第6話 実家に帰らせていただきます
「ポール! わかっていると思うが、戦闘が終わったら、すぐにルリを拘束するんだ! 魔力感知できる者を集めて、魔王の生存確認及び居場所を特定する。治癒魔法は敵が範囲内から完全にいなくなってからだ!」
『はい! すでに何人かに協力をお願いしています!』
「ルリは、拘束魔法で縛るか、隙を見て気絶させるかだが……。できれば一度気絶されたほうが確実だと思う。後頭部に軽く砲撃を食らわせてみるか? もしくは転送魔法で遠くに飛ばしてしまうとか……。ああ、でもそれだとまた面倒なことになる可能性が」
ハンスが頭を抱えながら、またしてもおっかない話をしている。
「あの娘の治癒魔法はね、無差別なんだ。範囲内のすべての生き物を治してしまう。そしてそれは、魔王も例外ではない」
「えっ!? じゃあ、魔王も治ってしまうんですか?」
「ああ。過去にそれで一度、やらかしている。倒したと思った魔王がまだ生きていたんだ。だけどそれを知らず、喜びで舞い上がっていたあたしたちは、あの娘が治癒魔法を使うのを止めなかったんだ。その油断が、今のこの事態を招いている」
マーサは悲しみを帯びた目を窓の外に向けた。
「魔王を確実に殺すか、せめて遠くに飛ばすかしないと、あの娘は治癒魔法を使えない。使ってはいけないのさ」
ハンスがあれだけ必死になっている理由が分かり、ピーターは気持ちを引き締めた。少しの判断ミスが、命取りになるのだ。
『詠唱完了まで、あと1分です!』
「わかった! 魔法が発動したら、きみたちはシールドで身を守れ! 固まって1つのシールドを張るんだ! そうすれば、ルリの魔法で死ぬことはないはずだ! ……たぶん」
『了解!』
「たぶん」の部分は、きっとポールさんたちには聞こえていないだろうなとピーターは思った。
魔道具からは、建物が崩れる音や人々の悲鳴が聞こえてきた。
「現場で戦うって、とんでもないですね……。どれだけ事後処理が大変でも、彼らの過酷さに比べたら、こんなの、これっぽっちも大変じゃないです」
ピーターは痛感した。血を流すのは彼らであり、自分はただ事務室で報告をうけるだけ。地獄のような雑務も、何日も続く残業も、それと比べれば、なんと平和なものか。
「そうさ。だからこそ、あたしたちが諦めることは許されない。最善の選択をし、彼らが任務を遂行できるよう指示を出す。無事に帰れるように、明日も頑張れるように」
頭をかきむしりながら懸命に指示を飛ばすハンス。
眉間にシワを寄せながら、現場で戦う彼らに激を飛ばすマーサ。
変人だと思っていた2人は、この事務室は、最後の砦なのだ。
現場で戦う彼らは孤独だ。
だけど、彼らを一人にしないように、話をする。彼らだけの責任にならないよう、指示をだす。ともに考え、ともに一喜一憂する。
もしピーターが戦闘員であったなら、2人の存在はとても心強かっただろう。ただ報告を聞くという仕事が、どれだけ大きな意味を持つのかを、ピーターはようやく理解した。
ピーターはギュッと拳を握り、ハンスとともに知恵を絞った。
そして――。
『発動まであと10秒! 9、8、7……』
ポールがカウントを始めると、事務室は緊張で静まり返った。ピーターは窓にかけより、煙に覆われた街を見る。
『4、3、2、1!』
次の瞬間、すべてが光に包まれた。
まばゆい光が、街や事務室だけでなく、おそらくこの国全土を覆っていた。
目を開けることはできない。何も見えず、音も聞こえない。
ふわふわと夢の中を漂っているかのような、自分が何をしていたのかを忘れてしまうような、そんな不思議な時間が流れた。
鼓膜が張り裂けそうな爆音とともに光がパッと消えると、ハンスたちは我に返った。
「……今のは……?」
体験したことのない魔法の余波にあてられ、ピーターはよろけた。体はかすかに震え、目のまえがチカチしている。それはハンスとマーサも同じであった。
「と、とりあえず、その話は後だ! 街は!?」
ハンスの叫びでピーターははっとし、再び外をみるも、衝撃的な光景に言葉をなくした。
「あ……」
ハンスとマーサも慌てて外を見に行く。
街の半分と、その奥に広がる岩石地帯が、跡形もなく消し飛んでいた。あれほど高くそびえ立っていたいくつもの岩山がなくなり、数百メートル先まで、平らになっていたのだ。
「これを、彼女が……」
彼女の力を初めて目の当たりにし、ピーターは唖然とした。これが『天変地異』と言われる所以。今まさに、地形がかわったのだ。
『ザザッ……。ザザッ……』
音が聞こえ、3人は魔道具にかけよる。
「ポール! どうなった! 無事か!?」
『ザザッ……。こち……は、……す」
「よし! ルリを拘束しろ! そのあと後頭部に一撃くらわせて、数人で転送魔法を使い、彼女を移動させるんだ!」
ポールの言葉がとぎれとぎれしか聞こえなかったにも関わらず、ハンスは指示をだした。
「は、ハンスさん! まだポールさんたちが無事かどうかわからないのに」
「大丈夫さ! 声が聞こえたということは、生きている証拠! 生きていればなんとかなる!」
「そんなむちゃな……」
「魔王の生存確認も急げ! おおよその居場所だけでも突き止めるんだ!」
『……さ…が、……しません』
「なんだ!? どうした!?」
『……ルリさんが、気絶しません! 砲撃がシールドで防がれてしまいます』
「ルリめっ……。大人しく気絶すればいいものを」
ハンスはギリッと奥歯を噛み締める。その目はまるで親の仇でも見ているかのように鋭かった。
『我々が彼女に攻撃をしたことで、パニック状態になっています! 今にも治癒魔法を使いそうです!』
「ぬあーーー!? 治癒魔法の隙を与えるな! ルリを攻撃しまくれ! その間に、魔王の位置を特定するんだ!」
『ですが、万が一、ルリさんにあたったら……』
「心配するな! ルリのシールドは死ぬほど硬いんだ! 殺す気で攻撃し続けろ! シールドにヒビをいれた者には追加で報酬を出す! なんとしてでも意識を逸らさせるんだ!」
『みんな、聞いたか!?』
魔道具から『おおっ!!』という歓声が上がった。お金の力、恐るべし。
7分後――。
『魔王の位置確認! 生死はまだ不明ですが、治癒魔法の範囲外です! 魔物もいません!』
「よしっ! ルリは!?」
『まだ我々が抑えています!』
「すんばらしい! 総員攻撃をやめて、ルリに治癒魔法を使わせてくれ!」
『了解! 攻撃、やめーーい! ルリさん、お願いします!』
街が再び、光に包まれた。
先ほどの目もあけられないほどの強い光とは違い、優しく、あたたかな光だった。治癒の光は、街の外にまで及んでいた。
のちのちの調査でわかったことだが、絶対に治らないと言われていた病気が治った人がいたり、見えなかった目が見えるようになった人がいたりと、ルリの魔法は、多くの人々に幸せをもたらしていた。
人々はルリを探した。救ってくれた恩人にお礼を言いたいと、事務室に多くの手紙が届いた。けれど、それをルリが読むことはなかった。
ルリは、帰ってしまったのだ。




