表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子は私に気づかない  作者: あおき華子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/16

第四話

 街道をそれた所にある広い草原。

 彼とよく来た場所。


 初めて……一度だけ、彼と愛し合った場所。


 無意識に、そこにたどり着いた。


 ジョーンは木に馬をくくりつけ、隣の巨木の下で一晩を過ごした。



 一睡もしないうちに、紺色の空のふもとに薄明かりが差し始めた。だんだん見えはじめた、草原に立つ木々の輪郭。


 ジョーンは馬に乗ると、足で腹を軽く蹴った。




 ウィックス男爵──ペトロネラの父親の城に着いたのは日の出の頃だった。


 丘の上に見える男爵の木造の城。門塔のそばでは兵士達が集まり、主塔を見上げながらブツブツと話し合っている。

 早朝から、妙に不穏な空気が漂っていた。


 ジョーンは顔を伏せて、静かにその場を去った。



 空堀沿いを歩き、主塔の裏手に回った。


 空堀の底に生えたいばらの藪。


 ジョーンは馬を木にきつくつなぎ、堀の中に下りていばらを足でかき分けた。


 まるで、魂まで男になっていくようだ。


 大きな石をどけた。人一人入れるほどの、小さな穴が現れた。


 子供の頃、ペトロネラと見つけた、忘れ去られた隠し通路の入口だった。





 ジョーンは貯蔵庫の床の石板を静かに押し上げ、城の中に入った。


 パンとハム、コンポート。

 子供の頃ここで嗅いだのと同じ、いろいろな食べものの混ざった香り。



 少し煙った隣の調理場。


 燃えさかる大きな炉の前で、料理人たちが怒鳴りながら、やけに慌ただしく働いている。

 熱気がこもっていた。


 ジョーンは息を止め、キッチンの端を平然を装って通り過ぎた。


 皮むきをする少女達が、こちらを向いて目を見開いている。

 背中に負ったリュートを大げさに指さして、ジョーンは吟遊詩人のふりをした。



 二階の大広間。二人の兵士。

 衝立の向こうから複数人の声がする。


 足がすくんだ。


 ジョーンは兵士の目を掻い潜って、三階へ続くはしごのように急な階段を上った。


 自分がこんなことをしていることが、信じられなかった。





 三階の男爵一家の居間には、誰もいなかった。


 その隣にある朝日の差し込む礼拝堂。

 ここにも、誰もいない。


 ジョーンは祭壇の十字架を見上げながら、息を整えた。


 あまりに無謀だったかもしれない。

 この城を無事に出られるか。そのことばかりが気になってきた。


 ジョーンは祭壇に向かって両膝をつき、胸の前で手を合わせた。



 もう一度居間に戻ると、部屋に少し違和感を覚えた。


 壁に掛けてある、運命の輪が描かれた、やけに大きなタペストリー。昔は無かった。


 唇を噛みながら、目を細めた。


 タペストリーをめくった裏は、さらに真っ黒い布が掛けてあった。


 ジョーンは手を反射的に離した。


 黒い布のむこうに何があるのか、何となく察した。


 足に力を入れてタペストリーをしばらく見据えると、ジョーンは再びそれをめくった。


 隠された小さな空間。 

 テーブルに置かれた、ヤギの頭と折りたたまれた羊皮紙。

 その上の壁に、赤黒く汚れて逆さまになった十字架が掛けてあった。


 ジョーンは口を手で覆い、顔をそむけた。


 震える手で取った羊皮紙に描かれた図形。

 あの時ペトロネラが立っていた、円形の図形に見えた。


 円の中には、不気味な目がデイジーの花びらのように並んでいる。

 中央には半分男で半分女の人物。


 ジョーンは羊皮紙を焼き尽くすように、激しく睨みつけた。


 ペトロネラはもう、友でも親族でも、何でもない──


 カラスの馬鹿にするような鳴き声が聞こえた気がした。



 呪いを解く手がかりになるかもしれない。


 ジョーンは羊皮紙をたたんで袖の中に入れた。


 腕にゾクゾクとするような寒けを感じた。





「止まれ!」

 ジョーンは階段の上で、体をこわばらせた。


 矛槍を持った兵士がこちらに駆けてくる。


 急に冷たい汗が吹きだした。

 ジョーンはがむしゃらに背中のリュートを指さした。


「旦那様に呼ばれた吟遊詩人じゃないのか?」

 もう一人の兵士が言った。


 ジョーンを引きずり下ろした兵士が、リュートにじっと目を向けた。


「何事です」

 衝立の向こうから現れた男爵夫人──ペトロネラの母親。


 兵士が真っ直ぐに立って頭を下げ、誇らしげに言った。

「奥様、吟遊詩人を連れて参りました」


「吟遊詩人?」



 近づいた男爵夫人は、首を傾けながらジョーンの顎を人差し指で上げた。


 ジョーンはペトロネラの母親の視線に、ぎこちなく頷くしかなかった。





「──ウィックス卿。もてなしはもう十分だ。そろそろ出立する」


 聞き覚えのある声。胸の中が落ち着きなく騒ぎだした。


「殿下、まあそうおっしゃらずに。せめて、ペトロネラが帰ってくるまで……」

 ペトロネラの父が手をすり合わせている。


 その隣に座るラルフ王子が大きなため息をついた。

「それで彼女が帰ってくるのは、いったいいつなんだ」


 ジョーンは彼に視線を奪われながら、ペトロネラの母の後ろをついて歩いた。


 ジョーンに気がついた王子は、眉を高く上げてすぐにしかめた。


「殿下、吟遊詩人を連れてまいりました。歌を楽しまれてからでも、遅くはないのでは?」

 ペトロネラの母が妖艶に言った。


 上段に座る王子の正面に残された。

 早くやれと顎でしゃくる男爵。ジョーンは喉をゴクリと鳴らして、背中からリュートを下ろした。



 目を閉じ、一呼吸すると、ジョーンは吟遊詩人の真似をしてリュートをかき鳴らした。


 王子を直視できない。


 前のめりになっていた男爵。時間が経つにつれて、顔が徐々に険しくなっていった。


 歌え!男爵の唇がそう動いている。

 ジョーンは口を引き結んで、旋律を早く強くした。


「行くぞ」


 王子が窓の外を見ながら立ち上がった。

 王子の家臣達が動いた。


「誰だ!この男を連れてきたのは!」

 

 男爵がジョーンを指差しながら、夫人を睨んだ。夫人は兵士を見据えた。


「旦那様が呼ばれたものとばかり……」

 兵士が、か細く答えた。


 王子はジョーンと合わせた青い目を、すぐさま冷ややかにそらした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ