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王子は私に気づかない  作者: あおき華子


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第十三話

 王子が隣に座るペトロネラに、甲斐甲斐しく世話を焼いている。


 ジョーンに給仕していた小姓が、その光景に見惚れながらため息をついた。


 ジョーンは二人から目をそらして、梁がむき出しの天井を仰ぎ見た。


 もう見ていられない。


 静かに宴の末席から外に向かった。




 遠くから聞こえる宴のざわめき。

 誰もがペトロネラを、私の名前で呼んでいる。ラルフ王子も。


 ペトロネラが私に見えている。そうとしか思えない。


 少し寒い海風。自分の体を抱きしめた。体のわななきが止まらない。


 城の胸壁の上から煙が立っている。そこから漂う苦く甘ったるい臭いが、潮の香りをかき消していた。



「──異端者」

 鼻づまりのひどい声。


 サー・ヘンリーが城の外階段から下りてきた。


 歩み寄った彼の顔色は少し青ざめて見えた。


「……あれはジョーン姫ではない。ウィックスの娘だ……そうだな?」


 ジョーンは頷いた。


「サー・トマスとサー・ヒューは話が通じない、……二人だけじゃない。どうなっているんだ……」


 ヘンリーは、後ろの城を振り返った。


「これは呪いなのか、異端者?……あ、あの女は、本当に魔女なのか?」


 煙の立つ城の胸壁の上にカラスが止まっている。


 ジョーンは唇を噛みながらヘンリーに頷いた。


 ヘンリーが激しく鼻をすすり、身震いをした。


「殿下が明日、挙式すると急に言い出した。なあ、私はどうすればいいんだ……」


 ジョーンはサー・ヘンリーを、空っぽな目で見つめた。


「本当だ。明日の朝、ここの礼拝堂で」



 耳鳴りとめまいがした。



──ジョーン……


 彼の優しい囁きが聞こえた気がした。



 ギョッとした顔のサー・ヘンリーが、煩わしそうにジョーンの手にハンカチを押し付けた。


「お前、あの魔女に惚れていたのか?」


 ジョーンは首を横に振り、紋章入りのやけに上等なハンカチで涙をぬぐった。


「まともなのはお前と私だけだ。私は殿下のおそばを離れるわけにはいかない。お前、島を出て誰か助けを呼んでこい。今すぐ!」

 ヘンリーがひそめた声でまくし立てた。



 気持ちがついていけない。


 ジョーンは足を引きずりながら崖に近づき、海に目を向けた。

 満月に照らされた海面。潮が満ちて対岸に続く砂州は海の中に沈んでいる。


 ジョーンの視線を追ったヘンリーが悪態をついた。


「何をしている」

 外階段にラルフ王子が立っていた。





「宴を抜け出す許しは与えていないぞ、ヘンリー」

「殿下……その……」

「行け」


 王子が顎で合図をした。


 サー・ヘンリーは物言いたげにチラッとジョーンを見ると、王子の横を通り過ぎて素早く城に戻った。


 少しずつ近づく王子に、ジョーンは身構えた。


「ずいぶんヘンリーと親しくなったようだな」

 ハンカチを見ながら、王子は眉をつり上げた。


 ジョーンはハンカチを袖の中にしまい、両肘を抱えた。


「ヘンリーは伯爵家の生まれだ。本来ならお前が気安く話せるような相手ではない」


 ジョーンはキッと王子を睨みつけた。


 的外れなことばかり……

 この人は何の違和感も感じないのだろうか。


 まっすぐに王子を見ながら、『ペトロネラ』とゆっくり唇を動かした。


「ペトロネラ?……ああ、呪いのことを言いたいんだな。そのことなら忘れていない。必要なら協力は続けよう」


 ジョーンは、首を横に振った。軽く流した王子に、体の力が抜けていく。


「お前にも伝えておかなければならないな。……その、明日、……私はジョーンとここで式を挙げることになった」


 王子はそう言いながら、ペトロネラのいる城を眩しそうに見つめた。


「……決して唐突な話ではない。少し時期が早まるだけだ」


 どこか言い訳がましく言う彼の頬が、少し赤い。


 ジョーンはラルフ王子から目をそらした。もう、耐えられない限界がそこまできている。


「望むなら、お前も式に──」


 王子の声が途中でとぎれた。

 眉間にしわを寄せて、どこか遠くを見ている。


「……いや、お前は出なくてもいい」

 ボソリと王子がつぶやいた。




 ジョーンとの挙式。

 礼拝堂のすみで参列する、この男を想像した。


 急に気分が悪くなった。


 ラルフは頭をおさえた。

 この甘い臭いのせいだろうか。

 なぜこんなにぼうっとするんだ……


 早くジョーンのもとに戻らなければ。


「戻るぞ」

 ラルフは顔をようやく上げた。


 男が忽然といなくなっていた。

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