1-2. 容赦ゼロ、闘志のみ、勝者あり
悪役貴族…追放…アリーナ
「俺はハンデとして、使える魔法は【身体強化】のみ、お前は何でもありだ。ただし、殺す気で来い。魔法のハンデ以外はこっちも手加減はしない。終了条件は降参を宣言するか、俺に傷をつけるかのどちらかだ。準備ができたら、お前のタイミングで始めていい」
中庭に備え付けられた鍛錬用の武器棚から、木製の片手剣と盾を取ったレオは、相対するガルヴァスの言葉に耳を傾けていた。
「分かりました」
彼を見る。その手に構える木製の両手剣は本来、彼の得物ではないはずなのに、あれに斬られたら終わるという予感が、先ほどからレオの脳に危険信号を発している。弘法筆を選ばずということだろうか。
彼我の距離は約15mほど。一見遠いようにも見えるが、【身体強化】を施した踏み込みならば、1〜2歩で潰せてしまう間合いだ。レオは剣の柄を握りしめ、軽く振ってみる。鉄製の剣とは違って軽く扱い易いが、重量が足りないため、一撃の重さは期待できない。
その代わり、鉄剣よりも速さは出せる。したがって、その剣速を活かしつつ、急所を的確に狙っていくべきだろう。盾については、攻撃を受け止めるのではなく、受け流すことに重点を置くことにした。ガルヴァスの剣は、きっとレオが真っ向から受け止めるには重すぎる気がしたから。
ひとまずの方針を定めたところで、レオは自分の強さがどれくらいだったのかを思い出してみた。彼は6歳の頃から貴族の子女が受ける教育に加えて、剣術も学んでいた。その頃にはもうレオに固有魔法が無いことは分かっていたのだが、いずれにせよ学園へ通うことにはなるため、両親は世間体を気にして家庭教師と剣術指南役を雇っていたのだ。
魔法については、建前上、その時はまだヴァルフォート伯爵家の嫡男であった彼が、固有魔法を持たないということに気づかれたくなかったのか、特に指導者は雇われず、最低限の書物のみが与えられた。
そして、ここで一番問題だったのが剣術の指南役だった。一言で言うと、弱かった。どこかの傭兵上がりだと言っていたが、指導が雑で、最初の模擬戦でレオが適当に剣を振っていただけでボコボコにできた。地球で生きていた頃の記憶がある今の彼には分かる。確かに、少年には剣の才能、というか体を動かす才能はあったのだろう。しかし、それを差し引いてもなお、とてもお粗末な指導だった。
『違う! ここでグンッ! ジョワッ! ホニャンガッ! だろ!? 何回間違えりゃ覚えるんだ下手くそ!』
下手くそはお前だ。
この世にどんな概念の指導でそんなクソみたいな擬音を使うやつがいるんだよ。しかも、そいつの教える剣が指南書通りではなく、全て我流であった点もいただけない。何のために指南書を持ってきたのだろうか。そもそも、何故こんな奴が今まで戦場で生き残ってこれたのか。レオはその不可解な謎を、異世界七不思議の構想に入れることに決めた。
その後、模擬戦に負けた腹いせからか、指南役は指導中にレオが暴れ出してこれ以上指導が出来ないと父に報告し、口止め料込みのそれなりの金を貰って指南役を辞めた。もちろん、特に事実確認もせずに父は彼をこっぴどく叱りつけ、さらに冷遇した。
レオの両親的には、『ちゃんと教育しようとした』というアピールが出来ればそれでよかったのだろう。思えばこの時、まだ『何かを頑張れば認めてもらえるはずだ』と考えていたレオは居なくなってしまった気がする。
そこからは、指南役が忘れていった剣術指南書と、与えられた魔法に関する書物を用いて独りで剣と魔法を磨いた。行き場のない怒りと憎悪、そして悪意を日々募らせながら。
魔法に関しては専門用語が多く、全体の2~3割程度しか理解できなかったが、何とか【身体強化】とレオの得意属性である土と風の初級魔法は覚えられた。剣術はあの指南役に教わるよりも確実にわかり易かった。
学園入学後、剣術ではクラスの5本の指に入るくらいには優れていたが、魔法ではぶっちぎりのドベだった。なぜなら、他のクラスメイトは、得意属性は中級、苦手属性でも初級まできちんと学んでいたし、属性の組み合わせなど、レオにとっては未知の領域の技術に手を出している者も多かったからだ。
そのため、普段の授業はバックれるか居眠りをしているレオであったが、剣術と魔法の授業だけはきちんと毎回出席していた。その甲斐もあってか、伯爵家を追放される直前の魔法の成績は、クラスの中で中の下くらいにはなっていたと記憶している。
総じて、レオは剣術がそこそこできて、土と風属性ならば中級の魔法までがそれなりに使えるということになる。属性の組み合わせも一応扱えるが、詠唱の完全省略が出来ないため、戦闘中に行使するのは難しい。また、火と水属性は苦手なため、初級魔法のほんの一部しか使えない。
「……【身体強化】」
少年は確認を終わらせると、右足を後ろへ引き、半身となった。左手の盾を前、右手の剣を後ろへ持っていく。戦闘態勢をとり、【身体強化】を施す。アルシュ流の基本の構えだ。
レオの身体が、魔力の淡い輝きを帯びる。その構えを見たガルヴァスは、僅かに口角を吊り上げた。彼も既に臨戦態勢となり、その身体は駆け出しの少年と同様に、魔力光に包まれている。
「アルシュか……来い」
踏み込む。
強化された脚が、中庭の地面を抉り、爆発的な加速を生む。彼我の距離は瞬く間に食い潰され、既に間合いに侵入したレオの剣が、ガルヴァスに向かって振り下ろされる。
「……フッ!」
速度を乗せた風を切るような一閃。しかし、ガルヴァスの両手剣は何事も無かったかのようにそれを受け止め、弾き返した。感電したような衝撃がレオの右腕を駆け抜ける。硬い。まるで、岩壁に拳を打ち込んだようだ。
「ぐぅっ……!」
急いで後退を図るが、その隙をガルヴァスがみすみす見逃すはずもない。レオの後退に合わせて左足を踏み込むと、剣を弾き返した勢いそのままに、右袈裟斬りを放つ。
(ヤバい……!)
慌てて盾を構える。想定通り、受け止めることは出来ないだろう。盾を僅かに斜めに傾けて迎え撃つ。ギュルギュルと異様な摩擦音を奏でながら刃が木盾の上を滑り、なんとか軌道を逸らすことに成功する。逸れた剣が、肩越しに空気を切り裂く音を轟かせた。
(怖……!)
ガルヴァスの反撃を凌いだものの、勢いを殺しきることはできず、レオは無様に地面を転がりながら距離を取った。筋力も剣の力量も負けている。ならば――
「【風刃】」
素早く立ち上がり、振り向きざまに風の刃を放つ。鋭利な風の奔流がガルヴァスを襲った。しかし、彼はそれを予期していたかのような足運びでもって回避し、悠々と射程外へと逃れた。そして、そのまま少年に向かって発走する。地面が大きく砕け、めくれ上がった。先ほどのお返しというように、人外の加速でレオへと肉薄する。
「【土壁】」
避けられることは想定内。既に地面に手をついていたレオはさらに魔法を発動した。瞬間、ガルヴァスの進行方向の床ーーではなく、その側面の壁から土の大壁が出現する。土壁の先端部分には、大小様々な形の石が密集し合い、乱杭歯のような形状を形作っていた。それは進路を塞ぐ防壁ではなく、対象を屠る攻壁となってガルヴァスに迫る。
「面白い」
地面に注意を払っていた大男は、横合いからの突然の奇襲に少し驚きつつも、動じることなく冷静に剣を合わせて防御した。土壁は負けじとガルヴァスを押し込み、反対側の壁に彼を叩きつけようと伸び続ける。しかし、中庭の半分にも満たない場所で、両者の力は拮抗し、ガルヴァスがレオの方へと踏み込む素振りを見せた。
「【岩槍】!」
すかさず魔法を追加する。今度はガルヴァスの真下から、鋭く尖った岩が剣山のように出現した。自身に迫る槍衾を見た男はすかさず、最善の行動を選び取る。
「ふんっ!」
爆砕。
瞬間、粉々になった土埃と石礫が中庭の一部を埋め尽くした。
レオは一瞬、何が起こったのか分からなかった。辛うじて強化された動体視力が捉えたのは、瞬く間に走った数十本の剣閃、その残像であった。だが、止まる訳にはいかない。この状況も、可能性のひとつとして考えてはいた。お互いに視界は阻害されているが、レオだけは魔法を使える。
「【魔力探知】……動いてない」
魔力を探り、対象が未だ土煙の中にいることを確認する。自身の残存魔力を考えると、次の一撃に全てを賭けるしかない。煙を晴らされる前に勝負を仕掛けるべきだ。
「【突風】【軽風】【消音】」
ある仕込みの為の魔法と、移動速度を上昇させる魔法、身体の音の発生を抑える魔法を唱え、好機を待つ。木剣は逆手に握り直した。
数瞬後、何かの破砕音と共に、驚愕の気配が土埃の向こう側から伝わってくる。
(今っ……!!)
風が起こる。
爆ぜた地面が、砕けて空に舞い上がった。
正真正銘、今持てる全てを賭した最速の踏み込みで、文字通り一陣の風となったレオは、砂煙の中へと飛び込んだ。
◆◆◆
「面白い」
そう呟きを落として、ガルヴァスは目の前の【土壁】を受け止める。【土壁】を防御ではなく、攻撃に使う発想はありそうでなかった。土属性の攻撃魔法なら【岩槍】や【石弾】など、選択肢は無数にあるからだ。
しかし、少年はあえて防御魔法として使われがちな【土壁】を使うことで、こちらの意表を突いたのだ。攻撃は攻撃魔法、防御は防御魔法という固定観念を上手く突いた一手だ。だが、ガルヴァスも鋼級冒険者の端くれ。今まで様々な環境で命のやり取りをしてきた。だから、このままただで終わってやる訳にはいかない。
【土壁】の力に拮抗し、あちらに向かう素振りを見せたところ、それを読んでいたように【岩槍】が真下から生やされる。対応が早い。素晴らしい。そんなことを考えつつも、鍛え上げられた男の身体は、いつも通りに技を繰り出した。
「『崩威』」
限界まで引き上げた【身体強化】の効果をもって、一瞬の間に放たれる都合50振りの全方位斬撃。瞬く間に、【土壁】と【岩槍】が消し飛ばされた。それはまさに、剣の絶対領域。ランベルク流の最も基本的で最も難しい唯一の防御技。魔法の縛りがなければ、あと数倍の斬撃を放つことがガルヴァスにはできた。
土埃が辺りを満遍なく隠していく。【魔力探知】が使えないことに煩しさを覚えながら、煙幕を払うために剣を振りかぶる。その時、彼の耳に何かが側面を大きく迂回するような風切り音が聞こえた。それは凄まじい速さでガルヴァスの後ろに回り込むと、ほぼ直角に向きを変え、さらに加速しながらこちらへと迫ってくる。
「惜しいな」
確かに、勝負を決めるのならここしかないだろう。先ほどから中級魔法を連発しているし、加えて、【身体強化】によって継続的に魔力を消費している。魔力量に優れた種族ないし魔道士でない限り、そろそろ魔力が少なくなってくる頃だ。しかし、少々焦りすぎてしまったのだろう。【消音】をかけ忘れているのか、音がバレバレだ。
両手剣を構え、迎え撃つ。技は使わない。手加減しないとは言ったが、本当に殺してしまう訳にもいかないからだ。少年の突撃に合わせて、その刃を振るう。
確かな破砕音とおかしな手応え――軽すぎる!!
「盾……っ!!?」
ガルヴァスは少年の持っていた盾を砕いていた。
そこに駆け出しの彼の姿は無い。まさか――
急いで振り返る。しかし、彼が気づいた時にはもう、少年の振るう刃がすぐ目の前まで迫っていた。
◆◆◆
レオは土埃に飛び込む前に、盾に【突風】を付与していた。本来ならば、付与魔法は専用の道具と魔力を通しやすい素材を使って行われる。
しかし、それは半永久的に安定した付与を行う場合にのみ必要な条件だ。たとえ魔力伝導効率があまり良くない木材で即興であろうと、1回だけしか効果がなかろうと、今この瞬間において、勝機を手繰り寄せるためには十分すぎる効果を発揮する。
彼は魔法を付与した木盾を思いっきり投擲した。前世で見たヒーロー映画の隊長のフォームを思い出しながら、足りない部分は【身体強化】で強引に間に合わせる。
そして、ガルヴァスに生じた一瞬の隙を逃さぬように、その頬に最速の一撃を滑り込ませた。
「見事」
僅かに顔を傾けながら呟く男の声が、レオのすぐ傍から聞こえる。
避けられた――
離脱を。そう考えた彼の視界が、激しく揺さぶられた。
「がっ……!」
ガルヴァスの拳が、レオの腹にめり込む。肺の空気が一瞬で全て奪われた。内臓が跳ねるような衝撃に嘔吐いていると、鋼のような男は腰を回転させる。重く、鋭い、強烈な蹴撃。まるでゴムボールのように、少年の身体は中庭の奥まで一直線に弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「〜〜ッッッ!!!」
崩れ落ちる身体。全身に灼けるような痛みが響いた。完全に色々バキバキになっている。バキバキ重症である。
ガルヴァスがめちゃくちゃ申し訳なさそうにレオに近づいた。心なしか、かなりシュンとしている。先ほどまでの覇気は見る影もない。少年に薄く切り裂かれた頬からは一筋の赤が滲んでいた。
「すまん、身体が勝手に動いた。俺の負けだ」
そう言って、男は腰のホルダーのようなものから、濃い緑色の液体の入った細長いガラス容器ーー試験管のようなものを2本取り出した。
「高等回復薬だ。飲んでくれ」
1本をレオの身体に、もう1本をレオの口元に当てて中身を飲ませてくる。見た目からは想像できないほど飲みやすい味で美味しい。というか、これコーヒー牛乳とほぼおんなじ味じゃないか!? まさかの事実にこちらの世界に転生してから一番驚いていると、瞬く間に全身の傷が癒えていく。ものの数分で彼の身体は全快した。恐るべし高等回復コーヒー牛乳。また飲みたい。
受け取った試験管を逆さまにして振りながら、フチのところに残った回復薬が落ちてくるのを、バカみたいに大きく口を開けて待っていると、ガルヴァスが話しかけてくる。
「……改めてすまなかった。模擬戦はお前の……レオの勝ちだ。特に詮索はしないし、魔法がそうかは分からないが、独りで鍛錬したのにもかかわらず、いい剣だった」
「っ……!?」
その言葉に、レオはただ固まることしかできない。そして、しばらくしてからやっとの思いで言葉を紡いだ。
「……わかるん……ですか?」
「分かる。剣を一合交わしただけだが、お前の積み上げてきたものが視えた。惜しいのは、師がいれば指摘するような粗がいくつか見られたことだが、悪い癖自体は無い。よく独りでここまでの練度にしたものだ。胸を張っていい」
久しぶりの感覚だった。こちらの世界で、こんなにも真っ直ぐ褒められたのは何時ぶりだろうか。
剣をひたすらに振り続けた。イライラして、何もかも憎くて、固有魔法が使えない自分に失望して。ただがむしゃらに、誰かが評価してくれるはずもないのに、バカみたいに剣を振った。どうせ無駄だと思った。そう思う度に、怒りが、悔しさが込み上げてきて、そんな日はいつもより多く剣を振るった。
それが、無駄じゃなかった。あの振り返りたくもない日々が、いつかの今日に、確かに繋がっていた。レオン・ヴァルフォートが、レオが、俺がやってきたことは無駄じゃなかったんだ……!
「っ……」
涙がこぼれ落ちる。精神年齢だけならばもういい歳なのに。たった一言褒められただけで、こんなにも胸が揺さぶられてしまう自分が情けなかった。拭っても拭っても、この透明な滴はしばらくの間、少年の頬を伝い続けた。
「……回復薬、まだあるぞ」
「……いただきます」
「ちょっと、あんた達! なんだいこれは!? 中庭がめちゃくちゃじゃないか!」
レオをここに案内した後、ギルド内へ戻っていた受付嬢が慌てた様子で駆け寄ってくる。
レオとガルヴァスは互いに一瞬見つめ合うと、困ったようにその相貌を曖昧に歪めた。




