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1-8. ハードラック・ダンシング

「…………えっと、それってつまりタイムスリップ……じゃなくて……500年前からこの時代に、時を越えて移動してきたっていうことで合っていますか?」

 

 先ほどのガルヴァスの発言を、なんとか呑み込んで質問する。まさかの事実に、一瞬脳の処理が追いつかなかったが、レオには娯楽やエンタメに溢れていた前世の知識が存在する。そのため、タイムスリップという現象自体の理解は早かった。

 

 また、彼が長男だったことも関係あるだろう。きっと次男では、この情報を受け止め切ることはできなかった。

 

 「あまり驚いていないな。あそこで寝ている2人はこの話をした時、とても面白い顔をしていたぞ」

 

 決定的な一言を放った当の本人は、火に薪をくべると、意外そうな表情でレオを見た。そして、何かを思い出すようにしながら、彼の質問に答える。

 

 「……移動したというのには少し語弊がある。正確に言うと俺は『深い眠りから目覚めたと思ったら、創暦1315年のルヌラの治療院にいた』ということになる。自ら進んで移動した訳では無い」

 

 「なるほど……創暦1315年というと、今からちょうど10年前ですよね……しかも治療院で目覚めたんですか?」

 

 「そうだ。どうやら俺は、遺跡の中で倒れている所を発見されて、治療院に運ばれたらしい」

 

 治療院というのは、教会が運営している治療施設だ。特殊属性に分類される光属性、その中でも回復魔法を扱うことのできる僧侶(プリースト)を擁しており、彼らにお布施を渡すことによって治療を受けることができる。

 

 値段は回復薬(ポーション)よりも高価だが、高位の僧侶ともなると、四肢の欠損修復や状態異常の回復、簡単な呪いの解呪などが可能となる。そのため、治療院の前には毎日行列ができているのだ。

 

 ちなみに、回復魔法を扱うためには特殊な才能が必要となるため、僧侶の需要は高いにもかかわらず、その絶対数は少ない。加えて、回復魔法は使い手のほとんどが女性であるため、冒険者業界においても圧倒的に数が不足していた。

 

 そこまで考えて、レオは治療院に関する思考を打ち切る。今はそれよりもガルヴァスのことの方が重要だ。

 

 「……その後はどうしたんですか?」


 「治療院の連中は、俺のことを『身元不明の男』として扱った。何も知らないまま遺跡で倒れていたのだから当然だな。目覚めた俺は、彼らの質問に正直に答えたが……とうてい信じて貰えなかった。服はズタボロで、物的証拠が何も無かったことが良くなかったのだろう。その結果、俺は500年前の国に住んでいたと主張する頭のおかしい奴になった」


 過去から送られてきた(・・・・・・)男は、火を見つめながらさらに言葉を続ける。


 「その後、俺はしばらく治療院に世話になりながら、様々な情報を集めた。そして、ルーヴェリエがとっくに滅んでいること。霊樹が失われ、今尚見つかっていないことを知った」

 

 そう語った彼の横顔には、複雑な感情が見え隠れしている。その胸中を推し量ることは、たとえ30年以上の人生経験を持つレオであっても難しかった。

 

 「……この時代で目覚めた理由について、何か心当たりはありませんか?」

 

 少年は、先ほどから気になっていた『事』の核心について尋ねた。結局、なぜガルヴァスが500年後に送られてしまったのか。すべての疑問はそこに収束する。

 

 「分からない。だが、俺の知っている人物でこんなことが出来る奴は、一人しかいない」


 「その人物というのは?」

 

 「フィレーネだ。彼女は停滞と保存に関する魔法が得意だった。俺は、あの日確かに彼女と会っていた……はずだ」

 

 「はず?」

 

 「あぁ。500年前、故郷で彼女と共に過ごした記憶は、全て昨日のことのように思い出せる。だが、ルーヴェリエが滅んだあの日。あの最後の日の記憶だけが、どうしても思い出せない」

 

 大男はこめかみを押さえながら呟く。彼の今までの発言から、レオはガルヴァスの身に起こったことを1つずつ整理してみた。

 

 500年後の世界で目覚め、記憶は肝心な部分だけ抜け落ちている。彼を未来へと送った人物として、婚約者のフィレーネが考えられるが、その目的は不明であり、本人は停滞と保存の魔法を得意としている。

 

 補足として、停滞と保存は、闇属性の魔法によく見られる性質であり、この世界では主に食料や物体の保存などに使用されている。

 

 とりあえず、ざっと頭の中でまとめてみたが、やはり情報が少ない。一応、フィレーネの得意魔法が判明したことで、ガルヴァスがタイムスリップではなく、コールドスリープのような状態で500年間保存されていたかもしれないという推測を立てることは出来るが、本当にそれが合っているのかどうか、レオには確認する術がない。

 

 結局、ガルヴァスが思い出すことの出来ない、最後の日とやらの記憶が、一番重要になってきそうだという当たり前のことしか分からなかった。


 「うーん……すみません。少し考えてみたんですけど、やっぱり最後の日とやらの記憶が重要そうだなということしか分かりませんでした」

 

 「気にするな。別に意見を求めた訳じゃない。俺が話したいと思ったから、話しただけだ」

 

 パチリと薪の弾けた音が響く。

 

 「……それで、色々なことを調べた後に冒険者になったんですか?」


 「そうだ……俺は……霊樹なんか、どうでもいい。ただ、あの日の出来事と、フィレーネの所在。それを知るために冒険者になった。この10年で色々世界を見て回ってきたが、俺の求める答えは全て魔の森(此処)にあると、そう思っている。彼女はもう生きていないかもしれないが……たとえそうであったとしても、きちんと供養してやりたい」

 

 「……そう……ですね」

 

 ガルヴァスの過去と冒険者になった理由。それを聞いた少年は、何かを言おうとして、ただ曖昧な呟きを返すことしかできなかった。

 

 どこまでいっても結局、レオとガルヴァスは他人だ。彼の気持ちを完璧に理解することなんて、少年にはできない。だからこそ、レオは安易な同情を含んだ言葉で、彼の心を分かったような気になることだけは嫌だった。

 

 「今さらだが……本当に信じてくれているんだな。俺は結局、何も証拠を出せていない。自分でも時折、本当はこの記憶が全て偽物なんじゃないかと思ってしまう時がある」

 

 ガルヴァスのその言葉に、レオは少しだけ考えてから答える。

 

 「確かに、証拠が無いのはそうです。でも、ガルヴァスさんがここで嘘をつく理由が見当たりません。『駆け出しを脅して緊張感を持ってもらう』とかなら考えられなくもないですけど、それにしたって話のスケールが大きすぎます」

 

 「そ、そうか」

 

 「記憶の方は……疑い出してしまったらキリがないので、全て事実であるという前提で考えてしまいましょう。もし、全て嘘だったとしても、ガルヴァスさんの記憶をいじった何某かは、ルーヴェリエと関係している可能性が高いと思います。なので、最後の日とフィレーネさんの行方を調べていく内に、その人物にたどり着けるかも知れません……俺に言われるまでもなく、もう既に色々調べているとは思いますが……」

 

 急に早口で喋りだした少年に若干困惑しつつも、半妖精(ハーフエルフ)の男は、レオの言葉に目を丸くした。そして――

 

 「っ……すまん、ふっ……はははは!」

 

 「えっ!? な、なんですか!?」

 

 「いや、俺の話を聞いて、こんなに真剣に対策を考える奴は久しぶりだったからな、つい」

 

 「えぇ!? 俺、めちゃくちゃ真剣に考えた――」

 

 「ありがとう」

 

 ――顔を綻ばせながら、駆け出しの少年の言葉に被せるようにして、そう零した。

 

 その笑顔はまるで、無邪気な子供のようで。

 

 ガルヴァスを問いただそうとしていたレオは、完全に勢いを削がれてしまった。そして、一旦冷静になると、あることに気付く。気付いてしまった。

 

 『冒険者の過去は詮索しない』

 

 これは、わざわざルールやマナーにすらならない、暗黙の了解だ。冒険者になる者はそのほとんどが訳ありで、人には言えないような過去を持っていることが多い。そのため、彼らは普段から、そっち方面の話を避けている節がある。

 

 だが今、レオはガルヴァスの過去を、理由を聞いた。聞いてしまった。もちろん、彼にそんな意図はないことは分かっているし、そもそも最初の発端はレオが彼の手元を覗き込んでしまったことに起因する。ガルヴァスはむしろ被害者だと言ってもいい。

 

 そして、そう考えると尚更、ガルヴァスだけが過去を語り、己が語らないのは不公平だとレオは思ってしまった。

 

 唾を飲み込む。冷たい汗が、背中から滲んだ。

 

 怖い。

 

 彼がレオの過去を聞いて、どんな反応を示すのか、それを考えるだけでも手が震えてくる。

 

 やっぱり、嫌われるだろうか。お前は最低な人間だと、罵られてしまうだろうか。それとも、レオのありきたりな予想を超えるような言葉が飛び出してくるのだろうか。

 

 口の中の水分が、時間とともに失われていく。

 

 早く、言わなければ。

 

 乾ききった唇を開く。震え出す声を制御出来ないまま、少年が言葉を紡ごうとした、その時。

 

 「話し込んでおるところ悪いが、そろそろ交代の時間じゃ」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、ドワーフの戦士が目を擦りながら、焚き火を囲む2人にそう言った。

 

 「もうそんなに経っていたか。わかった、交代しよう」


 「は……い……」 

 

 ガルヴァスが答え、目の前を離れていく。レオも掠れきった声でなんとか返事をすると、毛布にくるまった。

 

 目を閉じる。しかし、その日はもう、眠りにつくことはできなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「レオ坊! そっちじゃ!」

 

 「はい!」

 

 逃げ惑う四足歩行の生物を追い込み、盾を叩きつける。野営地の片付けか終わった後、彼らの前に偶然姿を現した魔物――蜜晶魔(ミーツ)――は、その身に纏った結晶質の殻を砕け散らせて、地面の染みとなった。

 

 2日目の朝。講習最後の日。

 

 結局、レオとガルヴァスの昨晩の見張りは1回だけで終わった。パーティ内での睡眠時間の偏りが酷いことになっているが、もし次の依頼で野営が必要になった場合、今度はマロゥとモルブどちらかの睡眠時間が長くなるように順番を調整するらしい。

 

 「レオ! 潰すともったいねぇからあんま潰すなって言っただろ! 次は頼むぜ!」

 

 「はい! すみません! 気を付けます!」

 

 マロゥの注意に、寝不足の頭で返す。

 

 蜜晶魔は、魔の森の浅樹域に生息する体調約1mほどの魔物だ。その見た目は、クリスタルのような輝きを持つ甲殻に覆われた、四足獣のような姿をしている。細長い体を持ち、尻尾の先には透明な球体が付いているのが特徴的だ。

 

 この球体は、蜜晶魔が体内で生成する『魔蜜(ネクタ)』を溜めるための器官であり、熟成が進むと琥珀色の輝きを帯びる。魔蜜は栄養価が非常に高く、甘みが強いため、天然の甘味として重宝されている。前世で言うところの蜂蜜みたいなものだ。

 

 また、蜜には魔力が含まれているため、魔力回復薬(マナポーション)の材料にもなる。魔蜜を直接舐めることでも、若干量の魔力を回復することが出来た。

 

 レオは手癖で魔物を潰してしまったことを反省しつつ、その残数を確認する。木の上に一匹と草むらに一匹。次いで、何かを放ったような鋭い音が真後ろから聞こえた。素早く半回転し、飛来してきた晶針(・・)の側面を盾で砕いて破壊する。飛び散った蒼白の晶片が、朝日を反射してキラキラと輝いた。

 

 彼らは敵対者に対して、甲殻の一部を変化させることで形成した結晶の針を射出する。それは非常に鋭い飛び道具であり、鉄の鎧すら貫いてしまうほどだ。しかし、側面からの打撃には弱く、衝撃を与えると簡単に砕けてしまうため、【身体強化(フィジーク)】で動体視力や聴覚、反応速度を強化した冒険者にはあまり通用しない。

 

 レオは針を打ち込んできた個体にあっさりと肉薄すると、その左目に剣を深く差し込み、躊躇無く捻った。そして素早く離脱する。頭蓋の内側から脳みそをぐちゃぐちゃに掻き回された蜜晶魔は、一瞬だけ痙攣すると、倒れてピクリとも動かなくなってしまった。

 

 「おっ! 今度は潰さねぇように倒せたみてぇだな」

 

 マロゥが別の蜜晶魔を担ぎながらレオに近づく。どうやら残っていた魔物は彼らが全て倒してしまったようだ。

 

 「しっかし、こんなことで蜜晶魔が見つかるなんてよ。浅樹域でももう少し進んだところによく出るから、ラッキーだな。レオ、これ飲んでみろ。うまいぞ」

 

 彼は手馴れたように魔物を解体すると、蜜晶魔の尻尾の先に付いていた琥珀色の球体をレオに差し出した。

 

 「皮に切れ込みを入れて垂れてきた蜜を飲むんだ。あんまり大きく切るなよ? 全部流れていっちまうからな」

 

 マロゥの言う通りに、ナイフで中くらいの傷を付ける。そして、球体を逆さまにすると、黄金に輝く粘性の高い液体がとろりと垂れ落ちてきた。落下地点を予想し、口に含む。

 

 素朴な甘さが、寝不足の身体にじんわりと染み渡る。

 

 それを見ていた犬獣人も、魔蜜を口に入れて相好を崩した。ガルヴァスとモルブも、魔物を担いで2人の方へ近づいてくる。レオはバカみたいに口を開けながらも、いつどこで自分の過去をガルヴァスに打ち明けるか悩んでいた。

 

 この講習が終われば、レオは1人で冒険を始めなければならない。誰かとパーティを組むにしたって、最初の方は1人で依頼をこなすことが多くなるだろう。同じルヌラのギルドに所属しているとはいえ、鋼級冒険者パーティである『燃ゆる爪刃』との関わりはほぼ無くなる。というか、レオが遠慮してしまって声を掛け辛くなってしまうのだ。

 

 そのため、できるならば今日のうちに話しておきたい。そう思って、何か良い案はないかと思考に耽る。

 

 まさにその時。

 

 とてつもない魔力の奔流が、瞬く間に辺り一帯を呑み込んだ。

 

 「えっ!?」

 

 「なっ……!?」

 

 「なんじゃっ!?」

 

 「っ……!! 間に合わん!頭を守れ!【身体強――」

 

 レオ、マロゥ、モルブがそれぞれ驚愕を露わにする。ガルヴァスが咄嗟に呼びかけるが、時すでに遅く、吹き荒れる強力な魔力が作り出した奈落に、4人は1人残らず吸い込まれていってしまった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

  

 落ちる。

 

 

 

 墜ちる。

 

 

 

 堕ちる。

 

 

 

 果てのない暗闇の底へ。淀み霞む、認知の奥へ。

 

 『ねぇ。前世を思い出して、救われたと思った? 皆に優しくされて、此処でならやり直せるかもって思ってた?』

 

 声が聞こえる。どこか無邪気で、悪意と憎悪に塗れた声。レオはその声に聞き覚えがあった。

 

 『無理だよ。だって、過去は消えない。お前がやってきたことは到底、許されることじゃない』

 

 そんなの、分かっている。だから反省して、ケジメをつけた。婚約を破棄して、家を出たんだ。十分では無いかもしれないけれど、レオン(自分)はできることをやった。

 

 『逃げ出した、の間違いだろ? 殺されそうになって、それが嫌で。そうやって逃げた先で、お前はまた人を傷つけるんだ』

 

 声が鬱陶しい。それはまるでレオンの心を見透かしているかのように、彼が今一番言われたくない言葉を吐き出す。一体、なんなのだろうか。自分はもう、誰にも迷惑をかけるつもりなんてない。必ずビッグになって、恩を返すと決めたのだ。

 

 『……そう。じゃあ、せいぜい頑張れば? でも、きっとすぐに分かるよ。だって、人は変われない。お前は結局、また()になる』

 

 絶望と諦観の日々(幼いレオン)が、(レオン)のことを嘲笑った。

 

 

 

 落ちる。

 

 

 

 墜ちる。

 

 

 

 堕ちる。

 

 

 

 闇は未だに、彼を深く覆い尽くしていた。

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