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王子は私に気づかない  作者: あおき華子


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第三話

「ペトロネラと面識は?」


 王子の問いに、ジョーンはためらいながら頷いた。

 大広間でペトロネラに飛びかかった。何も無いとは思わないだろう。


「なぜあのようなことをした。ペトロネラと痴情のもつれでもあるのか?」


 顔を激しく引きつらせてかぶりを振ると、王子がほんの少しだけ笑った。


「……ジョーンと面識は?」

 王子の声の調子が、一転して下がった。


 ジョーンは力なく首を横に振った。


 王子は思案顔で、石壁にもたれた。

「……考えてみれば、おかしな話だ。なぜジョーンと逃げたはずの男が、丸腰ですぐさま帰ってくる?」


 ジョーンは前のめりになって、何度も頷いた。


「ペトロネラ……彼女はどうも信用できない。追及するうちに、いつの間にか姿を消した」


 ジョーンは顔をしかめて、後ろに縛られた腕を強く振り下ろした。


 ペトロネラを捕まえたいのに、ここを出ることもできない。下手をすれば……


 ジョーンは口を固く結んで、すがるように王子を見つめた。


 王子は咳払いをして、独房の中を見回した。


「かび臭いな……。それに息が詰まりそうだ」


 そう言うと、表情を引き締めて扉に向かった。


 目を閉じ、うなだれるジョーンの耳に王子の声が聞こえた。


「お前の処遇、もう一度よく考えてみるとしよう」


 扉が閉まり、ガシャンと鍵のかかる大きな音がした。


 足音が遠ざかり、また真っ暗闇が訪れた。




 どれくらい時間が経ったか分からない。


 颯爽とした足音が近づき、扉が開けられた。

 入ってきたのは王子の護衛の一人──若くてプライドの高そうな男だった。


 ジョーンは警戒しながら背後に回る男を目で追った。


「立て」


 男は壁に繋がれた鎖を外し、ジョーンを独房から連れ出した。


 背中を突かれるままに螺旋階段をのぼり、今度は外階段から主塔の外におりた。


 地平線の向こうに落ちる夕日。


 ぎくしゃくと視線をさまよわせると、ふもとの中庭に続く細い橋の前に、マントを羽織った王子とサー・トマス、もう一人の護衛が立っていた。


 後ろの男がジョーンの手枷を外した。


「好きなところに逃げろ」


 よく通るラルフ王子の声。


 王子が逃がしてくれた……


 ジョーンは胸に手をあてて、深呼吸をした。


 サー・トマスが、怪訝そうに横目で見てきた。

「殿下、本当によいのですか?」


「このように軟弱な男にジョーンが惹かれることはない」

 ラルフ王子はフードを深く被り目を隠した。


「でしょうね」

 もう一人の陽気そうな男が、薄笑いを浮かべた。


「ここにいることは勧めない。ダンズウェル卿はまだ気が済まない様子だったからな」

 王子が顎で主塔を指した。


 振り返ると、小窓から見下ろす父母と衛兵が見えた。


 ジョーンは急に汗ばみ始めた両手を握りしめて、顔をそむけた。


 王子はジョーンに頷くと、少し張り詰めた表情で前を向き、家臣達と細い橋を駆け下りて行った。


 ジョーンは彼の背中を見つめながら気づいた。

 私を探しに行くのだと。


 まって……

 行かないで!


 心の中でジョーンは叫んだ。


 口だけが、むなしく大きく開いていた。


 彼が小さくなっていく。


 ジョーンは口をゆっくりと閉じて、その姿を目に焼き付けた。





 門塔の向こうの更地、そこを通り抜けたところにあるぽつぽつと灯りのつき始めた城下町。

 ジョーンは見慣れた一本道を急いだ。


 この体を元に戻させる。


 暗闇になる前に、少しでも早くペトロネラの住む城に近づきたかった。




 道の脇にある酒場の戸口に、リュートが立てかけてあった。その近くにいる、壁の金輪につながれた落ち着きのある馬。


 ジョーンはゆっくりと歩みを止めた。


 抑えきれない衝動が胸に芽生えた。


 周りを気にしながらジョーンは酒場に近づいた。


 唇を強く噛み締めながら、大きく骨ばった手でリュートを取り、壁に結ばれた馬の曳き手をほどいた。


 持ち主のことは、敢えて考えないようにした。



 もし、元の姿に戻れなかったら──


 ジョーンはリュートの棹を強く握り締めた。


 歌えなくても演奏するだけの流しなら、私にもできるかもしれない。

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