第十五話
ペトロネラが演技じみたため息をついた。
「諦めが悪いわねジョーン。まだ殿下に付きまとっているの?」
「……ペトロネラ」
ペトロネラが口をすぼめた。
「ちょっと、どうして話せているのよ」
怒りで、頭がズキズキと痛み始めた。
「悪びれもしないのね、ペトロネラ。……主はすべてをご覧になっているわ」
美しい金糸の刺繍が施された、深緑のドレスを着たペトロネラ。
ジョーンは自分の手首を、ギリギリとつかんで押さえつけた。
ペトロネラは肩をすくめた。
「まあいいわ。話せたとしても、あなたがジョーン姫だとは誰も信じない……。その姿、なかなか似合っているわよ、ジョン?」
ペトロネラの言葉が、呪いのようにジョーンの心に絡みついた。
「私のふりをしても、いつまでも騙せるわけがない」
ペトロネラが強気に笑った。
「あなたよりかはジョーン・ド・ダンズウェルに見えるはず。殿下は疑ってもいないわ。知っているでしょう?明日、式をあげることを」
ああ、主よ。もう耐えられない──
ペトロネラはベールを指先でもてあそんだ。
ジョーンになる。
追い詰められた思いつきの行動なのに、驚くほどうまくいっている。
簡単に惑わされたモンタギュー伯、王子、家臣達……
本当に、うまくいっている……
ペトロネラは唇を舐めて、意識的に胸を張った。
顎に溜まった汗がぽたりと胸に落ちた。
肩を撫でながら辺りを見回し、カラスを探した。
近くの木にとまっていたカラスが、彼女を奮い立たせるように、一度強く鳴いた。
ペトロネラはカラスにこくりと頷いた。
──私は間違ったりしない
「もしばれても、子どもができてしまえばこちらのものよ。……ねえジョーン、殿下はいい父親になると思わない?」
ジョーンの顔から血の気が引いた。
勝った。
「男のあなたには酷な話だったわね」
「……お願い、ネル。もとに戻して……」
ジョーンが俯きながらボソボソと言った。
「悪いけど、戻し方なんて知らないわ」
捨て台詞に満足しながら城に向かうと、ジョーンが両手で掴みかかってきた。
今だとカラスが鳴いたので、ペトロネラは大きな悲鳴をあげた。
城から向かってくる衛兵達。
外階段に出てきた宴の客の先頭にラルフ王子がいた。
「この男が乱暴しようとしたわ!」
ペトロネラが叫んだ。
また捕まるのだ──向かってくる兵を見ながら、ジョーンの頭はやけに静かだった。
「待て!」
王子が兵を止めた。
「殿下!」
ペトロネラが王子に駆け寄り、縋り付いた。
カラスが、地面をぴょんぴょんと跳ねている。
すすり泣きが聞こえた。
ジョーンの霞んだ目に、ペトロネラを抱き寄せ、優しくなだめる王子が映った。
もうやめて……
ジョーンはうめき声をあげて、その場から走り出した。
「説明してくれ、ジョーン」
ラルフは、逃げてゆく男を目で追いながらジョーンに尋ねた。
あの男が、そんなことをするわけがない。
地面に落ちている、乾いた忘れな草の花束。いつもあの男が腰に下げていた。
「あの男が私を汚そうとしたの。殿下……とても、とても怖かった」
ジョーンが体を縮めてすり寄った。
なぜか肌がざわついた。
「少し離れよう、姫」
ラルフはさりげなくジョーンの体を引きはがし、己の口元を手で隠した。
ジョーンがすみれ色の目を丸くしている。ラルフ自身も驚いていた。
おびえるジョーンに、まるで優しい気持ちになれない。
私はジョーンを求めて、信じているはずなのに。
ジョーンは森の端から崖下を覗いた。白い満月が海面に映り込んでいる。
まだ潮は引いていない。
島を出ることに意識を強く集中させた。
でないと、王子とペトロネラの寄り添う姿を思い出してしまう。
ガサガサと何かの近づく音がした。
逃げ場のない崖の前。
ジョーンはさっとその場にしゃがみ、頭を抱え込んだ。
「異端者!」
きつい口調の小声が聞こえた。サー・ヘンリーだった。
「手間をかけさせるな!」
ジョーンは気が抜けて、震える息を漏らした。
サー・ヘンリーが鼻水をすすって、少し考え込むような顔をした。
「お前、本当にウィックスの娘に──」
「してないわ!」
ジョーンは立ち上がりながら言い放った。
ヘンリーが眉を寄せた。
「あ、ええと、……して……いません……」
「お前、話せるのか?」
「え?……あ……今は……」
サー・ヘンリーが腕を組み、横目でじろじろと見てきた。
遠くで、誰かの声がする。
サー・ヘンリーが舌打ちをした。
「今はお前を信用するしかない。見ろ、あそこの桟橋に小船を見つけた。お前はあれに乗って対岸に向かえ。逃げるんじゃないぞ。助けを呼んでくるんだ。分かったな?」
馬もいないのにどうやって……
「あの、殿下……殿下は?」
「……へそを曲げたウィックスの娘を探している。ジョーン姫だと思って」
ジョーンは喉の奥で唸り声をもらした。
サー・ヘンリーはジョーンに松明を押し付けて、慌ただしく去って行った。




