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王子は私に気づかない  作者: あおき華子


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第十話

 大聖堂の身廊のすみ、巨大な柱の横にラルフ王子が一般の信徒に紛れて立っていた。


 祭壇に向かい、両手を胸の前で組んでいる。

 近づくと、こわばった祈りが彼の唇から聞こえた。


 ジョーンと神父は、彼が祈り終わるまで少し離れて待った。


 改めて見ると、彼の頬は少しやつれている。


 ジョーンは目の奥が熱を帯びていくのを感じた。


 私はここだと伝えたら、彼は……


 目を開けた王子は、ジョーンと神父を見て、一瞬目を見開いた。全く気がついていなかったようだ。


「エドリック神父」


 エドリック神父は王子に軽く頭を下げた。


「……殿下、私の力が及ばず、呪いを解くことは出来ませんでした」




 目を潤ませた男をしばらく見つめた後、ラルフは肩をすくめた。


 やはり、異端者だとはとても思えない。

 被害者だと断言した神父の言葉を、信じたいと思った。


「気にするな。……ここに来たのはこの男の為ではない」


 男が顔をゆがめて、何かを言いかけていた口を閉ざした。


「何だ?」


 男は首を弱々しく振った。たまった涙が目からこぼれ落ちてしまいそうだ。


 ラルフは急に相手を揺さぶりたくなった。


 大事な話を聞きそびれたような、思いがけない焦りを感じた。



 近づいてきたトマスが、ラルフに耳打ちをした。

「モンタギュー伯がジョーン姫を保護しているそうです」


 ラルフは息を止めた。背中に突き抜けるような痺れが走った。




「出発するぞ」

 急に身を翻した王子のマントがなびいた。


 ジョーンはあたふたとしながら王子と神父を交互に見つめた。


「何をしている。早くしないか」

 振り返った王子が、苛立たしげに言った。


 エドリック神父が一歩前に出た。


「……殿下、この者は、ここに留まることを望んでおります」


 王子が直立不動になった。


「……ここに留まる?なぜだ」

 鋭い口調で言った。


「憐れなこの男は、身寄りがないのです」

「ここに置いても役に立つとは思えないが」

「体力があれば、鐘突きなどはできるでしょう」



 家臣たちが前廊で待ち構えている。


 ジョーンは頭を下げたまま、彼が去る時を待った。


 いつまでも何も言わずに立ち止まっているラルフ王子。

 あまりにも長い沈黙が、ジョーンの心を消耗させた。


「ここに留まりたいのか?」


 もう決めたことなのに、なかなか頷くことができない。

 ジョーンは胸の中を掻きむしりたい衝動に駆られた。


 王子が強い咳払いをした。


「──ペトロネラを見かけたと言う者が現れた」


 ジョーンは顔を素早く上げ、ぽかんと口をあけた。


「お前の呪いを解くことができるかもしれない」




 ラルフはマントを羽織りなおして、明るく輝き始めた男の顔をじっと見つめた。


 男が、神父と目で会話をして頷いた。


 ラルフはその光景にどことなく不快感を覚えて、顔をしかめた。


「来るか?」


 男が顔を紅潮させて頷くのを確認すると、ラルフは足早に家臣の待つ前廊に向かった。




 ペトロネラなど、見つかっていない。


 ラルフは歩きながら繰り返し手で髪をかき上げた。

 顔の火照りが治まらなかった。


 どうしてこんな、くだらない嘘を──


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