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1-7. 時の旅人

分割投稿の2話目です。

まだ読んでいない方は、「1-6. ここをキャンプ地とする」を読んでからご覧下さい。

「いいかぁ、レオ。生水は絶対にそのまま飲むなよ、腹ぁ下すからな。必ず沸かすか、ろ過してから使うんだぜ」

 

 『燃ゆる爪刃』が所有している2つの大きな皮袋の水筒を、マロゥと1つずつ持って歩く。ほぼ満杯となった水筒は、それなりの重さを伴っていた。

 

 「はい。俺もここに来るまで長旅だったので、生水が危険なのは知っています。水源の確保が期待できない場合は、薄いエールやワインを用意しておくんですよね」

 

 「わかってんなら大丈夫だ。っていうかお前、ここに来るまで結構カツカツだったんだろ? 食いもんとかはどうしてたんだ」

 

 「……えーっと、最初は魔法で水を作って……チビチビと……そのあとは、ちょっとした魔法を見せて、お客さんたちから少しずつご飯を貰ってました……」

 

 「まぁ、その……なんだ。大変だったな」

 

 「はい……」

 

 なんとも言えない沈黙が、2人の間に広がった。ちなみに、魔力は時間が経てば回復するのだが、そのためには適切な食事と睡眠をとる必要がある。また、魔法で作った水を飲んだとしても、生命維持自体は可能だが、魔力は回復しない。

 

 つまり、魔法で作った水を飲むという行為は、死への細やかな抵抗であると同時に、緩やかな自殺でもあるのだ。そのため、マロゥがレオに微妙な反応を返してしまったのも無理はない。むしろ、よく言葉を返せた方だろう。

 

 しばらくして野営地に戻ると、火の番をしているガルヴァスの横で、モルブが四角い箱のようなものを弄っていた。

 

 「戻りました……それ、なんですか? モルブさん」

 

 「おぉ、帰って来たか。これは【隠匿(ハイド)】と【消音(サイレンス)】、【香気偽装(アロマフロント)】の効果が付与された魔道具じゃ。これがないと魔物が寄ってきてしまうからの」

 

 「それって、ずっと使う訳には行かないんですか? 移動の時とか」

 

 「出来ないこともないが、無謀じゃな。魔力消費が激しすぎる。それに、この魔道具は半径数mの範囲にしか効果がないのじゃ。隠れて移動したとしても、ワシらが通ったところに足跡は残るし、枝を払えば痕跡が残る。それでは隠れている意味が無いし、魔力がもったいないじゃろう。つまり、野営の時にだけ大人しく使うのが一番安全という訳じゃ」


 「確かにそう考えると、使い所は今しかなさそうですね」

 

 レオは納得したように頷き、そう呟いた。その間にも作業を進めていたドワーフの戦士が、箱に付いているスイッチのようなものを押す。すると、透明な魔力の膜のようなものが少年の体を通り抜けて、上や横に広がっていくような感覚がした。

 

 それにつられて空を見ると、既に夜闇が辺りを覆い尽くしている。ただでさえ薄暗かった樹海は、黒いインクを全てぶちまけてしまったかのような濃い陰影に包まれていた。

 

 僅かに降り注ぐ月明かりと、揺らめく焚き火の影だけが、彼らを深い暗がりの中で照らし出していた。

 

 「飯にしよう」


 ガルヴァスがそう告げると、各々が干し肉や乾燥チーズ、硬パンを取り出し、火にかざした。レオもナイフの先端に肉を引っ掛け、焚き火に近づける。

 

 軽く炙ったそれは、脂がじんわりと滲み出し、香ばしい匂いを立ちのぼらせていた。噛めばほのかな塩気と凝縮された旨味が口いっぱいに広がり、噛むほどに肉の繊維がほどけていく。

 

 チーズも同様に、ナイフの先端に刺して炙る。表面がわずかにとろけ、芳醇な香りが漂った。それを硬パンに乗せて、肉と共に味わう。

 

 主にパンのせいで異常な歯応えが返ってくるが、干し肉の塩気とチーズの濃厚なコクと香りが絶妙に絡み合って、抜群のコンビネーションを発揮している。屋外で食べる料理の美味しさをレオは改めて知った。

 

 口の中に残った塩分を煮沸した沢の水で流し込む。確かな満足感が、胃の中で留まった。

 

 「見張りは交代で行う。最初はマロゥとモルブだ。頼めるか?」

 

 「おう、ちゃんと寝とけよ。お前ら」

 

 「任せるのじゃ、3時間経ったら起こすからの」

 

 食事を終えた後、『燃ゆる爪刃』のリーダーがそう言うと、犬獣人とドワーフの男は焚き火の傍に座った。ガルヴァスが毛布にくるまる。レオもそれに倣うようにして、敷いておいた毛皮に身体を横たえた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「レオ。起きろ」

 

 肩を揺すられて、瞼を上げる。すると、マロゥがこちらの顔を上から覗き込むようにして見ていた。

 

 「…………おはようございます」

 

 「おう。ガルヴァスはもう起きてる。俺は寝させてもらうぜ」

 

 「分かりました、おやすみなさい……」

 

 緩慢な動作で起き上がり、目を擦る。固くなった身体を、少し解してから立ち上がった。

 

 焚き火の傍に向かうと、ガルヴァスがこちらに背を向けて下を向いている。レオは彼が何をしているのか気になり、背後から近づいて肩越しにその手元を覗き込んだ。

 

 するとそこには、銀色のロケットの中にいる女性を、真剣な表情で見つめるガルヴァスがいた。その美しい女性は、白皙の肌と黄金に輝く長髪を持っており、大きな丸眼鏡をかけている。彼女の深い空色の瞳には、確かな知性が感じられた。

 

 「エルフの……女性?」

 

 「……っ!!」

 

 思わず、呟きが漏れてしまう。ガルヴァスは勢いよく振り返ると、パチリと銀の楕円形を閉じた。

 

 「す、すみません! つい気になってしまって……」


 レオはものすごい勢いで頭を下げる。咄嗟に【身体強化(フィジーク)】を使ったので、前世も合わせて人生で最速の謝罪だ。ヘッドスピードは音速を超えていたかもしれない。腰はきっちり90°に曲がっており、今すぐにでも直角定規に転生できそうであった。

 

 「……別に怒ってはいない、少し驚いただけだ。とりあえず座れ」

 

 「はい……」

 

 大男の対面に座る。森の深い闇のずっと向こうから、遠吠えが聞こえた。マロゥでないとすると、魔狼だろうか。そんなふざけた思考が、頭の中を巡る。ひどく気まずい静寂が、レオとガルヴァスの間を隔てていた。

 

 ごうと吹く風に、木々の枝葉が擦れ合う。熱と光を発する燎火が、凍える闇に覆われまいと、弾けるような音で抗っていた。

 

 どれくらいの時が経ったのだろう。

 

 永遠とも思えた沈黙が、半妖精(ハーフエルフ)の男によって破られた。

 

 「……………………フィレーネだ」

 

 「えっ?」

 

 「……ロケットの中にいた女の名前だ……婚約者だった」

 

 「っ!!」


 今度はレオが、その男の言葉に、大きく肩を跳ねさせた。『婚約者』という単語は、少年にとって未だ重要な意味をもつ。その言葉を聞いた瞬間、まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥るほどだ。翠緑の瞳が、また悲しそうな光を湛えてこちらを見た気がした。

 

 「どうした?」

 

 「……いえ、なんでもありません。その、いいんですか? 俺に話しても」

 

 「別に隠している訳では無い。あいつらも知っているしな」

 

 そう言って、一瞬だけ目線をモルブとマロゥに向けた男は言葉を続けた。

 

 「それに……お前には、話してもいいと……そう思った」

 

 「!!……ありがとう、ございます」

 

 彼の呟きに、レオはなんだか不思議な感覚を覚えた。

 

 この世界において、少年は今まで、誰かに嫌悪されることはあっても、信頼を向けられたことは無かった。それは自業自得であり、彼の過去の行いを鑑みれば、当然のことである。

 

 けれども、こんなことを言ってはいけないと思いつつも、やっぱり辛いものがあった。ずっと苦しかった。

 

 何かが胸に込み上げてくる。それは身体の奥に広がって、暖かな熱をレオに伝えた。

 

 そんな彼の様子を見ていたガルヴァスは、普段通りの落ち着いた声音で、なんてことの無いように口を開く。

 

 「ずっと昔、この森に小さな国があったことは知っているか?」

 

 「はい。えっと、確か……ルーヴェリエでしたっけ?」

 

 学園での世界史の授業か、はたまた実家に置いてあった書物で知ったのか。どちらかは覚えていないが、レオは記憶の隅にあったその国の名前を答えた。

 

 「そうだ。霊樹に抱かれしルーヴェリエ、遥かなる時のルーヴェリエ。吟遊詩人は皆そのように唄った」

 

 「……本に載っていました。とても大きな木、霊樹(イル・ナヴァール)というものがあって、その絶大な恩恵で豊かな暮らしを営んでいた、と。エルフの国で、あまり人族と交流がなかったらしいですね。記録も少ないそうです。もしかして、ガルヴァスさんはその国に住んでいたエルフの子孫なんですか?」

 

 500年ほど前、ルーヴェリエは一夜にして滅びた。そしてその原因は、未だ判明していない。資料が乏しすぎて、研究が全く進んでいないのだ。

 

 霊樹もその時に失われており、この500年間、その所在すら掴めていない。かの国に縁を持つエルフやハーフエルフは、やっきになって霊樹の捜索を続けている。在りし日の栄光を再び掴み取るために。

 

 ルヌラにエルフやハーフエルフの冒険者が多い理由には、このような背景があるのだ。

 

 そんな謎だらけの国ルーヴェリエだが、いくつか分かっていることもある。それは、かつて魔の森の中心部にあったということ。そして、魔の森にたびたび出現する遺跡は、かつてのルーヴェリエの都市、その残骸である可能性が高いということだ。

 

 その証拠に、ルーヴェリエの象徴である『双翼を持つ大樹』の意匠を持った構造物や布切れが、遺跡からいくつか見つかっている。また、彼らは高度な魔法文明を築いていたとされており、遺跡から発見される不思議な機能を持った数々の遺物(アーティファクト)が、この仮説を裏付ける一因となっている。

 

 「違う。子孫では無い」

 

 この世界のエルフの寿命は、レオが前世で見たアニメや漫画、ライトノベル作品などにおける設定よりもだいぶ短く、大体300~400年ほどである。ハーフエルフはもっと短く、150~170年程度だ。

 

 そのため、ガルヴァスがルーヴェリエの国に関係しているとすると、子孫以外にありえないと思ったのだが、どうやら違ったらしい。


「? じゃあ、フィレーネさんの方ですか?」


 彼の婚約者の名前を挙げてみる。しかし、ガルヴァスは首を横に振ってそれを否定した。続けて、男は言葉を選びつつ慎重に口を開く。

 

 「俺は、俺たち(・・・)は……そこ(・・)に住んでいたんだ」

 

 息を呑む音が、ガランシュトの闇に響いた。目を見開いたまま固まっている少年に、遥かなる時を越えた旅人は、静かにその答えを告げる。

 

 「俺は……500年前からここに来た」

 

 にわかに吹きおろす旋風が、力強く篝火を揺らした。

助けてください。何回読んでもガルヴァスさんがヒロインにしか見えません。


ですが、大丈夫です。安心してください。ハーレムタグは嘘じゃないです。


もう既にヒロイン候補が3人ほど登場しております。誰か予想をしながら読んでいただけると嬉しいです。

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