07彼らは私なしでは生きられない。それが最高の復讐
後日、ロドリゴが再建した領地は、ヴァルデマー伯爵家の新たな財源となり彼の名声は愛と献身の騎士、として国中に響き渡る。
カチュアもまた、健気な愛の女性として民衆の支持を集め、二人は公衆の面前で完璧な恋人を演じていた。
裏で、彼らの人生は完全にオリヴィアの手中にある。計画が、ここまで順調に進んだことに、ある種の達成感を覚えていた。
ロドリゴは、完全に彼女の意のままに動く駒と化し。カチュアもまた、家族の安全と引き換えに、脚本通りの人生を歩む。
(彼らは私なしでは生きられない。それが、最高の復讐)
執務室で、定期的に送ってくる愛の手紙を読んでいた。カチュアへの愛と、愛のためにどれほど懸命に働いているかという内容が、感傷的に綴られていて。もちろん、手紙はオリヴィアの指示によって書かれたもの。
「オリヴィア様、ロドリゴ様が急遽、面会を求めておられます」
リーゼの声が、静寂を破った。手紙を閉じ、眉を上げる。
「何か急ぎの用?私の許可なくこちらへ来るのは珍しいことなのに」
「はい。領地の視察を終えられたとのことで、ご報告があるようです」
「へえ、そう。通して」
数分後、ロドリゴが部屋に入ってきた。自信に満ちていたが、顔には疲労の色と絶対的な服従が見て取れる。目にはどこか以前よりも落ち着いた、諦めにも似た輝き。
「オリヴィア様、ご報告がございます」
ロドリゴは深々と頭を下げた。
「あの荒廃した領地は、完全に復興いたしました。税収は以前の倍となり、治安も安定。新たな街道も整備され交易も活発化しております。これも偏に御高配と、カチュアへの愛あればこそ……と存じます」
一連の報告を淡々と述べた。以前のような反抗的な響きは一切なく、任務を遂行した兵士のよう。報告を静かに聞いた後、ゆっくりと口を開いた。
「よくやったわね、ロドリゴ。あなたの働きには、目を見張るものがあった」
ロドリゴはわずかに顔を上げた。かすかな安堵と期待の色が浮かぶ。
「では、約束通り、自由を」
フッと笑みを漏らす。
「ええ、もちろんよ。あなたは約束通り、与えられた使命を完璧に果たした。褒美を与えましょう」
顔に、希望の光が差した。
「自由にカチュアの元へ赴き、彼女と共に暮らすことができる。今後、領地の名誉領主として引き続きヴァルデマー家に仕えてもらう予定よ」
ロドリゴは息を呑んだ。名誉領主。実権はヴァルデマー家にあるものの、表向きは領主として振る舞い、一定の権限も持つということ。
カチュアとの同棲。最も望んでいたことだった。
「ありがとうございます!オリヴィア様!」
震える声で感謝を述べたが、オリヴィアの目はどこまでも冷酷。
「ただし、忘れてはならない。あなたの自由は私が与えたもの。自由には、常に監視がつきまとうことを」
覗き込むように言った。
「愛と献身の騎士として常に模範を示さなければならない。カチュアとの仲睦まじい姿を世間に見せ、ヴァルデマー家の名声に貢献すること。あなたが少しでも私の意に背けば」
言葉を区切った。ロドリゴは、その先の言葉を待つように、固唾を飲む。
「手に入れた全てを奪い去るわ。カチュアも領地も、命も」
冷たい氷のように、ロドリゴの心を凍りつかせた。与えられた自由が、実はより強固な檻であることを悟る。
「わ、分かりました。オリヴィア様」
ロドリゴは、力なく頷いた顔には、希望と絶望が入り混じった、複雑な表情が浮かんでいる。
その日、ロドリゴは早速カチュアの元へと向かった。カチュアは彼が戻ってきたことに歓喜し、二人は再建された領地で幸せな生活を始める。
世間は、二人の愛の成就を祝福し、語り継がれていく。共に過ごす夜、ロドリゴは時折、虚ろな目をしてオリヴィアの言葉を思い出す。
(これは、本当に俺が望んだものなのか?)
カチュアの手を握りしめ、その温かさを感じようとした。しかし、心の奥底には常にオリヴィアの冷たい視線が突き刺さる。解放された今、心に余裕ができ油断していた。
一方、ヴァルデマー邸では。リーゼと共に、今後の計画について話し合っていた。
「これで、完全に手中に収まった。餌に釣られ、自ら進んで檻の奥へと入っていった」
「はい、オリヴィア様。ロドリゴ様は、完全にオリヴィア様の意のままに動くでしょう」
「ええ。カチュアも。家族の安全のために、指示通りに動く。二人は、世間の目に映る完璧な恋人を演じ続ける。それが望み」
満足そうに微笑んで、目を開ける。
「彼らの幸福は、与えられたもの。彼らの不幸もまた、私が与える」
瞳の奥には、底知れぬ闇があり報復は肉体的に傷つけるだけではないと知っている。精神を、魂を完全に支配していく。永遠に舞台の上で、脚本を演じ続ける。
数年後、ロドリゴとカチュアは誰もが羨む模範的な夫婦として、その名を馳せていた。慈善事業にも熱心に取り組み、領民からの信頼も厚い。表向きは幸福そのものに見えた。
オリヴィアの前に立つ時だけは、表情は一変。ロドリゴの目には疲れと諦めが、カチュアの目には恐怖と服従が浮かんだ。完璧な支配下で偽りの幸福を演じ続け、そんな彼らの姿を見るたびに満足そうにする。
(裏切った者たちへの究極の報復になる。最高ね)
ロドリゴとカチュアを完璧な猛毒の檻に閉じ込め、人生を完全に掌握してからさらに二年が過ぎた。オリヴィア・ヴァルデマー伯爵令嬢は、才覚と手腕で、ヴァルデマー家を国でも有数の名門へと押し上げる。
ロドリゴは、忠実な名誉領主として表舞台で輝き、カチュアは彼の貞淑な妻として陰で支えた。民衆の羨望の的となる二人の裏で、静かに、絶対的な支配を享受。完璧な復讐劇の中、心は常にどこか満たされない虚しさを抱える。
復讐は達成された。だが、ふとしたとき、凍てついた湖の底のように、静かで冷たい時がある。平凡な人生と、裏切り。全てが、心を硬質にしていた。
(これで、満足のはずなのに。はぁ)
オリヴィアはその時、領地の巡回に出ていた。広大なヴァルデマー領の最北端、山脈に囲まれた荒野に、近年発見された新たな鉱山を視察するため。




