第十一話
草原で抱きしめたジョーンの柔らかい体と、口づけに震えた唇。
あの日、抑えきれずに彼女の純潔を奪った。
ジョーンの名前を呼びながら、ラルフは目覚めた。
寝不足のせいだろうか。馬に揺られながら眠りに落ちていたようだ。
ラルフは手綱を持つ手をじっと見下ろした。
結婚まで彼女を自分から守れなかった。考えることを禁じた苦い過去。
彼女が見つかったという知らせのせいだろうか。
今日は頭の中で反芻することを、やめられなかった。
小高い丘の上で、風車が音をたてながら重々しく回っている。
慣れない長時間の馬での移動。
ジョーンは惰性で馬に乗りながらも、疲れきっていた。
鞍を挟む内ももの筋肉と擦れる肌の痛みはとっくに限界を超えている。
馬のラフの息も乱れていた。
街道の左右に立ち並ぶ民家を通り過ぎると、村の広場に着いた。
王子は市場の前でやっと馬を止めた。
ジョーンは広場の中央にある東屋の石床に、ぐったりと座り込んだ。
くじけそうな心。ペトロネラの狡猾な笑みを思い出して、なんとか気持ちを奮い立たせた。
広場のすみの水場では、ラフがものすごい勢いで、水を飲んでいる。
東屋の端に座る王子は、サー・トマスの差し出した金のゴブレットに口を付けて、喉をごくごくと鳴らした。
「サー・ヒュー。信じますか?」
東屋の裏側から、サー・ヘンリーのひそめた声が聞こえた。
「何を」
「呪いのことに決まっているでしょう」
ヒューの溜め息が聞こえた。
「さあな。俺は難しいことは考えないことにしているんだ」
「あなたも見たでしょう。聖水の色が黒くなった」
ヘンリーが、更に声をひそめた。
「お前、呪いなんて迷信だと、そう俺に言ってほしいのか」
「ちっ、違いますよ」
どちらかの舌打ちが聞こえたあと、二人は静かになった。
会話に気を取られていたジョーンの前に、細かな細工が施された金のゴブレットが差し出された。
ジョーンは首を傾ける王子に頷くと、ゴブレットを受け取り喉を潤した。
サー・トマスがこちらを見ながら、飛び出そうなほど目を見開いていた。
もうすぐジョーンに会える。
昂ぶったラルフの体がぶるりと震えた。
この数日間、どこで何をしていたのか、問い詰めずにゆっくり聞き出そうと心に誓った。
彼女を怖がらせないように。
ジョーンのことを考えすぎたせいか、そばにいないのに、彼女の香りを感じた。
ラルフは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
再び目を開けると、目の前にゴブレットが差し出されていた。
ジョーンが差し出したゴブレットを、王子が受け取った。
不思議そうにじっとこちらを見てくる彼の目の下には、クマができている。
そこを指で撫でたいとジョーンは思った。
「……お前、ジョーンと血縁があるのか?」
胸の鼓動が乱れ始めた。
ジョーンは視線を彷徨わせたあと、かぶりを振った。
「そこに座れ。少し話そう」
ジョーンは言われた通り、ラルフと人ひとり分離れた所に腰掛けた。
「歳は?」
十八と宙に指で書いた。
「家族は……神父が身寄りがないと言っていたな。そうなのか?」
少し考えて、首を縦に振った。
「名前は?」
ジョーンはぎゅっと唇を噛んで、ぎこちなく顔を斜め上にそらした。
名前も明かさない。
悪人には見えないが、何とも怪しい男。
顔をそらす男の首に、少し大きめのほくろが見えた。
ラルフは無意識にそこに手を伸ばして、親指を当てた。
ジョーンと同じほくろ……
指の腹をゆっくりと左右に動かすと、はっと息を吸う音が聞こえた。
男の顔が真っ赤になっていた。
「親密すぎるでしょう……」
ジョーンの耳にサー・ヘンリーのボソッとした声が聞こえた。
王子に睨まれて、遠目で見ていたサー・ヘンリーは即座に背を向けた。
王子の手が離れて、ジョーンはようやく息ができるようになった。
今のは何だったの?
指の感触の残る首に、手をあてた。
「出立する」
王子は何事も無かったかのように馬に向かった。
サー・ヒューが呻いた。
「お前のせいだぞヘンリー。まだ何も食ってないのに」
「だけどそう思うでしょう? やつの着ているマント、殿下のものですよ?」
「早くしろ!」
王子が怒鳴った。
ヒューがノロノロと腰を上げた。
「ヘンリー、お前が話せなくなる呪いにかかればいいのになあ」




