第8話 『わたしのせいです』『申し訳ございません』
「この袋に入っているのが、その魔導書だね。ずいぶんと分厚いけど」
マーサはさっそく袋から2冊の魔導書をとりだした。
「マーサさん! いいんですか?」
「なにが?」
「ルリさんです! なんとか会って、話をしたほうがいいのでは?」
「会うって、どこにいるか知っているのかい? 『異世界』とやらがどこにあるのか」
「し……、知りませんが……。あ! ほら、マーサさん、以前何かしてませんでしたか? ルリさんと連絡がとれないときに、こう、手をギュッと握って」
ピーターはあの時のマーサと同じポーズをとる。
「ああ、よく覚えてるね」
「あれって、何かの魔法なんじゃないんですか? ルリさんと連絡がとれるんじゃないですか?」
「とってどうするんだい? あの娘はもう、絶対に戻ってこないよ」
「そう、かもしれませんが、このままじゃ……」
ピーターは唇をかみしめる。
「ピーターくん。きみは何か、ルリのためにしたいことがあるのかい?」
「したいことというか……。だって、なんだか悲しいんです。この手紙のルリさん、すごく自分を責めています。役立たずとか、無理だとか……。そんなことないのに! それがとても……悲しくて、つらいんです。だから……だからその……」
ピーターは何かを言おうとしているが、うまく言葉にできないようだ。
ハンスはピーターの言いたいことがよくわかっていた。やりきれない気持ちになっているのは、彼も同じだった。
「あれは魔法とは違うものだ。あの娘が教えてくれたのさ。本当に困ったとき、やってみるといいって」
「ルリに? 僕は教えてもらっていないけれど……。なぜだろう……」
マーサが、お前に教えるわけがないだろうという視線をハンスに向けるも、本人は気づいていなかった。
「その、もしよければ、教えてもらえませんか? 会えなくてもいいです。ただルリさんに、伝えたいことがあるんです」
「何を?」
「ルリさんが、素敵な人だってことをです」
マーサの目が一瞬丸くなるも、すぐに鋭い視線に戻った。
「はっ。会ったことない人から言われてもねえ」
マーサが馬鹿にしたように笑う。
「あ、会ったことはありませんが、任務でやりとりして、少しは知っています!」
「あの娘の素敵なところってのは、なんだい? 言ってみな? 任務であれだけのやらかしをしたあの娘の、どこか素敵だって?」
マーサがイライラした様子で迫ると、ピーターは少し怯んだ。
「そ、それはたしかに、任務でめちゃくちゃな失敗は日常茶飯時だし、むしろ成功することのほうが少なかったですけど……」
ピーターは思わず視線をそらした。
「ほれ。いいとこなんて、ひとつもないじゃないか。『失敗してたけど、頑張ってたよ』なんていう言葉しかでてこないなら、あの娘に伝えようとするのはやめな。そんなのはただの自己満足。迷惑なだけだ」
「マ、マーサ。なにもそこまで言わなくても」
「あんたは黙ってな」
「はいっ!」
マーサの圧がすごい。ハンスは一撃で戦意喪失した。
けれどピーターはまだ折れていなかった。
「ルリさんははたしかに問題児でしたが、とても優しい人でした。いつも率先して任務につき、誰かのために戦い、みんなを守ろうとしていた」
「その結果、いつも失敗するんだよ」
マーサの言葉は正論だった。正論すぎて、ピーターはぐうの音も出ない。
だけど──。
「……そうですね。地面に大穴をあけるし、池の水を蒸発させるし、街は吹き飛んだし、大量の請求書は送られてくるし。それはもう散々ですよ」
ピーターは強く拳を握りしめた。
「だけど、あの時池の近くにいた村人たちは、全員無傷です。 みんな『水がなくなった』『どうしてくれるんだ』ってルリさんを責めるけど……誰も、彼女が魔物を倒したことには感謝しない」
視線を上げるピーターの目には、はっきりと強い光が宿っていた。
「魔王のことだって、ルリさんがいなかったら今頃全員殺されてますよ! それのどこが役立たずなんですか!? 『街を壊された』『どうやって生活すればいいの?』。はあ?そんなのクソ食らえです。生きてるから文句言えるんでしょ。文句があるなら人に頼らず自分たちでやってみたらどうですか? 自力で魔王追い払ってみたらいいんじゃないですか?」
「ピ……ピーターくん? きみ、いつのまにそんな腹黒に……」
いつもと様子の違うピーターに、ハンスは驚きを隠せない。
「壊した金額だけ計算して、守られた命の数を無視するのはおかしいです!」
マーサがピクリと眉を動かす。
ピーターがここまで自分の感情を剥き出しにして、黒い本音を言い放つのは初めてだった。
「彼女は、ボロボロになっても誰かを守る人です。僕は知っています。お二人もそうでしょう? だから、ルリさんが何度やらかしても厄介払いしなかった。……だから僕は彼女に『あなたはちゃんと誰かを守ったんです』って伝えたいんです!」
ピーターは顔を真っ赤にして、肩で息をする。
ハンスは恐る恐るマーサの顔を覗き込むと、先ほどまでのしかめっ面がふっと柔らかくなっていた。
「まあ、そこまでの想いがあるなら、教えてやってもいいよ」
ピーターの顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
「ただ、ひとつ訂正させてもらうとね、あの娘に感謝している人はいるよ。とくに、魔王との戦いで使った無差別治癒魔法。あれのおかげで、病気やケガが治ったという報告がある。直接お礼を言いたい、手紙を書きたいと言っている人もね」
「本当ですか!? ああ! そのことも伝えなきゃ!」
ピーターは自分のことのように喜んだ。
「ただし! 今から話す方法は、むやみに他言しないように。いいね?」
「はい!」
「もっちろんさ!」
「ハンスさんもしてくださるんですか?」
「もっちろんさ!」
マーサは怪訝そうな顔でハンスを見ると、説明を始めた。
「これはね、神様に祈っているんだ」
マーサは胸の前で手をギュッと握った。




