防風壁を作製する。レオも協力し、蔦を使ってそれらを補強した。数十分後、即席で作ったものにしては、なかなか出来のいい風避けが完成した。
4人はそれを先ほどならした地面の周りに配置すると、その内側に各々の毛布や毛皮を広げた。地面の冷たさを和らげるために枯れ葉も敷く。これで後は火を起こすだけだ。
レオは彼らのキビキビとした動きを見ながら、必死にその動作を頭に叩き込んだ。気付けば、木々の枝葉から僅かに覗く空が、黄昏の色を孕み始めている。
「そろそろ火を起こすか」
少年と同じように空の色を確認したガルヴァスは、乾いた枝を削り、火打ち石を叩き始めた。彼らは先ほどから、魔法を使わずに野営の準備を行っている。その理由はひどく単純で、何か緊急事態があった際に、魔力を温存しておくためだ。
数分後、ガルヴァスの手元から弾けた小さな火花が、徐々に彼の目の前にある薪へと燃え移っていった。そしてそれは、やがて大きな炎となる。
ガルヴァスとモルブに火の番を任せると、レオとマロゥは近くにあるという小さな沢に、水を汲みに出かけた。