第7話 わたしは主人公の器ではなかった
話はルリがいなくなる少し前に遡る――。
結局、魔王は死んでいなかった。
あれほどの攻撃を受けたにもかかわらず、かろうじて生きていたというのだ。
すぐに国の騎士団が派遣されたが、魔王を捕らえることはできなかった。
だが、ルリの手応えと魔王の魔力反応から推測するに、魔王はかなりの深手を負っており、回復するまでに相当の時間を要するだろうということだった。
弱体化している今がチャンスだ。
国は血眼になって魔王を探している。一刻も早く、魔王が倒されることを、誰もが願っていた。
そんな中、事務室の3人は事後処理に追われていた。
予想通りの大量の請求書、報告書、始末書。連日徹夜続きではあったが、文句を言いながらも手分けして対応していった。
とある日の夜。
ハンスとマーサは外出中で、事務室にいたのはピーターだけだった。
たまりにたまった疲れのせいでウトウトしていると、事務室の扉が静かに開いた。
「す、すみません、夜おそくに……。お疲れさま……です」
扉から顔をのぞかせたのは、ルリだった。
「あれ? ハンスさんとマーサさんがいない。珍しいですね……」
ルリは事務室をキョロキョロと見回すと、寝落ちしているピーターを見つけた。
「はじめまして。もしかして、ピーターさんですか?」
返事はない。聞こえてくるのはピーターの寝息だけだ。ヨレヨレの服に、やつれた頬、目の下にはクマができていた。
「わたしのせいですね。本当にすみません……」
ルリは持っていた紙袋をハンスの机に置くと、
「紙とペン、お借りしますね」と言って、何やら書き始めた。
「なんだこれはあーーー!!!」
ハンスの絶叫で、ピーターは椅子から転げ落ちた。
「いてて……、僕、ねてたのか……」
「ピーターくん! 彼女! 彼女が来てたの!?」
「……へっ?」
寝ぼけているピーターは、何のことやらさっぱりだった。
「ルリだ! 彼女が書いた手紙が置いてある!」
「……ええっ!?」
驚きのあまり一瞬で目が覚めたピーターは、慌ててハンスの持つ手紙を見に行った。
『退職届』
「たい……しょく……とどけえ!?」
ピーターは目玉が飛びでるほど目を見開いた。
「えっ!? えっ!? まさか、僕が寝落ちしている間に!?」
「おそらくね……」
「す……、すみません!! 僕が寝てたせいで、気づかなくて、止められなくて……。すみません!」
ピーターが深々と頭を下げると、ハンスは「いやいやいや」と首を振った。
「きみが起きていても、彼女のすることはかわらなかったさ。そういう人だ。きみも、よくわかっているだろう?」
「それは、そうですけど……。でも、話を聞くことはできました! 事情とか! なのに僕……、僕……」
ハンスは落ち込むピーターを慰めるように、肩に手を置いた。
「大丈夫。きっと、ここに書いてあるさ。マーサが帰ってきたら、みんなで読もう」
「へえ、まあ、そんな気はしていたけどね」
マーサは驚きもせずボリボリとクッキーをかじると、ゆっくりと紅茶を飲んだ。
「マーサさん! ルリさんから聞いていたんですか?」
「いんや、なんにも。ただの勘さ」
マーサはまたクッキーをかじる。
「最初に会ったときに思ったのさ。この娘は、きっとすぐにいなくなるってね。ずっとふわふわとしていて、捕まえることのできない雲みたいな娘だったから……」
「雲か……。確かにね……」
ハンスは手紙をそっとなでた。事務室にはしんみりとした空気が流れていた。2人がルリが辞めたことをすでに受け入れている感じがして、ピーターは悲しくなった。
「と、とりあえず、手紙を読んでみましょう!」
ピーターはハンスから手紙を受け取り、代読した。
『拝啓 親愛なるハンスさん マーサさん ピーターさんへ
この度は、わたしの失態により、多大なご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。
今回だけではありません。
何度も、何度も、わたしは失敗を繰り返しました。
このままではいつか、取り返しのつかないことをしでかしてしまう。そうなる前に、元の世界に戻ることにしました。
魔王を倒してほしい。
そう神様にお願いされて、わたしはこの世界にきました。
強い魔法の力を授けてもらい、この世界を救ってみせると、それはもう意気込んでいました。
あこがれた魔法、かっこいい呪文、不思議な生き物や道具。
この世界には、わたしの夢がつまっていました。
ですが結果はこのざまです。
ここでなら変われると思ったのが間違いでした。
わたしは、わたしのままでした。
鈍臭くて、要領が悪くて、すぐにパニックになる。
かっこよくて強い人間になりたかったのに、そんなのは異世界という夢の中よりも遠い場所に来ても、無理でした。
これ以上、この世界を壊さないために、帰ります。
ですが、わたしは魔王を倒せていません。
神様との約束を果たせていません。
そこで、2冊の魔導書を作成しました。袋に入れてありますので、後ほどご確認ください。
1冊は、様々な魔法の術式が書いてある本です。わたしが思いつくかぎりの特別な魔法を詰め込みました。
夢のような魔法ばかりですが、どれも一度ずつしか使えず、それ相応の代償を伴うものばかりです。
使用する際は、注意事項をよく読み、納得したうえでお使いください。
もう1冊は、魔王の倒し方について書いた本です。この本の通りにすれば、魔王を倒すことができます。
作っておいてこんなことを言うのはおかしいのですが、できればこの本は使ってほしくないのです。
この本に頼らず魔王を倒すことができれば、それにこしたことはありません。
最後の最後、どうしようもなくなったときに、使ってください。
ただ、誰でも使えるわけではありません。
条件を満たす人だけですので、ご注意ください。
わたしは相変わらず役立たずのままでしたが、
ここでの経験は、一生忘れることはありません。夢のような日々でした。
その思い出を胸に、元の世界でも生きてみます。
ハンスさん
マーサさん
ピーターさん
ありがとうございました。
どうか、お元気で。
ルリ・ラ・ルシフェリア・レ・ローゼンレイド
』
魔導書のうちの1冊は、別作品『勇者になれば』という小説の第13話にでてきます。
もう1冊は、『老いたる勇者の魔王の倒し方』にでてきます。




