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1-5. 薬(草シ)チューと黄金級

明日投稿予定だったのですが、忙しくなりそうだったので、来週分の投稿を前倒しします。ご容赦ください。

「眠る赤獅子」、そのテーブル席の一角にて。

 

 「こ、これは……」

 

 今、レオの目の前には、湯気と共に独特な香りを漂わせている薬草のシチューがあった。「眠る赤獅子」には、食材を自ら持ち込むことで普段より安い値段で料理をしてもらえるサービスがある。それを利用してみろとマロゥに言われた結果がこれだ。採取依頼で余った薬草を全て入れているせいか、その色味はびっくりするほど真緑になっていた。

 

 「いやー、懐かしいなぁ。薬草シチュー。食ってみな、飛ぶぞ?」

 

 ドヤ顔をするマロゥ。正直すごくその顔面を殴りたい気持ちが湧き上がってきたが、ここはグッとこらえる。実際、匂いは独特だが、食欲をそそると言える範疇だ。少年は恐る恐るシチューを木製のスプーンで掬い取ると、緩慢な動作で口に運んだ。

 

 「……っ!……?……普通に美味しいですね」

 

 正直、拍子抜けと言ってもいい。確かに、独特の風味はあるのだが、ひとたび口に入れれば薬草同士がお互いの癖を補い合って、素晴らしいハーモーニーを舌上で奏でている。

 

 「だろ? まぁ面白いのはここからなんだけどな!」

 

 味に問題がないとすると、やはり効能の方に何かあるのだろう。というか、精力剤の原料になる薬草も全部ぶち込んでいるのだ。マロゥがニヤニヤしているのは絶対そっち関係のことだろうとレオは訝しんだ。卑しい犬獣人である。

 

 出されたものは必ず食べ切る主義であるため、たとえ結末が見え透いていたとしても、端からシチューを残すという選択肢は無い。レオは覚悟を決めると、器を両手でガシリと掴み、中身を一気に胃の中へと流し込んだ。

 

 「まじか! こいつ、やりやがった!」

 

 「まずいぞ」

 

 「レオ坊! そんなに一気に飲んでは……」

 

 「ふぅ、効能見てから完飲余裕でした」

 

 マロゥが驚き、ガルヴァスが焦る。モルブは少年の突飛な行動に慄いていた。空になった器が、テーブルの上に置かれる。すると、レオの体がだんだんと熱くなってきた。効き目が早すぎる。

 

 「っ……!!」

 

 心拍が速まり、血流が加速する。そして、その熱は体の一部分へと収束していった。自然と体勢が前のめりになってしまう。

 

 「レオ、大丈夫か? とりあえず、水を飲んだ方がいい」

 

 「くっ、殺せ……!」

 

 ガルヴァスがレオの身を案じるが、彼にはそれに返す余裕が無い。無意識的に女騎士のようなセリフを吐いてしまうほどだ。

 

 「おいマロゥ! どうするんじゃ! レオ坊がゴブリンに辱めを受けておる女騎士のようなことを言い出したぞ! なんとかせぃ!」

 

 「まぁそう慌てなさんな。お前らだって駆け出しの貧乏な時に薬草シチューは飲んでただろ? そん時どうしてた? 思い出せ」

 

 「……それは、まぁ……ちと娼館にな」

 

 「俺は疲れて気絶するまで、鎮静効果のある薬草を口に入れながら、中庭で夜通し剣を振っていたな」

 

 「……剣バカは置いとくとして。モルブの言う通り娼館だよ娼館! レオのやつ昨日経験あるのか聞いたら『ど、ど、童貞ちゃうわ!』とかパニクってたんだぜ? 俺たちゃいつ死ぬか分からない冒険者だ。なったのは自己責任だとしても、未経験ってのは可哀想だろ。これは先輩なりのお節介ってやつだぜ」

 

 マロゥはそう捲し立てると、レオの肩に腕を回した。そして、穢れを知らぬ聖人のような純粋な眼で彼に語り掛ける。

 

 「なぁ、レオ。卒業しよう。オススメのとこ教えてやるから」

 

 「あうあう」

 

 少年の意識は既に朦朧としていた。頭が湯だって熱くてしょうがない。早くこの欲求を適当なところにぶつけて解消したいと強く思った。肩を組んできた二足歩行のビーグル犬が、お前の欲求を発散できるところに連れて行ってやると吠えている。

 

 あぁ、もう全てこの頼りになる犬の人に任せてしまおう。そうすれば全てうまくいく。レオは一皮むけて新しい自分になれるのだ。思考が解けていく、よろよろと立ち上がって、人語を解する珍しい犬に付いていこうとした、まさにその時。

 

 『貴方のことは初めて出会った時から嫌いでした。さようなら』

 

 蜂蜜色の豊かな髪と翠緑の瞳を持つ美しい少女が、溶けた脳の中で像を結んだ。

 

 彼女はその時、冷ややかな目をしていたはずだ。そのはずなのに、なぜか頭の中の彼女はとても苦しそうで、悲しそうな顔をしていた。

 

 どこで間違えてしまったのか。

 

 最初にリリアと顔を合わせたのは、レオに固有魔法が無いと判明する1週間前のことだった。その時から既に嫌われていたのだろうか。

 

 いや、違う。

 

 あの時はお互いに印象が良かったはずだ。レオは一目で彼女に心を奪われて、少女の方もその花のようなかんばせを朱色に染めて笑っていた。その笑顔が可愛くて、ずっと見ていたいと思った。

 

 しかし、それが叶うことはなかった。

 

 やはり、全てが狂ったのは固有魔法が無いと分かったあの日からだ。彼はそれまで優しかった全ての人に裏切られて塞ぎ込んだ。心が擦り切れて、憎しみが生まれた。

 

 しばらくして彼女が会いに来て、彼を励まそうと花を贈ってくれた。お父様とお母様と屋敷のみんなで育てた大事な花だと言っていた。そして、レオの気持ちを家族にちゃんと伝えて話し合えば、貴方たちもまた私の家族みたいに(・・・・・・・・)仲良くなれると言った。もちろん彼女は、婚約者の固有魔法のことについて何も知らない。

 

 レオはそれを聞いて、彼女に貰った花を目の前でグチャグチャに引き裂いた。

 

 お前にレオン(・・・)の何が分かる。父に、母に、使用人に、ゴミを見るような目を、殺意を籠った目を向けられたレオンの何が分かる。固有魔法が有って家族にも愛されているお前に、一体何が……!!

 

 膨れ上がった憎悪は、幼いレオンには、とうてい制御出来るものでは無かった。するつもりもなかった。

 

 少女はただ泣いていた。蹲って、その美しい顔を深い悲しみに歪めながら。

 

 そうだ。お前()が彼女を傷つけた。レオン(レオ)が彼女の笑顔を奪ったのだ。

 

 だから、お前(レオン)には、彼女を傷つけたお前(レオ)には、誰かを愛することも、誰かと肌を重ねることも許されない――――――。

 

 「……いいです」

 

 「ん? どうしたんだ? 後輩?」

 

 「娼館……いかなくて……いいです」

 

 「なんでだ!? せっかく卒業するチャンスだぞ?」

 

 「実は……心に……決めた人が……」

 

 たどたどしく言葉を紡ぐ。歪な思いには蓋をして、もっともらしい理由で誤魔化した。しかし、レオの目だけは、嘘偽りなくマロゥをただじっと見つめている。

 

 ギンギンである。

 

 その瞳には、ドラゴンの鱗よりも固い意思が垣間見えた。

 

 「……あーー、わーったよ。そこまで意思がガチガチギンギンじゃしょうがねぇ。だが、卒業したくなったらいつでも言えよ? このマロゥ大先輩がとっときのとこを紹介してやるからよ!」

 

 そう言うと、先輩犬は再びレオの肩に腕を回して、ガハハと笑った。レオもつられてガハハと笑う。ちなみに、未だ欲求自体は全然収まっていない。なけなしの理性と体がちぎれ飛ぶほどの罪悪感で耐えているだけだ。

 

 「娼館に行かないのは良いとして。レオのこの状態はどうするんじゃ。このままだと興奮しすぎて、誰の上にも乗っていないのに腹上死してしまうぞ。何かで発散させなければならん」

 

 モルブが恐ろしいことを言ってくる。その死に方は『そんな理由で死にたくないランキング』というものがあれば、絶対に5年連続で殿堂入りしているだろう。

 

 しかし、それが実際問題現実に起こりそうになっている。レオは背中にじっとりと嫌な汗をかき始めた。

 

 「なら、剣を振ればいい。俺が付き合ってやる」

 

 レオはこの時のガルヴァスの頼もしさを、一生忘れることは無いだろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 剣を振る。ただひたすらに、自身の求める理想の軌跡を思い浮かべて。

 

 もう既に日は沈み、ギルドの中庭は闇に包まれていた。レオの生み出した下手くそな【灯火(トーチ)】の魔法だけが、2人の周囲を照らしている。マロゥとモルブは、明日の講習に備えて早々に眠りについてしまった。

 

 レオは素振りが好きだった。自己に埋没し、1つの完成形を追い求め、試行錯誤する。理想との距離を知り、ひと振り毎にその差を僅かに埋めていく感覚が心地いい。

 

 「……今のところ。もう少し肩の力を抜いた方がいい」

 

 「はい」

 

 ガルヴァスに言われた通りに剣を振るう。ほどよく脱力することで、明らかに剣速が速くなる。音も先ほどまでとは異なっていた。

 

 「気分はどうだ?」

 

 「だいぶスッキリしました」

 

 鎮静効果のある薬草を口に含みながら答える。剣を振り始めてから約3時間が経過しており、どろどろに解れていた頭は、綺麗さっぱり元通りになっていた。

 

 「そうか。なら、もう充分だろう。明日も講習がある」

 

 「確か、魔の森の浅樹域での野営ですよね?」

 

 「そうだ。簡易的な拠点構築から樹海の歩き方、遭難した時の対処法などを教える。ルヌラの冒険者には必須のスキルだ。しっかり見て覚えてくれ」

 

 「分かりました。午前中に準備して、午後に出発ですよね?」

 

 「あぁ」

 

 明日の予定を確認した後、素振りに使用していた木剣を片付ける。2人の間にはどこか心地の良い静寂が横たわっていた。

 

 宿に戻る道中、レオはずっと気になっていたことをガルヴァスに尋ねた。

 

 「あの、もし失礼だったら失礼って言ってもらっていいんですけど……」

 

 「何だ」

 

 「ガルヴァスさんって、人族と亜人族とのハーフなのかなって」

 

 「そうだ。半分、エルフの血が混ざっている。それがどうかしたか?」

 

 「いやそのっ、だからどうとかではなくて純粋に気になっていたと言いますか……」


 (やま)しいことなどないのに、ついあたふたしてしまう。その様子を見たガルヴァスは、ふっと気の抜けたような笑みを漏らした。

 

 「?」

 

 「すまん、俺が悪かった。少し神経質になりすぎていたようだ。ずっと昔、半端者は何処に行っても邪魔者扱いだったからな。その時の警戒癖が、まだ抜けきっていないんだ」 

 

 そう語った彼の顔はどこか寂しげで、何故かレオの方が悲しくなった。だから。

 

 「ガルヴァスさんは、半端者なんかじゃないです。めっちゃ強いし、パーティみんな良い人だし、教え方も上手いし、頼りになるし、マロゥさんはドリブルが上手いです」

 

 「ドリブル……?」

 

 「と、とにかく! 自分のことを半端者だなんて言わないでください。いくらガルヴァスさん本人でもこの俺が許しませんから。もちろん、もし他の人が言ってきたらボコボコのギッタギタですよ!」

 

 右腕で力こぶを作ってそのカチカチ具合をアピールする。その言葉を聞いたガルヴァスの目が、大きく見開かれた。そして、彼の顔に柔らかな笑みが浮かぶ。

 

 「そうか……」

 

 「はい」

 

 「ありがとう。レオ」

 

 「……いえ。ではまた明日、よろしくお願いします」

 

 「あぁ」

 

 いつの間にか、彼らはレオの宿の目の前まで来ていた。ガルヴァスに挨拶をして別れる。軽く体を拭き、少し硬い寝床の中に潜り込んで目を閉じた。

 

 なんだか今日は、よく眠れそうな気がした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 翌朝、早朝のギルドには昨日よりも多くの人が集まっていた。一体何があったのだろうと、人集りをかき分けて中へと進む。

 

 「黄金級が来てるってホントか?」

 

 「あぁ、あの不気味な格好。アッカに違いねぇ」

 

 「アッカって、『呪纏(じゅてん)』のアッカか!? 登録初日にドラゴンを半殺しにしたって言うあの!?」

 

 「そうだ。とんでもねぇイカレ野郎らしい」

 

 人混みにいる数人の呟きを拾ったレオは、この状況の原因をなんとなく掴んだ。黄金級は、最も上の冒険者の等級であり、その称号を持つ冒険者は、世界に数人しかいないと言われている。


 具体的な人数は公開されておらず、今のところ存在が判明しているのは「『呪纏』のアッカ」と「『絶竜煌(ぜつりゅうおう)』ラグナス・ヴォルティア」の2人だけだ。

 

 先ほど聞こえてきた言葉から推察するに、黄金級の1人である『呪纏』のアッカが、ルヌラの冒険者ギルドに姿を現したのだろう。そのため、滅多に見られないその姿をひと目見ようと、こんなに人が集まっているのだ。

 

 人垣を抜け、ロビーへと侵入する。『燃ゆる爪刃』の3人が、見知らぬ人物と簡易的なテーブルを囲んでいた。

 

 その人物は、不気味な存在感を放っていた。所々、赤黒い染みが広がっている擦り切れた黒いローブに、目深く被ったフードの内側から覗く、枯れ木のように傷んだ髪。顔は全体を覆う鳥の嘴にも見えるマスク――レオの前世で言うところのペストマスクのようなもので隠している。武器の類は見当たらない。

 

 総じて、全体的に黒くて不気味な風体だ。冒険者でなければ間違いなく、通報案件である。また、異様なのはそれだけではない。彼の周りの空気が比喩ではなく、本当に澱んでいるようにレオには見えた。彼の二つ名に関係しているのだろうか。

 

 このままずっと観察している訳にもいかないため、とりあえずガルヴァスに声を掛ける。

 

 「すみません。遅れました」


 「来たか」


 「よう」


 「混んでたじゃろ」

 

 『燃ゆる爪刃』の3人が反応し、ペストマスクの人物がこちらを向く。レオはその人物の正体に当たりをつけつつも、頭を下げて挨拶をした。


 「昨日冒険者になったレオと言います。初めまして」

 

 「初゛め゛ま゛し゛て゛、レ゛オ゛。私゛は゛ア゛ッ゛カ゛。今゛ち゛ょ゛う゛ど、貴゛方゛の゛こ゛と゛を゛ガル゛ヴァ゛ス゛か゛ら゛聞゛い゛て゛い゛ま゛し゛た゛」

 

 背筋を茨で撫でられたような不快感が、臓腑の奥から込み上げてくる。その醜くザラついた声音は、人のものとは思えぬような、この世で最もおぞましい響きを伴ってレオの脳内に反響した。

 

 「……っ!! すいませっ……!」

 

 口を押さえて、胃からせり上がってきた嘔吐感を飲み下す。顔を上げると、アッカ以外の3人および、テーブルの近くにいた冒険者たちも口を押さえて、嘔吐を懸命に堪えていた。いち早く立ち直ったガルヴァスが彼に苦言を呈す。

 

 「……っ! アッカ……気をつけろ」

 

 《すみません。私としたことが、つい興奮してしまいました。でも、仕方ないじゃないですか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、今目の前にあるのですから》

 

 「殺す……?」

 

 アッカは指先に魔力を集めると、手慣れた様子で魔力に色を付け、空中に文字を描いた。これが普段の会話スタイルなのだろう。それにしても、彼を殺す可能性とはどういうことか。その疑問が思わず口をついて出てしまう。

 

 《そうです。私は呪いによって、不死になってしまっています。だから、いつか死にたいと思った時に死ねるように、私を殺すことのできる存在を探しているのです。今回、私がルヌラに来た理由もそれです。貴方たちが発見した、新種の魔物と疑われる痕跡。それを調べて、私を殺せる魔物なのかどうか、知りたいのです》

 

 新種と聞いてレオが思い浮かべたのは、昨日彼が討伐した魔狼(フェン)に空いていた穴のことだ。すぐに調査を行うとギルドは言っていたが、まさか昨日の今日で、黄金級がやってくるとは予想できない。

 

 「魔物ごときがお前を殺せる訳が無いと、俺は思うが」

 

 《それは、実際に確かめてみるまで分かりません。それこそ、私には腐るほど時間があります。いつかきっと、素敵な未知が私のことを殺してくれるでしょう》

 

 アッカは希望に満ちた様子でそう綴ると、駆け出しの少年の方に向き直った。

 

 《だから、レオ。いつか呪纏(わたし)を殺してくださいね》

 

 「……」

 

 そのお願いに、レオはどう答えていいか分からない。アッカの真っ黒な瞳が、マスク越しにこちらをじっと見つめていた。

 

 返答に窮し、固まっていると、人混みの方から男たちの歓喜の声が上がる。何かと思って目を向けると、そこにはこちらに近付いてくる2人の女性がいた。

 

 「ちょっとアッカ、人を集めすぎよ。鬱陶しいから早く調査に行きましょう」

 

 「こら! モナちゃん、鬱陶しいとか言わないの! でも、早めに調査に行くのはお姉さんも賛成だよ」

 

 「あんたもうお姉さんとか言う年齢じゃないでしょ」

 

 「ン? イマナニカイッタカナ?」

 

 「別に……」

 

 モナと呼ばれた女性は猫獣人で、その短く切り揃えられた紫のボブカットの上に、三角の耳がピコピコと動いている。瞳は金色で、吊り目。年齢は20代前半くらいか。

 

 対して、全く目が笑っていない満面の笑みでモナを威圧している女性は、耳の尖り具合から見てハーフエルフだろうか。透明感の強い薄い水色の長髪に、濃い紫の瞳を宿したタレ目が特徴的だ。

 

 彼女らの発言内容から察するに、アッカと共に魔物の調査を行う女性冒険者(・・・・・)のようだ。

 

 「あれ? 『燃えるおじさん』たちじゃん。どう? もうすぐ白銀級に昇級出来るんでしょ? はやく上がってきなさいよ……って誰? そいつ」

 

 「わぁ、本当だ! ガルちゃん、マロちゃんにモルちゃん。久しぶりだね! ティルシーお姉さんだよ……君は、新入り君かな?」

 

 「誰が『燃えるおじさん』だこの猫ガキィ! 見てろよ、今度こそ模擬戦でボコボコにしてやる!」

 

 「何がティルシーお姉さんじゃ。もうとっくに100歳超えとるじゃろ。ティルシー百寿さんじゃ」

 

 「ふん。やれるもんならやってみなさい」

 

 「……モルちゃん……ちょっと表、出ようか?」

 

 テーブルが一気に騒がしくなる。返答のタイミングを失い、レオがあたふたしていると、ガルヴァスが少年の肩に手を置いて言った。

 

 「こいつはレオ。俺たちが講習を受け持っている新人だ」

 

 「レオです。昨日冒険者になりました。よろしくお願いします」

 

 「ふーん、強いの?」

 

 「あぁ」


 猫獣人の女性は、レオを品定めするように眺めると、少年の実力を尋ねた。彼女の問いに、ガルヴァスはこくりと頷いて、端的な言葉を返す。


 「へぇ。ま、私の方が強いけど」 

 

 何の勝負もしていないのに、モナはレオに向かって、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。前までの彼ならばカチンと来ていたのかもしれない。しかし、今のレオの内面は、いい歳をした大人だ。こんなの可愛いものだと思って、生暖かい目で彼女を見る。

 

 「何その目、キモ」

 

 静まれ、俺の右腕。

 

 暗黒の力を解放しないように腕を押さえ込んでいると、いつの間にかハーフエルフの女性冒険者がレオの目の前まで来ていた。

 

 「レオちゃんって言うのね! 初めまして! 私はティルシー。『ティルシーお姉さん』って呼んでくれると嬉しいな!」

 

 そう言いながら、両手をワキワキとさせて少年の方へと詰め寄ってくる。そこにすかさずモルブが体を割り込ませた。

 

 「これ! うちのレオ坊に手を出すんじゃない! 年下好きの変態ハーフエルフが!」

 

 「指先! 指先だけでいいからぁ!」

 

 こんなにも残念美人と呼ぶに相応しい人物が他にいただろうか。レオは主にティルシーのせいで混沌としている場を、呆然と見つめることしか出来なかった。

 

 《いい加減にしてください。モナ、ティルシー。皆さん、本当に申し訳ありません。私たちはもう行きます。この埋め合わせはまた今度いたしましょう》

 

 アッカが手を叩いて、この場を掌握する。モナは相変わらずツンとしていたが、尻尾はシュンと垂れ下がっている。ティルシーは我に帰ったのか、ひたすらレオに謝り倒していた。

 

 黄金級の男が、2人を引き連れてギルドの外へと向かう。彼は扉をくぐり抜ける直前に振り返ると、冒険者になったばかりの少年の顔を見て、最後に指を走らせた。

 

 《殺しの件、忘れないでくださいね》

 

 その物騒な文字列はしばらく空を揺蕩うと、何事もなかったように、儚く融けて消えていった。

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