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王子は私に気づかない  作者: あおき華子


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第七話

 深くため息をもらした王子に、ジョーンはびくっと身じろぎをした。


「私は人を見る目がないということか?」


 ジョーンはペトロネラと宙に指で何度も書いてみせた。


 ラルフ王子が青い目を鋭く狭めた。

「字が書けるではないか」


 王子は屈み、枝を拾って差し出した。

「説明しろ」

 

 ジョーンは息を大きく吸い込んだ。

 しばらく悩んだ末、『ペトロネラは魔女』と地面に書きなぐった。





 矢継ぎ早に質問された。 ジョーンは地面に書いた『分からない』と『忘れた』の文字を何度も枝で指した。


 それがまずかった。



「ジョーン姫は異端者どもに連れ去られたのでは?」

 サー・トマスが言った。





 ダンズウェル卿の兵に包囲された、父の城。


 馬からおりたペトロネラは、堀の隠し通路の入り口を見下ろしながら、舌打ちをした。


 ここから入り込んでも、捕まりにいくようなものだ。


 なぜ私がこんな目に遭わなければならないの?

 

 ジョーンに過保護なダンズウェル卿、それに王子。


 王子に不当に問い詰められたこと。今思い出しても、腸が煮えくりかえる。


「ジョーンのどこがいいのよ」

 ペトロネラはボソボソとつぶやいた。


 男になったジョーンの姿を思い出すと、少し気が晴れた。



 今頃どうしているだろう。何もできないお姫様。


 ペトロネラは小さく声を出して笑った。


 怖がりで、隠し通路に一人で入ることもできなかったジョーン。



 上空でカラスが鳴いて呼んでいる。

 

 空を飛ぶカラスに頷くと、ペトロネラは父の城に背を向け、馬にまたがった。





 鹿の群れが林の奥に逃げていく。


 うっとうしい雨がしとしとと降り始めた。


 ジョーンは馬に乗りながら、マントのフードを被った。

 それから漂うラルフ王子の香りが、苛立ちをさらに募らせた。


 前後にぴったりと護衛たちの馬が張り付いている。

──王子の命令で、私が逃げない様に。


 縄で縛られていないのは、そのほうが移動させやすいから。ただそれだけだろう。


 ジョーンはひりひりとしみる目を何度も瞬きながら、馬の速度を落とした。


「早く行け。異端者!」

 後ろの若い護衛──サー・ヘンリーがすぐに怒鳴った。


 ジョーンは先頭を進む王子の背中を激しく睨みつけた。



 


 林を抜けた先に見えた、ひらけた場所にある高い城壁。

 ジョーン達がそこにたどり着いたのは、日の落ちる直前だった。


 護衛達の会話に聞き耳を立てて、ここが離宮であることが分かった。




 連れて行かれた城壁の塔。

 螺旋階段を上りきって最上階の部屋に入ると、護衛が後ろでドアの鍵を閉めた。


 冷たい石の床にわらの寝床。腕を通せないほど細い窓。


 ほとんどここも、牢のようなものだった。


 ジョーンはひと掴みしたわらを、思い切り宙に投げつけた。




 細い窓から見える、満月手前の丸く膨らんだ月。

 ジョーンは口を引き結んで顔をそらした。


 明日、逃げよう。


 でもどこに?誰が受け入れてくれる?



 しばらく動きを止めた後、ジョーンはリュートを抱えた。


 私にはこれがある。




 指は太くなっても、奏でる音は以前のままだった。


 お気に入りの曲をいくつか弾くと、体のこわばりが少しだけ解けた。



「ジョーン?」


 外からかすれた声が聞こえた。


 ジョーンはリュートを置いて、何かに突き動かされるように窓辺に近づき、見下ろした。


 城壁のそばに一人。


 月光が、視線を巡らせる王子を照らしていた。


「ジョーンなのか?」


 彼の苦しげな声。


 ジョーンは顔を両手で覆って、弱々しくしゃがみ込んだ。


 女に戻りたくてたまらない。




 ラルフははっと顔を上げた。

 少しくせのある、リュートの音色。


「ジョーン?」


 周りに素早く視線を彷徨わせた。


「ジョーンなのか?」


 耳を澄ました。

 静寂のなか、聞こえるのはフクロウの鳴き声だけ。


 幻聴?


 息を止めていたことに気がついた。


 ラルフは夜空を見上げながら、震える息を吐き出した。

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