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1-3. BOY MEETS ELDERs

箸休め的な回です。

模擬戦の後、レオはガルヴァスとそのパーティメンバーが滞在しているという宿へと足を運んでいた。


 目的地に到着するまでの間、先ほどまでいた冒険者ギルドでのことを振り返る。

 


 

◆◆◆

 

 

 

 ギルドの中庭は、全ての元凶である2人が土属性の魔法を用いて、できるだけ元通りにしておいた。めちゃくちゃにしてしまった所が全て、地面や壁面だったことが不幸中の幸いである。

 

 ガルヴァスは土属性が苦手なようで少し手古摺っており、修復の7割ぐらいはレオが担当した。彼は風と水属性が得意らしい。


 ちなみに、魔力回復のために服用した高等魔力回復薬(ハイ・マナポーション)の味は、ローヤルゼリーやビタミンCなどが入ったゴールデンなエナジードリンクにそっくりだった。確かに美味しいのだが、回復薬との飲み合わせはあまり良くなさそうだなとレオは思った。

 

 「とりあえず元通りにはしましたけど、大丈夫ですかね? 何か処罰とかされませんか?」

 

 「……自分で言うのはなんだが、今回のはまだ可愛い方(・・・・・・)だ。中庭がまるまる吹き飛んで大穴が空いた時はもっと酷かったからな。一応元通りには出来たし、報告はされるだろうが……あって軽い注意ぐらいだろう」

 

 「……な、なるほど。それなら良かった? です」

 

 レオは大きな穴がぽっかりと空いた中庭の光景を思い浮かべて、ぎこちない笑みを浮かべた。一体どんな暴れ方をしたらそんなことになるのだろうか。彼は深く考えることを早々に諦め、修復完了の報告を行うために、ギルドの受付カウンターへと向かった。

 

 恰幅のいい例の受付嬢に、中庭を修復したという旨を伝え、一通り確認をしてもらった後、ガルヴァスの予想通り、2人は軽い注意を受けた。後日、報告を聞いた上役などから呼び出しを受けるかもしれないと言われたが、とにもかくにも、中庭荒らしの件はこれでひとまずの決着を迎えた。

 

 そして、問題が片付いた安心感からか、少年の腹に空腹を訴える音が鳴り響いた。少し遅れて、教会の大鐘楼が正刻を告げる。

 

 「あっ」

 

 「もう昼か、ちょうどいい。お前の講習について話しながら飯を食おう。俺たち(・・・)が使っている宿には、昼にもやっている酒場があるんだ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 「ここだ」

 

 これまでの経緯を思い出していたレオの耳に、ガルヴァスの声が掛かる。冒険者ギルドを出て約7分ほど。大通りを少し外れた裏路地の一角にある落ち着いた雰囲気の外観の建物。


 その屋根にぶら下げられた木製の看板には、『眠る赤獅子』という文字と溢れんばかりに液体を注がれた杯のマークが書かれている。ここが、ガルヴァスと彼がリーダーを務めるパーティである『燃ゆる爪刃』の根城であった。

 

 ガルヴァスに続いて、併設されている酒場へと入る。木造の温かみのある店内には、猫獣人の家族連れや、職人や商人の丁稚らしき若者、カウンターに突っ伏して昼間から酔いつぶれている冒険者など、既に多くの客が集い、賑やかに談笑していた。普通客と冒険者の割合は半々といった所か。

 

 「おい、ガルヴァス。お前どこ行ってたんだよ……って誰だぁ、そいつ?」

 

 空いている席を探そうと、周りを見渡していた2人に少し軽薄そうな声が届く。レオが視線を向けると、そこにはテーブル席から腰を僅かに浮かせてこちらを見る、犬獣人の男がいた。

 

 年齢はガルヴァスと同じか少し若いぐらいだろうか。焦げ茶色の頭髪に黒の瞳。頭の横には垂れた犬の耳がついている。レオにはあまり犬の知識がないが、何かのテレビで見たビーグル犬の耳のようだと思った。

 

 「マロゥか、ちょうど良かった。こいつはレオだ。俺たちが講習を引き受けることになった。モルブはどこにいる?」

 

 「レオです。初めまして」

 

 ガルヴァスがマロゥと呼ばれた男のいるテーブル席へと移動する。『燃ゆる爪刃』のメンバーだろうか。確か、犬獣人の斥候とドワーフの戦士がいると彼は言っていた。

 

 この人がその斥候なのかもしれない。そんなことを考えている内に、4人掛けのテーブル席にたどり着く。レオはマロゥに軽く挨拶をしてから、ガルヴァスの隣の席に腰を下ろした。

 

 「お、おぅ。マロゥだ、この大男のパーティで斥候やってる。よろしくな」

 

 マロゥが少し驚いた様子でレオに挨拶を返す。後で知ったことだが、冒険者には粗野な者が多いため、自分より年下の、それもまだ駆け出しの者に敬語を使われたことで驚いてしまったらしい。彼はその後、ガルヴァスに向き直ると、更に言葉を続けた。


 「モルブの奴ぁいつものガラクタいじりだ。そろそろ腹ぁ空かせて降りてくるんじゃねぇか。それにしても……講習かぁ……俺らに出来んのか?」

 

 「なんじゃ、見ない顔じゃな。新入りか? それとも、新しい指名依頼かの? それとマロゥ、いつも言っているがワシがいじっておるのはガラクタでは無い。未知と浪漫に溢れた遺物(アーティファクト)じゃ」

 

 犬獣人の斥候が言い終わるのとほぼ同時に、その隣の席から独特な口調の声が掛けられる。

 

 空いていた最後の一席に、いつの間にか逞しい髭を蓄えたドワーフの男が座っていた。彼の手元には、不思議な形状をした機械のようなものが置いてあり、そのレバーのような部分をガシャガシャといじっている。

 

 この人がモルブだろうか。髪は黒く、瞳は橙色で、髭は所々三つ編みにしてある。年齢は40歳ぐらいに見えるが、ドワーフは外見年齢と実年齢の乖離が大きいため、正確な年頃は分からない。どうやら2人とも講習については知らなかったようだ。

 

 「注文は決まったかい?」

 

 4人が揃ったところで、ちょうどタイミング良く竜人族(リザードフォーク)の女性店員が注文を聞いてくる。

 

 「俺たちは日替わりでいいな?」

 

 「おう」

 

 「うむ」

 

 「レオはどうする?」

 

 「ええと……」


 巾着袋の中をこっそりと覗く、お金は残り銀貨7枚と大銅貨5枚。レオが宿泊する宿の1週間分の前払い料金を除いた金額だ。ギルドで聞いていた通り、サービスは最低限で食事の提供は無いため、随分安くはあるのだが、より一段と懐が心許なくなってしまった。

 

 酒場の日替わりメニューは、バターの付いた黒麦パンに野菜と干し肉のシチューのセットで、その値段は大銅貨1枚と銅貨2枚だ。日本円に換算すると1200円ほどで、果実水は1杯だけなら無料で付いてくる。追加で水が欲しい場合は、銅貨1枚を払う必要があった。

 

 レオはとても悩んだ。なぜなら、これから冒険者として活動するにあたって、武器や防具を揃えるためにある程度のお金は残しておきたいからだ。


 まだルヌラにおける武器防具の相場は分からないため、無駄遣いは避けたい。店内に取り付けられた木製のメニュー札を見て、できるだけ安そうな食べ物を探していると、その様子を見たガルヴァスが口を開いた。

 

 「金は気にするな、俺が払う。ここのシチューは美味いぞ」

 

 「……いいんですか? 俺はすごく助かるんですけど……」

 

 「レオって言ったか? 俺らをナメて貰っちゃ困るぜ。こちとら端くれだとしても鋼級の冒険者だ。後輩の飯を奢ったぐらいで財布は痛まねぇよ」

 

 「ガルヴァスとマロゥの言う通りじゃ。遠慮はするな。あとワシはエールと……割る前の生卵を貰うことはできるかの」

 

 ガルヴァスの言葉にマロゥとモルブが続ける。先輩たちのその心遣いに、遠慮をすることは逆に失礼になると考えて、レオは大人しく昼食を奢られることにした。今度は自分が、いつか彼らに食事を振舞うことを密かに決心しながら。

 

 「……ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて、俺も日替わりでお願いします」

 

 「はいよ! 日替わり4つにエールと卵だね! 卵はほんとに生でいいのかい? 火通さないとお腹壊すよ」

 

 「大丈夫じゃ。回復薬(ポーション)を飲めばすぐ治る」

 

 「そうかい。じゃあ料理が来るまで少し待ってな」

 

 注文を取っていた女性が、素早く厨房へその内容を伝達し、店の奥へと去っていく。その後ろに続くようにして、既に空になった皿や杯がフワフワと列を成して浮いていた。


 どうやら風属性の魔法で片付けを行っているらしい。さらっとやってのけているが、とてつもない魔法制御だ。レオが真似しようとしたら、皿の過半数はひび割れた残骸になるだろう。

 

 そう考えている間にも、厨房から人数分の杯と1つの卵がテーブル席へと投げ込まれる。それらは着地の瞬間にフワリと一瞬減速すると、何事も無かったように机の上に乗った。そして、後を追いかけるように放たれた黒色の液体と透明な液体が、着陸したばかりの杯の中へと収まる。黒色の液体は、モルブの手前にある杯へと着弾した。

 

 「では、改めてレオに俺のパーティメンバーを紹介しよう。こっちの犬獣人が斥候のマロゥ。そこで遺物をいじっているドワーフが戦士のモルブだ。そして、メンバーの2人にはレオの紹介だが、彼は今日登録したばかりの駆け出しで、俺たち『燃ゆる爪刃』が講習を引き受けることになった冒険者だ」

 

 「レオです。お世話になります」

 

 「おう。さっきも言ったが、俺はマロゥ。よろしくな。レオ」

 

 「モルブじゃ。よろしく頼む。お主のことはレオ坊と呼ばせてもらってもいいかの」

 

 「あっ、はい! 好きなように呼んでいただければ……」

 

 モルブはチビチビとエールを飲みながら、手元の機械をいじっている。そして、おもむろに卵を掴むと、機械の上方にある受け皿のような部分にそれを置いた。

 

 彼の表情が疑念から確信へと変化する。今か今かとその時を待ち続けている白い楕円形の塊を見つめながら、ドワーフの男はその短い腕を伸ばして、レバーを掴んだ。

 

 そのままそれを下へと動かす。

 

 受け皿の底が開いて、その先にある丸みを帯びたカニのハサミのような部分に、卵がすっぽりと収まった。次の瞬間、そのハサミの部分が卵をしっかりと掴んだかと思うと、受け皿の下の方から、長さ1~2cmほどの鉄の棒が伸びてきて、卵の殻を叩いた。

 

 パカリと割れる白い卵殻。黄身と白身が、機械の最下部に取り付けられた大きめの皿へと落ちていった。

 

 「おぉ! やはりこれは卵割り機じゃったか!」

 

 髭もじゃのドワーフが、満面の笑みを浮かべた。

 

 レオはその光景に、強烈な既視感を覚えていた。というか、知っている。一時期、動画サイトで何度も繰り返し見て笑っていた記憶が、まるで昨日のことのように蘇った。


 悔しいが、驚きや面白さと共に、卵割り機を見たとは思えないほどの郷愁が込み上げてくる。あちらの父母は元気にしているだろうか。

 

 「なんだそのクソみてぇな遺物は……」

 

 「マロゥよ。取り消すのじゃ……! 今の言葉……! これは卵を割るという煩わしい労働からワシらを解放してくれる素晴らしい遺物じゃ。まずいぞ、この遺物の存在がバレれば、全ての酒場と主婦がこれを狙い始めるだろう。急いで金庫にしまわなくては……」

 

 「そんなもん誰も取りゃしないよ。自分で割った方が早いんだから。はい、日替わり4つお待ちどうさま。ゆっくりしていきな」

 

 無慈悲な宣告と共に、頼んだ料理が運ばれてくる。目の前に置かれた皿からは、濃厚な香りが立ち上っており、レオの空腹を激しく刺激した。大ぶりに切られた根菜と、じっくりと煮込まれた肉がとろけそうになっている。スプーンを口に運ぶと、じんわりとした旨味が口の中に広がった。


 「美味しい……」

 

 「そうだろう」

 

 ガルヴァスは得意げに言うと、豪快にパンをちぎり、シチューに浸しながら口へ放り込んだ。マロゥとモルブもそれに続く。ドワーフの戦士は先ほどより少しテンションが下がっていたが、その脇にはしっかりと遺物が抱えられていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 しばらく食事を楽しみつつ、レオは様々なことについて彼らと話した。

 

 講習はギルドからの指名依頼であり、よっぽどのことがない限り断ることは出来ないらしい。また、通常は3~4日ほどかけて行われ、指導方針は資料としてギルドから渡されているものの、具体的な実施内容は担当の冒険者による裁量が大きいということなどを聞いた。

 

 一瞬不安がよぎったが、ギルドが担当冒険者の選定を行っていることを考えて、レオはその懸念を頭の隅に追いやった。きっと新人を任せても問題ないと判断した信用のある人物を選んでいるはずだ。少なくとも直接剣を交えたガルヴァスに対して、彼は僅かな信頼というものを抱き始めていた。

 

 そして、講習の内容を聞いたところ、彼ら『燃ゆる爪刃』は実践形式を好むようで、とりあえず今日の午後は明日の薬草採取依頼に向けた準備を行うこととなった。


 途中でレオの装備の話となり、彼の懐事情を察したモルブが、知り合いのドワーフの営む工房を紹介してくれた。見習い職人の作製した剣や防具ならば、ギリギリ今の少年の持ち合わせでも足りるかもしれないと考えてのことだった。

 

 「講習についてはこんなところで大丈夫か? またなにかあれば、いつでも聞いてくれ」

 

 「分かりました。色々とありがとうございます」

 

 「気にするな。後は……明日に向けて、これに軽く目を通しておいて欲しい」

 

 そう言って、ガルヴァスは自身の腰に付けていた皮袋の中に手を入れる。しばらくすると、そこから2冊の本と1枚の大きな紙を取り出した。明らかに皮袋の容量と釣り合いが取れていない。恐らく袋の容量を魔法でいじっているのだろう。学園で教師が使っているのをレオは何回か見たことがある。

 

 ガルヴァスが袋から出したものは、植物図鑑と魔物図鑑、そしてとルヌラ周辺の地図だった。レオは植物図鑑を手に取り、ページをめくる。薬草の種類や採取時の注意点が、イラストと共に細かく記されていた。

 

 魔物図鑑の方も見ると、こちらも植物図鑑と同様に、その生態や特徴、弱点がイラスト付きで説明されている。

 

 「採取だけとはいえ、魔物と遭遇する可能性は高い。ルヌラ周辺に生息する魔物だけは最低限、見ておいてくれ」


 ガルヴァスの言葉に、レオは真剣な表情で頷くと、脇に図鑑と地図を抱え、酒場を後にした。すぐに宿に戻って荷物を置き、モルブに紹介された工房へと向かう。

 

 『燃ゆる爪刃』の3人は、明日の講習の段取りをこれから話し合うと言っていたため、レオは1人で工房へと続く道を歩いている。

 

 西へ傾いた日が、黄昏の前兆を見せ始めていた。少し歩く速度を速める。自分がこれからどうなっていくのか、それはレオ自身にも分からない。

 

 しかし、今は未来への不安よりも、それを大きく上回るような期待感が、少年の胸を満たしている。石畳を叩く足は、彼の心を示すように軽く弾んだ音を響かせた。

Elder:先輩。年長者。

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