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1-4. 手薬煉を引く

昨日、今週の更新は前話で終わりにすると活動報告でお知らせしたのですが、3月13日の注目度ランキングで全体64位、連載のみで30位となって嬉しかったので更新します。


これもひとえに、未熟な私の作品を読んでくれている読者の皆様のおかげです。


引き続き良い物語が書けるように精進していきたいと思います。

朝の冒険者ギルドは、昨日とはまた違った雰囲気でレオを迎えた。

 

 少しひんやりとした空気を吸い込む。昨日手に入れたばかりの革製の装備が、上下する胸の動きに合わせて、僅かに軋んだ音を響かせた。

 

 おかげで彼の今の持ち合わせは大銅貨7枚になってしまった。レオが滞在している「風の小道」の宿泊料金は、1泊大銅貨3枚なので、前払いした1週間の宿泊分が終わってしまえば、あと2日しか滞在ができないことになる。

 

 しかし、レオにはあまり後悔がなかった。どの道彼は冒険者として、遅かれ早かれ稼ぐしかないのだ。装備も何とか揃えられたため、今の状況はむしろ上出来と言っていい。

 

 周囲に視線を巡らせる。まだ早い時間だと言うのに、受付カウンターの横には既に人集りができていた。彼らはそこに設置された巨大な板を見ながら、難しい顔をしている。やがて、兎獣人の青年が板に貼り付けられた紙を取ると、そのまま受付カウンターへと移動した。どうやら目当ての依頼が見つかったらしい。

 

 人の間を縫うようにしながら、レオもクエストボードに近づき、多種多様な依頼に目を走らせた。「魔の森の探索」に「新たな遺跡の調査」、「指定された魔物の討伐」や「迷子のペット探し」まで、その内容は多岐に渡る。

 

 「お! 早いな」

 

 講習の実施内容である薬草採取の依頼を中々見つけられずにいると、後ろから声が掛けられた。レオが振り返ると、そこには薬草採取と魔物討伐の2つの依頼書を片手に持ってヒラヒラとさせているマロゥが居た。その後ろにはガルヴァスとモルブの姿もある。昨日約束していた時間よりもまだ少し早い時間帯であったが、3人共もう既にギルドに来ていたようだ。

 

 「おはようございます。マロゥさん。ガルヴァスさんに、モルブさんも」

 

 「おう」

 

 「あぁ。いい朝だな、レオ」

 

 「うむ、おはよう。どうやら金は足りたようじゃの」

 

 挨拶を交わし、彼らの方へと足を向ける。モルブはレオの身につけているレザーアーマーと、左腰に提げられている剣、そして左手に持っている盾を見ると、どこか安心したように呟いた。

 

 「工房を紹介してくれてありがとうございます。とても助かりました」

 

 「気にするな! と言いたいところだが……ここは1つ、レオ坊がワシ好みの遺物を見つけた時に譲ってくれると嬉しいの」

 

 「分かりました! 任せてください」

 

 モルブのその提案をレオは快く受け入れた。元より、何かお礼をするつもりだったので彼の提案は渡りに船だったのだ。難しいのは、モルブ好みの遺物というところだが、昨日の様子を見るに、全自動大根おろし機の様な遺物があれば、絶対に喜んでくれるだろうと確信している。

 

 「さぁて、全員揃ったし。講習を始めるか。ということで早速、簡単にだがギルドでの最低限のルールやマナーを教えてやる。よーく聞いとけよ?」

 

 マロゥが得意げに話し始める。どうやら今回は彼が中心となって進めていくらしい。レオは先輩冒険者の言葉に耳を傾けた。

 

 「冒険者ギルドは色んな奴らが集まる場所だ。約束事とか暗黙の了解を知らねぇと、余計なトラブルに巻き込まれることになる」

 

 彼は指を折りながら説明を続ける。

 

 「まず1つ目。クエストボードでは、先に依頼書を取った奴が優先。早い者勝ちで、横取りはご法度だ」

 

 先ほどの兎獣人の青年を思い出す。確かに、彼が依頼書を取った時、何人かの冒険者が手を伸ばそうとして途中で止めていた。

 

 「次に、ギルド内での喧嘩は禁止。どうしてもやりたきゃ、中庭を使うか、ギルドの外だ。魔の森でもいい。けど、やりすぎるとギルドから処罰される。昨日、ガルヴァスと()りあった時に中庭を派手に模様替えしたらしいが、ほどほどにな」

 

 「気をつけます……」

 

 「……」

 

 レオはぎこちない笑みを浮かべ、ガルヴァスは少し困ったような顔をした。中庭を派手に模様替えしたことは紛れもない事実なので、何も言い返せない。

 

「最後に、ギルドの受付嬢にゃ出来るだけ丁寧に接しろ。機嫌を損ねると、後々面倒になる」


「……最後のやつ、妙に具体的ですね」


「そりゃな。あいつらは俺たちに一番身近な情報の管理者で、評価者だ。気に入られれば耳よりな情報をくれたり、割のいい指名依頼を寄越してくれたりする。その代わり、嫌われればそういうモンが一切回ってこなくなる。特に、あの肩幅のデカいエレナって受付嬢には気をつけろよ。お節介で気難しいから面倒臭いんだ」

 

 エレナという受付嬢は恐らくレオの冒険者登録をしてくれた人だろう。彼の主観ではとてもいい人に見えたが、マロゥからしたら煩わしいと感じる部分があるらしい。

 

 「何を言っておる。お主がエレナを苦手なだけじゃろ」

 

 「モルブの言う通りだよ。全く、駆け出しの頃から、いつまで経ってもあんたは生意気だね。レオにあんまり変なこと吹き込むんじゃないよ。ほれ、記録はしておいたからさっさと依頼をこなして来な」

 

 「痛ぇ!」

 

 マロゥが最後の方にこそこそと小声で呟いたエレナ評に、モルブは呆れたような声を発した。すると、いつの間にかマロゥの手から依頼書を奪い取ってそれにサインを書いていたエレナが、彼の背を叩く。乾いた音がギルドのロビーに響き渡った。

 

 「ちっ! 言われなくっても今行くとこだったんだよ! 行くぞ、お前ら!」

 

 犬獣人は依頼書をふんだくると、出入口の方へと足早に向かってしまう。その様子をどこか生暖かい目で見ながら、ガルヴァスはレオに呟いた。

  

 「あいつは昔、随分とヤンチャでエレナをよく困らせてたからな。今となっては反省しているはずなんだが……きっと照れているんだろう」

 

 彼のその言葉に、レオは『 なるほど、これがツンデレと言うやつか』と誰に言うでもなく1人納得した。

 

 「さて、ワシらも急いで追いかけなければ」

 

 「そうだな」 

 

 「はい!」

 

 マロゥの後に続いて、彼らもギルドの外へ出る。巨大な市壁とそこに備えられた都市門が、冒険者たちを誘うようにして、大通りの先で待ち構えていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 門をくぐり抜けて平原を歩くこと数十分。レオの目の前には、鬱蒼と茂るガランシュトの樹海、通称『魔の森』の入口が広がっていた。

 

 道中、何度か狼の魔物や兎の魔物を見かけたが、既に他の冒険者が戦闘を行っており、特に助けも必要そうではなかったため、少年は魔物との戦闘機会を得ることなくここまで来た。

 

 改めてその威容を視界に収める。樹海を覆う巨木は、幹の太さが人間10人がかりで抱えるほどであり、枝葉が幾重にも重なって空を閉ざしている。まだ明るい時間帯であるはずなのに、森の内部は薄闇に沈み、湿った土と朽ちた木の匂いが鼻をついた。


 地面には根が絡み合い、そこかしこに奇妙な形をした茸や、淡く光るコケが生えていた。森の奥は霧のような靄に包まれ、まるで森そのものが侵入者を拒んでいるように感じられる。


 鳥や獣の鳴き声はほとんど聞こえず、時折、どこからともなく響く異質な音――木々の軋む声とも、生き物のうめきともつかぬ音――だけが、不気味に静寂を乱していた。

 

 「よし、着いたな。目的の薬草は入り口近くで取れるモンだから、森には入らねぇ。レオは昨日渡した図鑑と依頼書のスケッチを見ながら、指定の薬草を採取してくれ」

 

 「分かりました。えーっと……依頼されているのは10種類か」

 

 レオは図鑑及び依頼書とにらめっこをしながら樹海の入口付近を慎重に歩く。リクエストされている薬草の中には、学園にいた頃に授業で聞いたような覚えのあるものもあった。

 

 「……あった! フェアリーベルとラクシアハーブ」

 

 フェアリーベルは魔力回復薬(マナポーション)の主要成分となる薬草だ。鈴型の黄色い花で、触れると僅かに振動するような感覚がある。


 対して、ラクシアハーブは回復薬(キュアポーション)の原料となる薬草で、それ単体でもすり潰すことで軟膏として利用することが可能である。見た目は、黄緑色の葉に薄い産毛が生えている草であり、産毛の部分は僅かに湿っていた。

 

 特に困ることなく、テキパキと薬草を採取していく。聞き馴染みのない薬草についても、図鑑をしっかりと確認して、ガルヴァスに貸りた魔法の皮袋の中に入れていった。


 そこでふと、彼はよく知らない薬草たちの使い道が気になり、ガルヴァスに聞いてみることにした。図鑑には効能しか載っていないため、実際にどんなモノになるのかがイメージしにくいのだ。

 

 「ガルヴァスさん。このヴェルムリーフとかルビーベリーの実、エルダージンジャーにクラウスファング、ミスティーブルームとかの薬草って何に使うんですか? 図鑑には疲労回復とか体温上昇、血流促進って書いてあんるですけど」

 

 「……」

 

 「ガルヴァスさん?」

 

 「精力剤だ」

 

 「え?」

 

 「精力剤だ」

 

 大事な事なので2回(ry。

 

 「……えぇ!? 俺、精力剤の材料集めてるんですか!?」

 

 ちょうど今採取したルビーベリーの実を見つめる。図鑑に生で食べられると書いてあったため、味が気になって先ほど2つ食べてしまった。今のところ体に異変は無いが、大丈夫だろうか。味はラズベリーのように甘酸っぱかった。

 

 「なんじゃ、知らなかったのか。ルヌラ印の精力剤はその筋では結構有名じゃぞ。ものすごい効果で効き目も良いから、成人した男によく売れるんじゃ。特に高齢の貴族にはバカ売れしとると聞いたことがあるぞ」

 

 モルブの言葉にレオの記憶が蘇る。確かあれは10歳ぐらいの時だったか。彼が悪戯をしようとしてグリフィスの私室に忍び込んだ際、机の鍵付きの引き出しの中に、真っピンクの液体が入ったガラス瓶が10本ほど大切に保管されていた。確かその瓶には『夜の魔力をフルチャージ! ルヌラ・ヴァイタ』と、ご機嫌な文言が仰々しい字体で書かれていた。

 

 「親父ィ……」

 

 気付きたくもなかった父の下半身事情に、精神的ダメージを食らっていると、突如、魔の森の方からこちらへ向かって何かが駆けてくる音が聞こえた。レオは採取の手を止め、すぐに剣を構えて音の方へと体を向ける。彼を見守っていた3人も、手慣れた様子で各々の武器を構えていた。

 

 しばらくすると、巨大な木々の合間から3匹の狼が現れた。一般的な狼よりもひと回り大きく、大型犬ほどのサイズをしている。黒と灰色が混ざった体毛は、僅かに青紫の光を放っており、日光の下でも幽玄な輝きを放っていた。

 

 「魔狼(フェン)か」

 

 レオは魔物図鑑で得た知識から、目の前の脅威の正体をそう結論付けた。彼らは魔の森の浅い領域やその周辺に生息する魔物だ。そのため、ルヌラの冒険者にとっては、特段珍しい魔物でもない。


 「レオ。魔力は節約しろ」

 

 「はい」

 

 ガルヴァスからのオーダーに冷静に頷く。その時には既に、3匹の魔狼がレオに向かって飛びかかっていた。地味にいやらしいのは、そのタイミングが微妙にズレていることだ。

 

 同時に攻撃を行わないことで、反撃による一網打尽のリスクを抑えつつ、最初の一撃で様子を窺う。そして、体勢が崩れた獲物を2匹目、3匹目の追撃で仕留めようとしているのだ。

 

 レオは【身体強化(フィジーク)】を発動し、強化率を最低限にとどめることで、魔力消費を抑える。


 そして、最も攻撃のタイミングが遅かった狼に向かって、盾を構えたまま全力で突進した。その勢いのまま、激しく地面に叩きつける。


 想定外の反撃を受けた狼は、くぐもった呻き声を発して、破裂した水風船のように赤を撒き散らした。

 

 レオが今使用した技は、アルシュ流の『盾砕(バッシュ)』である。主に盾の突進によって相手を移動させたり、地面や壁などの障害物と挟んで砕き潰したりする際に用いる技だ。

 

 彼の土属性魔法と組み合わせれば、『盾砕』で相手を吹き飛ばした先に【岩槍(ハードランス)】をびっしりと生やした【土壁(クレイウォール)】を用意して串刺しにするという芸当も出来る。

 

 「あと、2匹」

 

 風を切る音が聞こえた。咄嗟に横に転がって振り向く。残った魔狼の内の1匹が、続けざまに風の刃を放つのが見えた。

 

 『魔物は魔法を使用する』

 

 この世界では、普通の生物にも魔力が宿っている。しかし、魔物のように魔法を使用することは出来ない。その理由は解明されていないが、一説によると、とある一定の魔力量に達していない生物は、魔法が使えないらしい。

 

 余計な思考をすぐに脳内から排除する。2回目の風の刃を最小限のステップで躱し、魔狼へと迫った。もう1匹の別の個体が、横合いから奇襲をしかけてくる。盾を傾けて爪を受け流し、生じた隙に、弧を描くような斬撃を走らせた。アルシュ流の技、『孤月(クレセント)』だ。

 

 魔狼の首筋から血が吹き出す。レオは回転の勢いそのままに、絶命した狼を最後の1匹に向けて蹴り飛ばした。放たれた3つ目の風の刃が、死体を千々に切り刻む。

 

 それを囮に、さらに魔物へと肉薄し、側面に回り込む。腕を引き、最小限の動作で突きを放った。魔狼はすぐさま全身に風を纏い、なんとか身を捩って飛び上がることで、少年の攻撃を紙一重で回避した――はずだった。

 

 「【突風(ガスト)】」 

 

 レオは瞬時に手の平を水平に返し、手元で爆風を巻き起こす。銀の剣閃が、瞬間的な加速を伴って、魔狼の胴体を上下に切り裂いた。


 残心をとる。


 死体が起き上がってこないことと新手が来ないことを確認してから、レオは臨戦態勢を解いた。

 

 「鉄級にしては中々やるなぁ。流石、うちのリーダーにハンデありとは言え傷をつけただけはある。狼共はこっちの袋に入れてくれ」

 

 マロゥが大きな麻の袋を取り出し、モルブとガルヴァスが死体の処理をする。レオは素直な賞賛に照れ笑いを浮かべると、そこに混じって簡単に剥ぎ取りや解体のレクチャーを受けた。

 

 魔物を倒した後は、軽い血抜きと魔核の摘出を行うらしい。魔核は心臓の裏にある臓器で、魔力の生成と循環を担っている。もちろん、この世界の生き物は、個体差はあれどみんな魔核をもっている。人も例外では無い。

 

 軽い処理を行った後は、魔物の死体を持ち帰ってギルドに売却する。持ち帰ることが難しい場合は、個々の魔物ごとに設定されている討伐証明部位を剥ぎ取って、ギルドに提出する。魔狼ならば牙が該当するらしい。

 

 「……ん?」

 

 「どうしたんじゃ。ガルヴァス」

 

 「3匹とも、何かに貫かれたような跡がある。見たことの無い形だが……樹魔人(トレント)の新種か?」

 

 ガルヴァスの言葉に、他3人が死体を覗き込む。確かに、全ての魔狼の胴体に、小さな穴が空いていた。

 

 「まぁ、とりあえずギルドに報告だな」

 

 「あぁ」

 

 魔狼の処理を終え、残りの薬草を集めた後、彼らはルヌラへと帰還した。死体の穴については、ギルドがすぐに調査を行うらしい。


 依頼報酬は、薬草採取で大銅貨6枚、魔物指定なしの討伐依頼の達成で銀貨1枚と大銅貨2枚となった。合計を日本円で換算すると、1万8000円ぐらいになる。狼は1匹当たり4000円と言ったところか。

 

 日払いバイトの給料としては多いが、魔物との戦闘でいつでも命を落とす可能性があることを考えてしまうと、安いようにも思える。しかし、レオは少し重みが増えた巾着袋を手にすると、自身の口角が弓なりに曲がることを止められなかった。汚いお金でない限り、どんな経緯であろうと懐が潤うことは嬉しいのだ。

 

 「うっし! 報酬ももらえたし、腹ごしらえするか。レオ、薬草まだ残ってるだろ?」

 

 「はい。少しだけ多めに取るように言われていたので……」

 

 「よし! そんじゃ、いいもんを食わせてやるぜ。駆け出しはみんな食ったことがあるんだ」

 

 「……ありがとう、ございます?」

 

 レオは魔法の皮袋を持ったままマロゥに返事をする。犬獣人の先輩は、何故かニヤニヤしていた。ガルヴァスとモルブはやれやれと言った様子で首を振っている。一抹の不安に駆られながらも、彼らは揃って「眠る赤獅子」へと足を向けた。

 

 

 

◆◆◆


 

 

 「……やっと……やっとです……」

 

 樹海の深い闇の奥。さらにその地の奥深く、深淵に眠る古の遺跡の中で、ボロ布の様なローブを纏った人物が、感慨深く声を上げた。その容貌は、フードに隠されていてよく見えない。

 

 怪しげな人物が見上げるのは、遺跡の中央の開けた空間に存在する、どす黒い巨大な肉塊だ。それはまるで、頭が異常に大きく発達したヒトの胎児のようだった。

 

 鼓動を刻む肉塊の全身には、胎児を守るように、あるいは寄生するかのように、赤黒く腐りかけた根がまとわりついている。それらは寄り集まって1本の巨大な木を形成していた。

 

 正面から見ると、まるで巨人の腕ほどの太さの巨木の幹に、黒い赤子が埋まっているように見えるだろう。

 

 「……500年。ふざけた封印のせいで身動きがとれませんでしたが、それももはや無い。遺跡(都市)の掌握はまだ完全ではありませんが、じきに終わるでしょう。ようやく、我らが偉大なる神をお迎えすることが出来ます」

 

 中性的な声音でその人物が呟くと、黒い赤子がおぞましい呻き声を上げる。すると、赤子の左胸辺りから、肉が擦れ合い、何かを吐き出すような不快な音が響く。しばらくすると、放射状に広がる根の塊のようなものが産み落とされた。それは少しの間蠕動すると、甲高い鳴き声を発する。

 

 「素晴らしい。眷属も順調に増えていますね」

 

 ローブを着た人物が振り返る。そこには、遺跡の空間全てを埋めつくすようにして、多くの眷属がひしめき合っていた。

 

 その内の1匹が、寄り集まった根の中心に存在する口腔を動かして、何かを貪り食っている。それは、鉄の鎧を装備した人であった。


 金属がひしゃげる音と、くぐもった呻き声がざわめきの中でよく響く。三分の一ほどすり潰された肉塊は、一度だけ体を跳ねさせると、それきり動かなくなってしまった。

 

 「こら、ダメでしょう。魔力(ようぶん)は神胎に捧げなければ」

 

 そう言うと、言葉の主は腕を振り上げた。食事の真似事をしていた邪木の分け身は、ひとりでに宙に浮いて神胎の元まで運ばれる。そして、その左胸に同化するように埋め込まれ、融け合った。赤子の心臓のような部分が、一瞬だけ赤黒い燐光を帯びる。

 

 「やはり、質がよくありませんか。彼女(・・)を早く見つけなければ……魔力も引き続き集めさせておきましょう。質は悪くとも、多いに越したことはありませんからね」

 

 魔の森の奥深くで、(よこしま)なる儀式が動き出そうとしている。その胎動はゆっくりと、しかし確実に大きくなっていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「はっ……はっ……」

 

 必死に手と足を動かす。数日前に眠りから目覚め、訳も分からないまま、かつての都市の残骸の中を駆け抜けていく。上を見上げてもそこに青空はなく、ただ土色の天井だけがあった。

 

 『彼を、ガルヴァスを探して……頼んだわよ……』


 そう言って、悲しそうに微笑んだ彼女の顔が、昨日の事のように頭にこびり付いて離れない。託されたロケットを開く。そこには、鮮やかな緑の瞳を持つ黒髪の男がいた。


 彼にも(・・・)半分、エルフの血が入っていると、かつてフィレーネは言っていた。

 

 ロケットを閉じて、再び握りしめる。少女の全身は傷と汚れだらけだった。それでも、彼女は止まることなく走り続ける。

 

 あの時の約束を守るために。僅かな希望を紡ぐために。

 

 「絶対に……させないっ……!」

 

 神をも殺す刃を求めて。

手薬煉を引く:てぐすねをひく。十分に準備して機会を待つこと。

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