第9話 ありがとうございます。届きました。
「カミサマって、ルリの手紙に書いてあったやつかい?」
「そうさ」
「それって人の名前ですか? それとも物ですか?」
「どちらでもないらしい。神様という、願いを叶える力を持った存在がいるらしい」
「願いを、叶える……?」
「そんなことができるんですか!?」
ハンスとピーターは目を見開いた。
「あたしも詳しくは知らないんだけどね。神様に願い事や祈りを捧げると、それを叶えてくれるそうだ。ただ、絶対ではない。叶わないこともある。それを忘れないように」
「素晴らしいじゃないか! そんな存在がいるなんて! なぜ今まで知らなかったのだろう!」
ハンスは喜びの舞を踊る。おそらくマーサの話の後半は聞いていないだろう。
「いま、やってみてもいいですか?」
「ああ。心で念じるんだ。強い心で、願いを。そうすれば、神様が側にきて、願いを聞いてくれるんだってさ」
ピーターはさっそく試してみた。
胸の前で両手を合わせ、目をつぶる。ルリに伝えてほしいことを念じ、お願いします、お願いします、と何度も繰り返した。
やり終えると、隣でハンスも同じポーズをしていた。
「神様に届いたって、どうやってわかるんですか?」
「そんなもんは知らない。それがきっと叶うと信じることしかできないよ」
ピーターは不安気な顔をした。
「マーサさんは、僕の願いが叶うと思いますか?」
「さあ。ただ、あたしの願いはあの時叶った。だから、神様が存在するのは確かなんじゃないかい?」
マーサがニンマリとすると、ピーターはなんだか祈りが届くような気がしてきた。
「ただ、あまりこういうのを信じすぎないようにしな。得体の知れない存在なんて、入れ込みすぎるとよくないもんさ」
「え? はい……。わかりました」
なぜマーサがこの方法を言うことを渋ったのか、ピーターはまだわからなかった。
「それで、おまえさんはいつまで祈ってんだい? そんなにあの娘に言いたいことがあったのかい?」
ハンスはまだ祈っていた。
「うーん、うーん」と唸りながら、何やら必死に。
「よしっ! これだけお願いすれば、大丈夫だ!」
目をあけたハンスは、額の汗をぬぐうと、なんとも晴れやかな表情をした。
「ハンスさんも、ルリさんに伝えたいことがあったんですね」
ピーターはハンスも同じ気持ちを抱いていたことが嬉しかった。
「ルリに? いいや、僕は他のことを願ったよ! 連絡用の魔道具をもっとください。みんなの給料をあげられるようにお金をください。マーサの腰痛があいったい!!」
「こんのバカタレが! 余計なことをするんじゃない!」
マーサが魔導書の角で殴った。
「なんでさ! いいじゃないか! 願いを叶えてくれるんだろう?」
「あたしがむやみやたらにこの方法を言いたくない理由がこれだよ! こいういバカが増えていくんだ!」
マーサはバカ代表を指差す。
「自分じゃなにもしない、助けてくれるのを待つだけの人間ができあがっていく。それが増えたら、きっとこの世界は終わりさ。長くはもたない」
「……もしかして、神様の存在があまり知られていないのって、そういったことが関係しているのでしょうか?」
「ふんっ。そこまでは知らないよ。これはあたしの考えだ。けど、あたしはそれが理由だと思うよ」
マーサは再びハンスを見る。
「自分でできることは、自分でやりな。よくわからないものの手をかりるんじゃない。本当に本当にどうしようもないときだけにしな」
「だけど僕は本気で」
「へ、ん、じ、は!?」
「はいっ!」
「わかったら、今すぐさっきの願いをキャンセルしな! ほら! 祈れ!」
「はい! ただちに!」
ハンスは再び祈り、それが終わるとちょっぴりしょぼんとした。
マーサに怒られてばかりのハンスだが、ピーターは最初に会ったときより、ハンスのことを尊敬していた。
仕事に対する姿勢もそうだが、ハンスが先ほど神様に願ったことは、自分のことじゃなく、すべて他人のためのものだったから。
「ハンスさんて、良い人ですよね」
ピーターが微笑ましい顔でハンスを見ると、マーサに「あんたも大概変だね」とちょっと引かれた。
「そうだ!」
ハンスは何かを閃くと、魔導書を手に取った。
「魔導書で……、おや? 開かないぞ……」
ハンスが持っているのは、表紙に『魔王の倒し方』と書かれている魔導書だ。
「条件を満たす人しか使えないって書いてありましたよね? 開かないのは、それのせいかもしれません」
「あたしも開けられなかったよ。これじゃ、誰がその条件に合うかもわからないねえ」
「手当たり次第、いろんな人に試してもらうしかありませんね……」
「まあ、あまり使ってほしくなそうだったから、焦る必要はないだろう」
「くそっ……。こっちならどうだ」
ハンスはもう1冊を手に取る。
「おっ! こっちは開いた……けど、なにも書いてない……」
ハンスが肩を落とす。
「他のページはどうですか?」
「真ん中しか開かないんだ……。どうなっているんだ……」
魔導書はかなり分厚かったが、どうやっても真ん中しか開かなかった。
「そうだ……。ほしい魔法を念じてみればいいんじゃないか?」
ハンスはそう呟くと、魔導書を開きながら目を閉じた。
「ハンス、変なことをするんじゃないよ。あの娘の手紙に書いてあっただろう? 代償が伴うと。何が起こるかわからないんだ」
マーサの忠告に聞く耳を持たず、ハンスは念じ続けた。
「あ! ハンスさん! 文字が!」
興奮したピーターの声で、ハンスは目を開ける。
「おお! やったぞ! あった!」
「えっ……。ハンスさん……。この魔法って……」
喜ぶハンスとは反対に、ピーターの顔は曇っていた。
気になったマーサが魔導書を覗き込むと、そこにはこう書かれていた。
『お金持ちになる魔法』
「おまえは……」
マーサがプルプルと震え出したので、ピーターは一歩後ろに下がった。
「おまえはどうしていつもこうなんだい! 神様がダメなら魔導書頼みか!? 自分で頑張るって選択肢はないのかい!?」
マーサはハンスの肩を掴み、思いっきり前後に揺らした。
「いや、だって! 誰かが使ってみないことには! 誰にも使わせられないじゃないかあ〜! 僕は自分を犠牲にして、実験をー……」
「うるさい! だいたい、いっつもいっつも」
マーサとハンスの言い合いが始まったので、ピーターはやれやれとため息をついた。とりあえず、読みかけの魔法の内容を最後まで読んでみた。
するとそこに書かれていたのは――。
「ハ、ハンスさん……。これ、最後まで読みましたか?」
「ふへえ?」
揺さぶられすぎて目が回っているハンスを離し、マーサが魔導書を読んだ。
「……へえ。なるほどね」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、マーサはふらふらしているハンスに魔導書を渡そうとした。
「ハンス。悪かったよ、疑って。確かに誰かが試すべきだね。やってみてくれないかい?」
ただならぬ気配を感じとり、ハンスは寒気がしてきた。
「い、いやだ……。きみがそうやって笑うときは、よくないことがあるんだ。僕にとって……」
「そんなことはないさ。ほら、お金持ちになるんだろう? ほら、ほら!」
「い、いやだあーー!!」
ハンスが部屋から脱走した。
「待ちな! 逃げるんじゃない!」
「いやだあーー!!」
マーサはハンスを追いかけていった。
「ははっ、元気だなあ、ふたりとも」
机に置かれた魔導書の、開かれたページの最後。注意事項には、こう書かれていた。
『金輪際、お金に困ることはないが、そのかわり、金輪際、誰からも信用してもらえない。
何を言っても嘘だと言われ、良いことをしても怪しまれ感謝されない。』
「代償だな!? 代償だろう!? 代償がとんでもない代償なんだ!」
「そんなことないさ! おまえにとっちゃ、たいしたこのない代償だよ! いっつもこうなんだから!」
「ぜーったい嫌だあ! そこに書かれているのは破滅の言葉なんだ! 僕はもう終わりだあ!」
「そんな大層なことは書いちゃいないよ!」
「いやーー! マーサに殺されるー!!」
「平和だなあ」
事務室には、今日も生ぬるい風が入ってくる。窓の外には、平らになった岩石地帯が広がっていて、街はまだ元通りにはなっていない。
彼女はもういないけれど、彼女がいた証はあらゆるところに残っている。
「……届いてるといいな。ルリさんに」
ピーターはペンを握り、積み上がった書類に向き合う。
彼女が守ってくれたこの世界で、今日も彼らは戦い続ける。
事務室の、机の上で。
おわり
――――
後日、マーサの重度の腰痛がピタッと治り、ハンスはこっぴどくしかられましたとさ。
読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は『魔王』というシリーズに含まれています。神様という存在を知る人がほとんどいない世界の物語です。
このお話をきっかけに、他の作品にも興味を持っていただけたら嬉しいです。




