05選んで。あなたと家族の未来のために計画に協力するか。それとも、このまま絶望の中で生きるか。私はどっちでもよくてよ
望んでいたことではあったがなぜ望むのか、理解できない。
「それは、その、本当……なのですか?」
「もちろん。ロドリゴを善き騎士として、世間に認識させる必要がある。名誉が回復すればヴァルデマー家にも利益がある。言ってもわからないと思うけど、プロデュース企画みたいなものだし」
プロデュースの意味を聞いてもどうせ理解できまいと、オリヴィアは言葉を続けた。
「ロドリゴが時折、ヴァルデマー邸から脱走し、あなたに会いに来ていたという噂を流し愛を語る。領地が復興するごとに、彼の功績であるかのように大げさに喜んでみせる。まぁ、素敵!とね」
カチュアは、信じられないという顔で見つめた。自分勝手な、と思うが。自分と家族を救う、甘い誘い。
「もし、私が。断ったら?」
カチュアが震える声で言うと、オリヴィアの顔から優しげな笑みが消えた。
「その時は、あなたの家族の借金は誰にも肩代わりされない。病弱な母親の治療費も、幼い妹の教育費も全てあなた自身が稼がなければならない。もちろん、酒場から引き抜いたという事実も世間に知られる。そうすれば、あなたは今以上に苦しい生活を送る。一家離散はまだいい方で。全員墓の中に行くかもしれないわね」
相手の瞳は氷のように冷たく、カチュアの全身を凍りつかせた。怒らせてはいけない人の怒りを買った末路。
「さあ、選んで。あなたと家族の未来のために計画に協力するか。それとも、このまま絶望の中で生きるか。私はどっちでもよくてよ」
目には涙が浮かぶ。選択の余地など、どこにもなかった。最初から叩き潰されている。
「わ、わかりました。あなた様の、おっしゃる通りに、いたしますっ」
カチュアはカタカタと震える手で契約書にサインした。人生はこの瞬間、オリヴィアの手によって完全に掌握される。売り渡したも同然に。
「賢明な判断ね、カチュア。賢いことです」
うんうんと、満足そうに頷いた。
「では、今日からあなたは管理下に入る。家族の借金はすぐに清算し、母親には医者を送るから。妹の学費も保証する」
立ち上がるように促す。
「あなたは、私にとって、ロドリゴを操るための手駒。しっかり働きなさい。手駒ちゃん」
救いであると同時に、深い絶望でもあった。浮気相手という立場から、今度はオリヴィアの道具となることを余儀なくされたのだ。深くこう垂れる。
数週間後。ロドリゴが奮闘する領地の噂は、街中に広まっていた。
「聞いたか?ロドリゴ騎士爵は、あの荒廃した領地をたった数週間で立て直しているらしいぞ!」
「なんでも、愛する女性のために、必死に働いているとか」
「愛する女性?まさか、ヴァルデマー伯爵令嬢のことか?」
「いや、どうやら違うらしい。なんでも、騎士爵は、とある酒場の娘を深く愛しており、娘とその家族を救うために令嬢と一時的に婚約しているフリをしているとか」
噂は燎原の火のごとく広がり、やがて酒場の娘、カチュアの元にも届いた。オリヴィアの指示通り、周りにロドリゴへの深い愛を語り功績を称賛。迫真の演技は、見事なものだった。
噂は荒廃した領地で汗を流すロドリゴの耳にも届く。それに、耳を疑う。
「ロドリゴ様!街では、あなたがカチュアという娘のために領地を立て直していると評判ですぞ!」
「へっ?」
部下の言葉に、呆然とした。カチュア?なぜ、彼女の名前がここで?ハッとなる。
(まさか!?オリヴィアが?)
恐ろしさを改めて痛感した。彼を操るために、浮気相手すらも利用している。目を固く閉じた。
一方、ヴァルデマー邸では。オリヴィアは、侍女たちが噂話をしているのを耳にし、満足そうに笑う。
「ロドリゴも、カチュアも、手の中で下手なりに踊っている」
報復は、単なる痛みを与えるだけではない。それらは、彼らの人生を思い通りに再構築すること。憎しみと支配から、決して逃れることはできない。
愛を裏切った男と、浮気相手に、永遠に続く報いの鎖を巻きつけた。
ロドリゴが荒廃した領地の再建に奔走し、女が悲劇のヒロインを演じるようになって一年近い歳月が流れ世間はすっかり、愛のために尽力する騎士として称賛し。カチュアはその健気さで、ガッチリ民衆の心を掴んでいた。
影で全てを操るオリヴィアは、自身の計画が完璧に進んでいることに、静かな満足を覚える。よくやった、と言ってあげようか。
ヴァルデマー家は、領の復興と、それに伴う交易路の安定化で莫大な利益を上げていた。
さらに、カチュアを通じて流される愛の騎士ロドリゴの苦労話は、彼がヴァルデマー家に忠実に仕える騎士としての評価を高め、政治的基盤を盤石なものとしている。
(本当に、都合のいい人形たち)
書斎で領地の収支報告書を読みながら、静かに紅茶を啜った。美味しい。
報告書には、ロドリゴがどれほど苛烈な労働を強いられ、それでも成果を出しているかが克明に記されていた。報告書には、以前のような傲慢な筆跡は影を潜めている。
疲弊と、僅かに残る自尊心。諦めが滲み出ていた。
「オリヴィア様、ロドリゴ様からの報告書が届いております」
リーゼが、新たな書類の束を運んできた。
「ご苦労様。置いてちょうだい」
受け取った報告書に目を通した。




