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第4話 本当です!異世界です!

 ピーターが働き始めてから、数日が経った。

 書類を眺めていると、ふと、あることを思った。



「そういえば僕、ルリさんのこと全然知らないです」

「もう十分知っているじゃないか。嫌というほど……。ふっ……」


 ハンスは遠い目をする。今日はマーサは休みだ。


「あ、いえ、そういう意味ではなくて、どういう経緯でこちらにいるのかとか、どうしてそんなに強いのか、とか。そもそも、お会いしたこともないですし」

「ああ……。そうだったね。ここに来ることはほとんどないから。いや、来られても何をしでかすかわかったもんじゃないから、できれば来ないでいただきたいんだけど。もし来たらいったいどんな恐ろしいことをしでかすか……」


 最悪の事態を想像してハンスの顔色が悪くなっていったので、ピーターは慌てて話を戻した。



「ルリさんて、紫の髪と瞳の美女なんですよね?」

「ん? ああ、そうだよ。とびきりのね。見たら驚くよ!」

 

 ルリの話でハンスの顔がほころぶのを、ピーターは初めて見た。彼女の話をするときのハンスは、いつもこの世の終わりみたいな顔をするから。


「まあ、実際会ってもきっと彼女だとはわからないだろうけど」

「なぜです?」

「日ごろの行いからは想像もできないくらい、人見知りで引っ込み思案でオドオドしていて大人しくて優しい人だからさ」


 まさかの言葉に、ピーターは耳を疑った。



「僕、てっきり傍若無人な感じの人だとばかり……」

「はははっ! 無理もない。彼女のやらかしを知っていれば、誰だってそう思う」


 これまでの報告を聞くかぎり、そんな要素はいっさいなかったのにとピーターは困惑した。


「あ、でもそういえば、池の水を消したとき、申し訳なくて変わりの水を持ってきたって」


 ピーターはポールがそう言っていたのを思い出した。


「そうそう。彼女はね、自分でも困っているのさ。大きすぎる力しか使えず、いつもうまくいかないことを気にしている。任務の後始末も、なんとか自分でしようとするんだ。だけどそれが残念なことに、絶対にうまくいかない。ぜーったいに!」


 ハンスはブルブルと高速で首を振る。そのせいで気持ち悪くなったようで、ほんの少しぐったりした。


「でも、ちょっと待って考えれば、より良い解決策を思いつくかもしれないのに。後先考えずに行動しているようにしか……」


 ポールは何度も「待ってください!」と叫んでいた。ちんと話を聞いていれば、最悪の事態は防げたはずだ。



「チッチッチ。ピーターくん。彼女はね」


 ハンスはピーターの前で人差し指を左右に動かす。


「残念ながら賢くないんだ。そのくせ、自分でなんとかしたい。自分のやらかしのせいで迷惑がかかるのが耐えられず、一刻も早く解決したい。その焦りが、ああいった行動となる」


 ハンスはなおも人差し指を左右にふり、それを目で追っている。


「そうなる前に、止められないんですか?」

「こちらが聞くまえに、巨大な岩を破壊したり、大量の水をぶちまけるんだ。止める隙なんてない。もちろん、気をつけるように言ってあるが、本人はパニックになると、それを忘れてしまうそうなんだ」


 ハンスは目が疲れたのかこめかみをギュッと押さえた。


 ハンスはマーサのことを『変』だと言っていたが、ピーターはハンスも十分『変』だと思いはじめていた。変な人しかここの仕事を続けられないのだとしたら、ここに慣れてきた自分もそっちの部類に入るのではないかと、なんだか複雑な気分になっていた。




「なぜ、彼女はここで働いているんですか?」

「魔王を倒すためだよ」

「魔王!?」


 数年前に現れた魔王は、今はこの国に居座っている。国内外から腕利きの魔法使いを集めてはいるが、いまだに倒せていない。魔王が生み出す魔物を対峙するだけで精一杯なのだ。


「ルリさんの力があれば、まさか魔王を倒せるんですか!?」


 ピーターは興奮した。魔王相手なら力が加減できなくてもいいし、彼女がどれだけ暴れても問題のない相手だ。


「いい線はいくらしい。だが、ひとりでは倒せないそうだ。協力者が必要だと」

「それでも、倒せる可能性があるのはすごいことです!」


 ピーターが目を輝かせると、ハンスは「そうだね」と優しく微笑んだ。



「だけど、なぜルリさんは魔王を倒したいんですか? あ、いえ、そりゃ、誰だって魔王に死んでほしいと思っていますが、自分から名乗りをあげるのって、とても勇気がいると思うんです」


 いくら強くたって、相手はあの魔王だ。


「頼まれたそうだ。たしか、かみ……、かーさん? いや、違うな。名前は忘れてしまった。

初対面のときに教えてもらったんだが、ルリの名前を覚えるのに必死だったから、ちゃんと聞いていなかった」

「ルリさんの名前?」


 ピーターは首をかしげる。


「ルリ・ラ・ルシフェリア・レ・ローゼンレイド」


 ハンスの言葉に、ピーターは意味不明な技名を聞いたときと同じ顔をした。


「……なんですか、その長くて噛みそうな言葉は」

「うそか本当かはわからないが、彼女の本名らしい」


 ピーターは顔をしかめる。


「ルリさんて、もしかしてただ長くて難しい言葉を並べるのがお好きなだけなのでは?」

「僕もそうかなとは思っているよ。かっこいいのが好きだと、言っていたことがある。燃えるんだってさ。だけどまあ、魔法に関しては実際に発動しているわけだし、それを突っ込んでも仕方がない」


 それを言われると、ピーターも何も言えなかった。現にその魔法で魔物を倒しているのだから。



「ええっと? なんの話だったか……。ああそうだ。とにかく、誰かに魔王を倒してほしいと頼まれたらしい」


 ハンスは話を元にもどした。


「家族とか、故郷の人に、じゃないですか?」

「あー、それについても、彼女は変なことを言っていたよ。なんでも、自分はここではない他の世界から来た異世界人だと。だからここには家族も知り合いもいないらしい」


 またわけのわからない話に、ピーターは眉をひそめた。


「それは、ただ単に他の国から来たことを、かっこいい感じで言っているだけでは?」

「そうだと思うけどね。まあとにかく、変な人なのさ」



 ルリのことについていろいろと知れたはずなのに、ピーターにとっては疑問が増えただけだった。

 ひとつ言えるのは、かっこいいのが好きという理由だけであんなに長ったらしい魔法を使っているのだとしたら、たまったもんじゃないということだ。


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