第5話 7分のやつもありますよ
『緊急事態発生! 緊急事態発生!』
魔道具から聞こえてきた鬼気迫る声が、事務室に響き渡る。3人はすぐにただ事ではない雰囲気を感じ取り、臨戦態勢に入った。
報告によると、魔王が大量の魔物を引き連れて街で暴れまくっているらしい。すでに大勢の魔法使いが戦っているが、戦況はかなり悪いとのことだ。
「ルリを呼ぶんだ!!」
ピーターは急いで魔道具を起動させるが、ルリからの応答がない。
「また魔道具をなくしたのか! ポールに連絡を! ルリを探してもらうんだ!」
「他の人にも、ルリさんを探してもらいます!」
焦るハンスたちをよそに、マーサはわかっていたよと言わんばかりに諦めのため息をついた。
「やっぱりね……。いっつもこうさ、あの娘は。いてほしいときにいないんだ」
1時間たっても、ルリと連絡をとることはできなかった。
「くそっ!」
ハンスは焦りで顔をゆがませる。
すると、ドンッと大きな爆音とともに、地面が大きく揺れた。棚に並んでいた書類がバタバタと崩れおち、床に物が散乱した。
マーサはお気に入りのティーカップを持ち、机にしがみついた。
揺れがおさまると、ピーターはあるものが目に入り、窓の外を見に行った。
「ああっ! 煙が上がっています!」
近くの街から火の手が上がっていた。魔王が魔物とともに現れたのは別の街だったはずだが、戦いの余波なのか、それとも魔王が移動したのか、どちらにせよ、すぐ近くまで危機が迫っていた。
「何か、手はないんですか? このままじゃ……」
ピーターはハンスにすがるような視線を向けると、ハンスもピーターにすがるような視線を向けた。
「まったく。奥の手を使うしかないね」
マーサはポツリと呟くと、ティーカップを机におき、両手を胸の前で合わせた。目を閉じると、そのまま数秒間動かなかった。かなり力が入っているのか、握った拳がかすかに震えていた。
その様子を、二人は静かに見守っていた。
マーサが目を開くと、「たぶん、もうすぐ連絡がくると思うよ」と言った。
「マーサ! ありがとう!」
ハンスがマーサに抱きつこうとしたら、書類の束で頬をひっぱたかれた。だがハンスは嫌な顔ひとつせず、むしろとても嬉しそうに頬をさすっていた。
ハンスはよほどマーサを信頼しているんだなとピーターは感じた。
「なぜわかる?」「何をした?」なんてことは聞かない。マーサが「くると思う」と言っている。それだけで十分なんだ。
そしてマーサの言葉通り、数分後に事態は動いた。ポールがルリを見つけたのだ。
すぐさま現場に向かわせると、事務室の雰囲気は一気に希望に満ちていった。
「緊急連絡! 緊急連絡! まもなく『歩く天変地異』が到着する! 住民の避難を優先してくれ! 街から全員追い出すんだ! 避難が完了したら、君たちも退避だ! 今から街は破壊される! 巻き添えをくらうまえに、一刻も早く出るんだ!」
「……どっちが魔王なんだか」
「ははっ。確かに」
マーサのツッコミにピーターは思わず吹き出した。
「だけど、今日はとても頼もしいです。早く大暴れしてもらいたいくらいですよ」
「この部屋を埋め尽くすほどの請求書が届くことになるけどねえ」
「平気です! 何日だって残業しますよ!」
「はんっ。若いねえ……」
3人とも、いつもの調子が戻ってきた。
『こちらポール、こちらポール!』
ポールの声が聞こえ、ハンスとピーターはこれでもかというほど魔道具に顔を近づける。
『ルリさん到着しました! これより、敵を殲滅します!』
「おお、ポール! ありがとう! 彼女の到着をこれほど心待ちにしたことがあっただろうか? いや、断じてない! 魔王よ、目にもの見せてやる。ふははははっ!」
「ハンスさん。楽しそうですね……」
「情緒不安定なだけさ」
「ふはははほっ、ゴホッゴホッ……」
ハンスは笑いすぎてむせた。
『それで、1つお願いがあるのですが』
「ゴホッ! なんだ!? なんでも言ってくれ!」
『魔法の詠唱に5分かかるそうです! その間、身動きがとれないので、手が空いている人たちでルリさんを守ってほしいのですが!』
「……うん?」
なにやらスルーできない言葉が聞こえ、ハンスはピーターとマーサを見る。2人の顔はあきらかに引きつっていた。
「えーっと、僕の聞きまちがいかな? いや、きっとそうだよね。聞きまちがいだね。なんだか、5、とかなんとか聞こえたけれど、そんなわけないよね? そーんなバーカな話があるわけないよね」
『合っています! 5分です! なので、応援をお願いします! 人手が必要です! 今すぐに!』
ハンスの願いもむなしく、ポールは面倒な事実を叫んだ。
「ぜっ……、前言撤回! 退避するな! 手の空いているものはルリを守れ! 彼女に魔物を近づけさせるな! 」
ハンスは顔を真っ赤にしながら魔道具にむかって叫んだ。
「なに? ケガ? そんなことしたら危ない? ははははっ! 心配するな! ケガはルリが治せる! 死ぬ以外のケガならどんな重傷でも治せるんだ! いいか!? 手足が吹き飛んでもルリを守れ! どれだけ血がながれようとも倒れるな! あとちょっとで死んでしまうー、もう本当に無理だー、となるまで戦え! 逃げた者は今回の報酬はなしにする!」
ハンスの狂気っぷりに、ピーターは少し引いていた。
「さっきまで住民を避難させろとか退避しろとか言っていた人と同一人物だとは思えません……」
「けど、最善の選択さ。あの娘を守れるかとうかで、すべてが決まるんだからね」
マーサは特に気にしていないようだった。
「ルリさんて、治癒魔法まで使えるんですね」
「ああ。だけど1つ、大きな問題がある」
「問題……? もしかして、重傷しか治せないとかですか!?」
大技しか使えない彼女の体質からすると、軽症を治すことはできないのかもとピーターは考えた。
「いいや、どんなケガでも治せるよ。ただ、範囲が広すぎるのさ」
「広いのはいいことでは? たくさんの人を治せるということですよね?」
「そう。だけど、それが問題なのさ」




